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第三章 5月‐結
思い出は輝いて 5
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『もうご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、本日は常葉学園大学部の講義で休講があり、こうして久々に高等部に来させて頂きました』
淀みなく話し出した志奈さんの声は、迷いもなく聞きやすい優しい声だ。
緊張して早口になる様子もなく、周りの空気を感じるように話のスピードを調節しながら、進めていく。
『高等部を離れて、まだ僅かな時しかたっておりませんが、今日はとても懐かしい気持ちになりました。体育祭もあと僅か、最後まで皆様が全力を尽くされ、素晴らしい一日になりますよう願っておりますし、そうなると確信しております。皆様最後まで頑張ってください。このように気持ちを伝える立場には、卒業生となりました今、本来はないのですが、放送部の方のお気遣いでお時間を頂きましたことを、心より感謝しております。ありがとうございます』
ここで一礼をすると、グラウンドの方からは拍手が響いた。
少しばかり控えめな拍手の意味を理解しているような放送部の3年生が、合いの手を入れるように隣からマイクで話しかけた。
『小鳥遊元生徒会長の登場は、私を含めた多くの生徒が嬉しく思っています。また偶然とは言え、こうして体育祭の活躍を大学から移動して見に来て下さった先輩方に見ていただけたことも光栄に思っています』
と感謝を述べた。
それから口調を変えて、好奇心に満ち溢れた目を志奈さんに向けた。
『ところで、小鳥遊元生徒会長。本日借り物競争にて、1年生と走っていたようですが、その1年生の名前が会長と同じ小鳥遊とお伺いしています。これは沢山の生徒が疑問に思うと思うのですが、何かご関係があるのでしょうか?』
柚鈴は一瞬ぎくりとする。
志奈さんが柚鈴のことに触れなかったのでホッとしていたのだが、まさかストレートに聞かれるとは思ってもいなかったのだ。
当然と言えば当然なのだろうが、卒倒しそうな心持ちだ。
何を言い出すのだろうか。
真美子さんは、小さくため息をついてから、そっと柚鈴の方に手を置いた。
また、気が楽になるようなことを言ってくれるのかと期待したが。
「諦めなさい。志奈はきっと思ったことをそのまま言うわ。分かっているでしょう?」
そう冷静に言われて、眩暈がした。
諦めろ、諦めろとおっしゃいました。
それはどういう意味ですか?と聞き返そうとした瞬間、志奈さんの声が響いた
『ええ。彼女は、1年東組の小鳥遊柚鈴は、私にとってとても大切な子です』
柚鈴は一気に青ざめた。
しかし同時に。
大切な子。
その言葉に、妙にハッとしてしまったのだ。
焦っていた気持ちを窘められるような。言い方はおかしいけれど、どこか安堵のような感情が湧いてしまう。
なんでだろう?
改めて見つめた志奈さんは、柚鈴の知っているいつもの志奈さんと変わりがなかった。
迷う様子もなく、穏やかに当たり前のような顔をしている。
柚鈴一人の前にいる時とさほど変わらない、いつも通り。
みんなの前に立っている志奈さんが、なんだか妙に他所の人に思えていたけれど、もしかしたら先ほどまで騒がれていた志奈さんもそうだったのだろうか。
そう思うくらい。
あそこに立っているのは知らない誰かではなく、間違いないいつも通りの、柚鈴にとってが少し迷惑な志奈さんでしかないと気付いた気がした。
勿論、大勢の人の前で、いつも通りいれるというのは一つ才能だし、言葉選びもすごいとは思う。
それでも何か恐ろしい存在に思えていたものが、志奈さんのたった一言で、見慣れたものに思えてきた。
おかしいだろうか?
でも志奈さんが、柚鈴を大切に扱うことはいつものことなのだ。
そのたった一つの当たり前が、柚鈴を冷静にしていった。
志奈さんは微笑んで、言葉を繋いだ。
淀みなく話し出した志奈さんの声は、迷いもなく聞きやすい優しい声だ。
緊張して早口になる様子もなく、周りの空気を感じるように話のスピードを調節しながら、進めていく。
『高等部を離れて、まだ僅かな時しかたっておりませんが、今日はとても懐かしい気持ちになりました。体育祭もあと僅か、最後まで皆様が全力を尽くされ、素晴らしい一日になりますよう願っておりますし、そうなると確信しております。皆様最後まで頑張ってください。このように気持ちを伝える立場には、卒業生となりました今、本来はないのですが、放送部の方のお気遣いでお時間を頂きましたことを、心より感謝しております。ありがとうございます』
ここで一礼をすると、グラウンドの方からは拍手が響いた。
少しばかり控えめな拍手の意味を理解しているような放送部の3年生が、合いの手を入れるように隣からマイクで話しかけた。
『小鳥遊元生徒会長の登場は、私を含めた多くの生徒が嬉しく思っています。また偶然とは言え、こうして体育祭の活躍を大学から移動して見に来て下さった先輩方に見ていただけたことも光栄に思っています』
と感謝を述べた。
それから口調を変えて、好奇心に満ち溢れた目を志奈さんに向けた。
『ところで、小鳥遊元生徒会長。本日借り物競争にて、1年生と走っていたようですが、その1年生の名前が会長と同じ小鳥遊とお伺いしています。これは沢山の生徒が疑問に思うと思うのですが、何かご関係があるのでしょうか?』
柚鈴は一瞬ぎくりとする。
志奈さんが柚鈴のことに触れなかったのでホッとしていたのだが、まさかストレートに聞かれるとは思ってもいなかったのだ。
当然と言えば当然なのだろうが、卒倒しそうな心持ちだ。
何を言い出すのだろうか。
真美子さんは、小さくため息をついてから、そっと柚鈴の方に手を置いた。
また、気が楽になるようなことを言ってくれるのかと期待したが。
「諦めなさい。志奈はきっと思ったことをそのまま言うわ。分かっているでしょう?」
そう冷静に言われて、眩暈がした。
諦めろ、諦めろとおっしゃいました。
それはどういう意味ですか?と聞き返そうとした瞬間、志奈さんの声が響いた
『ええ。彼女は、1年東組の小鳥遊柚鈴は、私にとってとても大切な子です』
柚鈴は一気に青ざめた。
しかし同時に。
大切な子。
その言葉に、妙にハッとしてしまったのだ。
焦っていた気持ちを窘められるような。言い方はおかしいけれど、どこか安堵のような感情が湧いてしまう。
なんでだろう?
改めて見つめた志奈さんは、柚鈴の知っているいつもの志奈さんと変わりがなかった。
迷う様子もなく、穏やかに当たり前のような顔をしている。
柚鈴一人の前にいる時とさほど変わらない、いつも通り。
みんなの前に立っている志奈さんが、なんだか妙に他所の人に思えていたけれど、もしかしたら先ほどまで騒がれていた志奈さんもそうだったのだろうか。
そう思うくらい。
あそこに立っているのは知らない誰かではなく、間違いないいつも通りの、柚鈴にとってが少し迷惑な志奈さんでしかないと気付いた気がした。
勿論、大勢の人の前で、いつも通りいれるというのは一つ才能だし、言葉選びもすごいとは思う。
それでも何か恐ろしい存在に思えていたものが、志奈さんのたった一言で、見慣れたものに思えてきた。
おかしいだろうか?
でも志奈さんが、柚鈴を大切に扱うことはいつものことなのだ。
そのたった一つの当たり前が、柚鈴を冷静にしていった。
志奈さんは微笑んで、言葉を繋いだ。
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