拝啓、お姉さまへ

一華

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第四章 6月

お姉さま、心から大切にしたいものって、何ですか? 1

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常葉学園大学部の図書館のロビーの一角。
学生のフリースペースとしても解放されているその空間は、ガラス張りの為、初夏の自然光が差し込んでいる。
室内である故の空調も行き届き、なかなか快適な空間であると言える。

小鳥遊志奈は、そこにあるソファでのんびりと寛ぎつつ、教科書を眺めていた。
少々行儀が悪いが、ひじ掛けに寄りかかり、肘を預ける用に少し高めの位置で教科書をキープして、熱心にその内容の理解と暗記に努めている。
ふとしたタイミングで、ふんわりとした長い髪が肩から流れ落ちる様子でさえ美しく、初夏の日差しが中でなんとも絵になる光景に思える。
そしてそこにはもう一人絵になる人がいる。しかし、こちらは明らかに行儀悪く志奈の膝を枕にして、ソファに横たわり悠々と微睡んでいる岬紫乃舞だ。

2人の様子は見る人が見れば、思わず息を吐き、しかし声を掛けて邪魔をしてはいけないような、どこか幻想的な美しさがあった。

「まあ、熱心だねぇ」
目をつぶったまま、志奈をからかうように紫乃舞が言った。
志奈の体勢は、この横たわっている紫乃舞が眠るのに、邪魔にならないように、という気遣いの上でのものなのに、気にした様子など全くない。
「ええ。柚鈴ちゃんにも頑張ると言ったし、真美子も一緒してくれるようだしね」
志奈もさして気にしてないように答える。
以前に真美子に持ち掛けた、助言者メンターを作らない柚鈴の助けとなる手段。
そのために今、志奈は努力しているを、紫乃舞も知っていて、多少の揶揄いはもはや日常的なものなのだ。

「真美子はそれに関しては頑張ってるようでもないけどねぇ」
ニヤニヤと笑う言葉の意味を、志奈は正しく理解して肩を竦めた。

「そうね。でも、私は真美子やしのみたいに優秀ではないもの。頑張るところは頑張らないと」
「ははあ。だから普通に努力するってわけ、か」
自分が優秀である、と言う言葉には否定もしない。口元を歪めるように笑う相手に、志奈はにっこり笑い返した。
「そう。普通に頑張るの。楽しい姉妹関係を育てるためになら、私は努力は惜しまないわ」
「へえ、好きだねえ」
全く気のない返事だが、志奈は気にしたようでもなかった。実に幸せそうに頷く。
「好きよ。私は妹である柚鈴ちゃんが本当に大好き」
「私とどっちが?」
「柚鈴ちゃん」
あっさりと返ってきた言葉に、紫乃舞はククッと笑った。
ここまで迷わずはっきり言われれば、逆に小気味が良い。

それから目を開き、探るように志奈を見た。
「あの子がいれば、寂しくない?」
何かを確かめるような言葉に、志奈は何のことか、などと確認をすることはなかった。

孤独、とは縁遠い程、人の中にいる志奈に対して。
寂しいか、などという質問は、彼女を知るほとんどの人が意味が分からないだろうが。

志奈には何を聞かれているかすぐに分かった。
紫乃舞は志奈がを知っているのだから。

「寂しいわ」
先ほどの質問の答えと同じように、あっさりと答える。
紫乃舞は少し考えてから、一度志奈の髪にくるくると指を絡めた。
さらりと指をすり抜けるのを見てから、再び瞳を閉じる。
「欲張りだね」
「誰かの代わりに誰かがなれるわけじゃないもの」
「じゃあ、手の内にずっと囲っておけば良いじゃない」
その手を離さずに、と言う意味合いを込めて。
それが出来ると言わんばかりの言葉に、志奈は不思議そうに小さく小首を傾げた。
表情も穏やかなまま、どこか無垢に思える仕草で。
やがて唇に微笑みを浮かべたまま、口を開いた。
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