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第四章 6月
お姉さま、心から大切にしたいものって、何ですか? 5
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「そ、その。幸ちゃんの作品を生徒会が使用すると、何か噂の的になるらしくて」
「噂?」
「な、内容は知らないですけど。そんな話を生徒会で聞いて。どんな噂がたつのかなあって気になってたんです。しかも作品も未完成ですし。その。り、凛子先輩が作品選びで、どうしてもっ幸の作品が良いって感じだったのもあって、それも気になって」
嘘はなかったが我ながら話はきちんとまとまっていない。
…そして東郷先輩の噂の話までは口にしづらかった。
だからつい最後の方は声が小さくなってしまう。
しかし幸も同意するように大きく頷いているので、答えとしてはなんとなく形になった気がする。
遥先輩も納得したように、ふうんと肩を竦めた。
「噂、ねえ…」
しかし心当たりがない様子で考え込み、やがて首を振った。
遥先輩は『噂』を知らないらしい。
「私には思い当たるものはないわ。でも…凛子がこの作品を選んだ理由ならなんとなく分かるような気もするわ」
「そ、それはどんな理由ですか?」
「…この作品、凛子の好きだった先輩を思い出させるところがあるのよ」
好きだった先輩。
その言葉にどきりとする。
しかし、それが志奈さんとはまだ限らない。
柚鈴は不安を打ち消すように、期待を込めて早口に質問した。
「好きだった先輩って、凛子先輩の助言者だった方ですか?」
出来れば、そうよ、と言って欲しかった。
だが、遥先輩はゆるりと首を振った。
「違うわ」
「…どなたなんですか?」
「…」
言葉が出なくなった柚鈴に代わるように幸が恐る恐る聞くと、遥先輩は自嘲するように笑う。
それが黙秘する、と言うことだと気づいて、柚鈴と幸は顔を見合わせた。
「ごめんなさい。実は私、凛子がその先輩のことを好きだったかを、ちゃんと確認したことがないのよ。憶測だから言わない方が良いと思うの」
「え…」
「私から言い出したことで悪いけれど、許してね。きっと好きだったんだろうとは思っているのよ。でも、こんな風に本人もいないところで言わない方がいいと思うの」
「それって…」
もしかして、志奈さんだからですか?と。
最後の一欠片の勇気を振り絞って、柚鈴は聞こうとしたが。
それよりも早く、遥先輩ははっきりと言った。
「ダメよ。誰か、なんて言わないわ。ちゃんと確認したこともないことをペラペラ他所でで話してごらんなさい。それこそ噂になるんだから」
「…」
「この件に対して、本当のことなんて当人同士でなければ大して重要ではないと私は思うわ。重要でないことが広まると色々余計な色がつくでしょう?そんな話を作りたくないのよ」
きっぱりといった遥先輩は、だからこそ凛子先輩に確認しなかったのかもしれない。
それは遥先輩らしく、潔くも真っ直ぐな判断のように思えた。
でも。
凛子先輩の憶測は、もしかしたら既に他所で噂になっているのかもしれない。
そしてその噂は既に柚鈴の耳に入っていることと同じかもしれない。
だと、したら。
…柚鈴は今、当人同士の中に入るのだろうか。
それとも、入らないのだろうか。
その答えが見いだせず、それ以上遥先輩に聞くことも出来なかった。
それはきっと、柚鈴自身が向かい合いたくて、距離を置いている「新しい家族」「思いがけず出来た姉妹」の問題にも通じている。
どうにか踏み出しかけた一歩ではあるが、更に進めるのは難しい。
少しだけ、泣きたいような。
説明の出来ない感情が、自分の中に渦巻いていて。そこから抜け出す術を持ってないような、そんな迷い子のような気持ちが。
ただ、密かに噛みしめることしか、柚鈴には出来なかった。
「噂?」
「な、内容は知らないですけど。そんな話を生徒会で聞いて。どんな噂がたつのかなあって気になってたんです。しかも作品も未完成ですし。その。り、凛子先輩が作品選びで、どうしてもっ幸の作品が良いって感じだったのもあって、それも気になって」
嘘はなかったが我ながら話はきちんとまとまっていない。
…そして東郷先輩の噂の話までは口にしづらかった。
だからつい最後の方は声が小さくなってしまう。
しかし幸も同意するように大きく頷いているので、答えとしてはなんとなく形になった気がする。
遥先輩も納得したように、ふうんと肩を竦めた。
「噂、ねえ…」
しかし心当たりがない様子で考え込み、やがて首を振った。
遥先輩は『噂』を知らないらしい。
「私には思い当たるものはないわ。でも…凛子がこの作品を選んだ理由ならなんとなく分かるような気もするわ」
「そ、それはどんな理由ですか?」
「…この作品、凛子の好きだった先輩を思い出させるところがあるのよ」
好きだった先輩。
その言葉にどきりとする。
しかし、それが志奈さんとはまだ限らない。
柚鈴は不安を打ち消すように、期待を込めて早口に質問した。
「好きだった先輩って、凛子先輩の助言者だった方ですか?」
出来れば、そうよ、と言って欲しかった。
だが、遥先輩はゆるりと首を振った。
「違うわ」
「…どなたなんですか?」
「…」
言葉が出なくなった柚鈴に代わるように幸が恐る恐る聞くと、遥先輩は自嘲するように笑う。
それが黙秘する、と言うことだと気づいて、柚鈴と幸は顔を見合わせた。
「ごめんなさい。実は私、凛子がその先輩のことを好きだったかを、ちゃんと確認したことがないのよ。憶測だから言わない方が良いと思うの」
「え…」
「私から言い出したことで悪いけれど、許してね。きっと好きだったんだろうとは思っているのよ。でも、こんな風に本人もいないところで言わない方がいいと思うの」
「それって…」
もしかして、志奈さんだからですか?と。
最後の一欠片の勇気を振り絞って、柚鈴は聞こうとしたが。
それよりも早く、遥先輩ははっきりと言った。
「ダメよ。誰か、なんて言わないわ。ちゃんと確認したこともないことをペラペラ他所でで話してごらんなさい。それこそ噂になるんだから」
「…」
「この件に対して、本当のことなんて当人同士でなければ大して重要ではないと私は思うわ。重要でないことが広まると色々余計な色がつくでしょう?そんな話を作りたくないのよ」
きっぱりといった遥先輩は、だからこそ凛子先輩に確認しなかったのかもしれない。
それは遥先輩らしく、潔くも真っ直ぐな判断のように思えた。
でも。
凛子先輩の憶測は、もしかしたら既に他所で噂になっているのかもしれない。
そしてその噂は既に柚鈴の耳に入っていることと同じかもしれない。
だと、したら。
…柚鈴は今、当人同士の中に入るのだろうか。
それとも、入らないのだろうか。
その答えが見いだせず、それ以上遥先輩に聞くことも出来なかった。
それはきっと、柚鈴自身が向かい合いたくて、距離を置いている「新しい家族」「思いがけず出来た姉妹」の問題にも通じている。
どうにか踏み出しかけた一歩ではあるが、更に進めるのは難しい。
少しだけ、泣きたいような。
説明の出来ない感情が、自分の中に渦巻いていて。そこから抜け出す術を持ってないような、そんな迷い子のような気持ちが。
ただ、密かに噛みしめることしか、柚鈴には出来なかった。
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