拝啓、お姉さまへ

一華

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第三章 5月‐結

お姉さま、勝負です! 6 ~小牧ひとみのやる気~

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ああ…やる気がでない。
小牧ひとみは、組対抗リレー白組のアンカーとしてスタート地点に立ちながら、大きなため息をついた。
同じ白組の沢城悠が借り物競争に出るべきだろうと交代を申し出たことには後悔はしていない。

まあ借り物競争で、遥さんもしくは花奏と走れたならば、この体育祭に一切の悔いがなく幸せな思い出として一生心のノートに書き残しておけたとは思う。
しかし申し出なかったとしたら、それこそ、ひとみの黒い歴史として心に刻み続けてしまうのだ。

私と代わりましょう、と申し出た時の、沢城悠の嬉しそうな顔をみれば、この先一か月くらいは自分を褒めていられる気がする。
よくやった、私。

だが、やる気がでないのは仕方ない。
今日の体育祭の主役は、あなたたち一人ひとり。
遥さんの大好きな先輩は先ほどそう言ったが、それは違う。
ひとみは今日主役になるそこねた脇役だ。それは体育祭組分けから決まっていた。

組分けが決まった後すぐ、可愛いメンティである花奏は無邪気に言った。
『お姉さまとは組が分かれちゃいましたね』
『これは勝負だから、私は絶対負けませんよ!』
そう張り切っていた花奏は気づかなかったようだが、ひとみはかなり落ち込んでいた。

花奏に応援してもらえないのだ。
二人が常葉学園中等部にいた頃、運がいいことに、ひとみは体育祭ではいつも花奏と同じ組分けだった。
高等部に上がったらメンティになってほしいと思いつく前から、花奏が大好きで、花奏もひとみに懐いていてくれた。
だから『頑張って!』の言葉を聞くだけで、全力になれた。

昨年度は、中等部の授業があるため、体育祭にこそ花奏は来れなかったが。
『絶対出た競技、全部1位ですよ!授業そっちのけで祈ってますからね?』
そう言ってくれた花奏の言葉と、出来たばかりの遥さんが驚いた顔が嬉しくて頑張れたのだ。

なのに、今年は…
同じ組に遥さんがいたことはもちろん嬉しかったが、花奏の『頑張って!』が聞けないということは、ひとみのやる気を底辺まで落としていた。
ここ数年、当然得られていたものが、今年になって得られない。
それどころか、競わなければならない敵に花奏がいるのだ。
出る競技によっては、自分と一緒に走る誰かを応援するかもしれない。
そんなのは耐えられない…。

もうどうでも良くなって、競技決めでは『やる気がでない』の言葉を繰り返し、借り物競争だけの参加にしてもらった。
本当は何にも出たくなかったが、南組は最低2つの競技に出なくてはならない。
ならば遥さんか花奏と参加できるだろう借り物競争を選択した。
さてどっちと走るか、というのが体育祭当日までの楽しみだった。

…正直言えば、この我儘を誰か遥さんに報告してほしかった。そして遥さん渾身の説教を受けたかった。
愛らしい助言者メンターが自分のために全力で向かってくることも、密かに嬉しく思っている。

『ひとみ?!何をバカなことをいっているの?参加競技が2つですって?!温いことを言ってるんじゃないわよ、白組と私のために渾身の力で4競技参加の上、全力を尽くしなさい!』
そんな風に叱ってもらえれば、沸き上がるような歓喜を力にし、従ったに違いなかった。

しかし、残念ながら、誰も遥さんに言いつけることはなかった。自分で言ってみようかと何度か思ったりもしたが、流石に怒られる前に呆れられそうで止めた。
怒られるのはいいが、嫌われたくはない。絶対に。
悠さんと競技を交換したことで、白組の団長等いわゆる体育祭中心人物たちが騒ぎ、その様子が遥さんに気付かれなければ、何事もなく今日を終えていた気さえする。
ことを知った遥さんの怒りはすさまじかった。
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