桃の木かくれんぼ

蜜柑大福

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自分に出来る事

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早速カウンター席に座ると水とおしぼりを出してくれた。

あの人は城戸さんに会わなかったのだろう、何しに来たか分からないが城戸さんにまたあんな顔させないためにさっき会った事は内緒にしよう。
城戸さんにも余計な心配掛けたくない。

嘘は下手だけど、精一杯笑って平常心で居ようと思った。

「今日学校で大変で、お腹空いちゃいました」

「そっか、じゃあ今日は大盛りに…」

城戸さんはこちらを見て顔が青ざめた。
無理しているのがバレたのか?だとしても、こんなに怯えたような顔になるだろうか。

すぐにカウンターから出てきて俺を引っ張りカウンター裏の倉庫に連れてかれた。
まるで、人目につかないところに行こうとしているようだ。
今は客がいないけど、何をそんなに慌てて…

あ、首…

城戸さんが心配で首の事をすっかり忘れてた。
もしかして不快に思われただろうか。
ダンボールが大量に置かれた倉庫で城戸さんはしゃがんで俺を見つめた。

視線はちょうど首元のところを掴んで離さなかった。

その瞳は恐怖で揺れていた。

「その、首…もしかして」

「あ、これは…」

「ごめんなさい!僕がちゃんと縁を切らなかったから君にまで怪我を負わせて」

凪沙を知らない城戸さんにどう説明したらいいのか分からなかった。
下手な説明をすると虐められていると思われて逆効果だ。

どうしようか考えていたら、突然城戸さんは土下座した。
何を言ってるのか分からなかったが、この首は城戸さんのせいではなく凪沙に付けられた手跡だ。
城戸さんに顔を上げるように言うが地面に頭を擦り付けるようにして頭を下げ続けた。

「違うんだって城戸さん、これは…城戸さんに関係ないんだ!凪沙って奴に付けられたもので」

「……え?」

どう説明するか考えている暇はなく、誤解を解きたかった。

やっと城戸さんは分かってくれたのか顔を上げた。
首の手跡一つでいろんな人に心配掛けてしまう、帰ったらすぐにあまりの包帯で巻いて隠そうと思った。
本当かどうか、疑っているような顔をしていた。

空気が気まずくなり、なにか言わなきゃと口を開いたところで腹の音に遮られた。

恥ずかしさを誤魔化すように笑うと城戸さんも微かに笑った。

良かった、いつもの城戸さんに戻ってくれて…

店内に戻り、夕飯を食べる事にした。

目の前には心まであったかくなるシチューのいい香りが広がった。
城戸さんは隣の席に座りコーヒーを飲んでいた。

二人っきりの店内でのんびりするのは初めてだと感じた、いつもは客が一人か二人はいるから。

たまにはいいなと思いながらスプーンでシチューを掬う。

身体だけではなく、心の芯までぽかぽかと暖かくなる。
城戸さんは気になっているのか、明日の仕込みをしながらチラチラ俺の方を見ていた。

「その首、大丈夫?」

「…見た目ほど痛みはありません」

「そう、良かった」

城戸さんは席を立ちカウンターの向こうで俺が食べ終わったシチューの食器を片した。
ずっと心に不安が残っていた、城戸さんとあの人の事。
俺が同じ立場だったらと考えると、震えが止まらなくなる。

少しの沈黙が続いて、俺は耐えられず口を開いた。

「ごめんなさい、俺がすぐに追い返してれば城戸さんの幸せは続いたのに」

「それは違うよ、彼はここに僕がいると気付いていた…だから彼は来たんだよ…彼は僕に言ったんだ」

『お前のせいで人生が狂った、お前さえいなければ』

自分が言われたわけじゃないのにゾクッと悪寒が走った。

静かな口調で、城戸さんは後悔を口にしていた。

城戸さんは一度離れたのに、自分から二度も告白したのに自分勝手だと言っていた。

別れていても、城戸さんの心にずっとその人が残っているようだった。

その想いまでも、彼に踏み潰されたのかなと城戸さんの悲しみの顔からそう思った。

関わらなければ、お互い今よりも幸せになれたのかもしれない。

もしかしたら凪沙も、自分と関わったからこうなってしまったのか。

首に触れた。

凪沙も、俺がいなけりゃ良かったって思うのだろうか。

そう思うなら、なんで自分から関わってくるんだ?

本当にあの男の人と同じ思考をしているというのか。

「僕がこの話をしたのは、君に同じ道を歩んでほしくないからだよ…その首の痣、彼と似たような考えの人のように思えて…君は絶対に人生を間違えないで」

凪沙と再び出会った事で、俺は既に凪沙への選択肢を踏み外してるのではないのか。

凪沙には彼女がいるから自分に恋愛感情はないはずだが、凪沙には子供っぽい執着があるように感じた。

城戸さんはあの人が好きだったが一度離れて、そして再び出会った。

恋愛抜きにして今の俺と凪沙がまさに同じだ。

城戸さんがしなかった事、高校時代の想いが強すぎて今の彼を見ていなかった事だ。

恋人になる前となった後も同じだと思っていた。

だから彼の気持ちが変わるのを気付けなかったのだと城戸さんは言った。

まず凪沙の事を調べようと思った、居なくなったあの日から彼になにがあったのか。

そして凪沙と話し合おう、怖くてもそうしないとお互いダメになる。

「ありがとう城戸さん、俺…やるべき事が分かったよ」

「そっか、それは良かった」

「後、なにかあったらすぐに相談して…一人じゃ分からない答えだって二人ならきっと分かる筈だから!」

城戸さんは笑った、俺が好きな笑みだ。

喫茶店を出ると外はすっかり暗くなっていた。

アパートの階段を上るとズボンのポケットに入れていたスマホが震えた。

SNSのお知らせのようで開いた。

『和音は何も知らなくていい、俺は和音にとって有害なゴミを排除するだけ…和音に変な事を吹き込むそのゴミは有害?』
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