237 / 282
第三章 5月‐結
お姉さま、勝負です! 1
しおりを挟む
柚鈴は、肩に両手をおいて囁いてきた、しのさんの言葉は実に楽しそうに響いた。
「柚鈴ちゃん、ご感想は如何かな?愛しいお姉さまの」
「…」
ええ。とても素晴らしく素敵でした。
と、素直には言い難く、柚鈴は口を閉ざした。
そもそも愛しいお姉さまっていうのはなんなのだ。
そんな人のことは柚鈴は知らない。
だが、口を閉ざした程度で懲りるような相手ではない。
さらに揶揄うように聞いてくる。
「恰好いいでしょう?志奈は」
「…恐ろしい人です」
ようやく柚鈴は重々しく呟いた。
「おや、恐ろしい?」
「確かに志奈さんは美人ですし弁がたちます。でも大勢の前に立つと、実物以上に大きく見えますよね」
「柚鈴ちゃんには大きく見えなかった?」
「見えなかったわけではないですけど」
見えなかったわけではない。
ただいつも通りの志奈さんでもあって、それが柚鈴にいつも通りの反応をさせるだけだ。
それ以上でもそれ以下でもなかった。
「岬先輩、志奈さんが戻ってきます。柚鈴さんを解放してください」
柚鈴から全く離れようとしない、しのさんの様子に、凛子先輩が見かねて声を掛けてくれる。
後輩がやっかいなOGに絡まれているのが不憫だったのだろう。
しのさんは、おやおやと苦笑して柚鈴からどいた。
そこに、小走りに志奈さんが戻ってきた。
柚鈴の方へ一直線にやって来た、華やかな生き物に一瞬緊張する。
だが。
「柚鈴ちゃん!どうだった?私の愛情がちゃんと伝わったかしら?」
「……」
あまりにもいつも通りの志奈さんに、柚鈴は言葉を見失った。
先ほどまでには確かに『みんなのお姉様』ではあったような気がするのだが。
今はそれすら微塵も感じない。
愛情がダダ漏れ過ぎる。
顔を引きつらせたまま。
「この人がどこのどなたか、誰かに教えてほしいです」
柚鈴が冷めた口調で言うと、志奈さんは傷ついたような顔を見せる。
「ええ!?どうして?何が問題なの?」
「愛が重すぎます」
「大丈夫!いつかは慣れるわ!」
「慣れたくありません…」
本当に正直に本音で言うと、しのさんが楽しそうにカラカラと笑った。
見ると真美子さんや凛子先輩まで、どこか面白いものを見ているという顔をしている。
…楽しまないでくださいよ。
柚鈴は心の中だけで、反発した。
志奈さんは不満そうに頬を膨らませる。
「せっかくの体育祭なんだもの。柚鈴ちゃんに少しはいいところを見せたかったのに」
「いや、志奈さんの体育祭ではないですから」
「あら観戦することも立派な参加よ」
「まあ確かに。志奈さんは観戦だけでなく、参加していましたね…」
柚鈴は呆れたように頷いた。
いつも通りの会話だが、改めて考えるとコントのようになってしまう。
このまま傍にいては、志奈さんのペースに、どんどん巻き込まれしまうのだろう。
居たたまれなくなった柚鈴は、ひとまず距離を取ったほうが良さそうだと思った。
「はい。じゃあ確かに志奈さんのいい所を見ました。素晴らしくて満足しました。それでは私も覚悟を決めて、白組の待機場所に戻ります」
柚鈴が早口に言うと、志奈さんはショックだというような表情を作った。
「ええ?!もういっちゃうの?」
「いや、もう最後の競技も始まりますし。いい加減戻らないと」
「そう…」
志奈さんは残念そうにつぶやいた。
それからふっと何かを思いついたように目を輝かせた。
「ねえ、柚鈴ちゃん」
「なんですか?」
「最後の組対抗リレー、どこの組が勝つか、私と賭けない?」
「え?」
急に言いだされた言葉に、柚鈴は目を瞬かせた。
「柚鈴ちゃん、ご感想は如何かな?愛しいお姉さまの」
「…」
ええ。とても素晴らしく素敵でした。
と、素直には言い難く、柚鈴は口を閉ざした。
そもそも愛しいお姉さまっていうのはなんなのだ。
そんな人のことは柚鈴は知らない。
だが、口を閉ざした程度で懲りるような相手ではない。
さらに揶揄うように聞いてくる。
「恰好いいでしょう?志奈は」
「…恐ろしい人です」
ようやく柚鈴は重々しく呟いた。
「おや、恐ろしい?」
「確かに志奈さんは美人ですし弁がたちます。でも大勢の前に立つと、実物以上に大きく見えますよね」
「柚鈴ちゃんには大きく見えなかった?」
「見えなかったわけではないですけど」
見えなかったわけではない。
ただいつも通りの志奈さんでもあって、それが柚鈴にいつも通りの反応をさせるだけだ。
それ以上でもそれ以下でもなかった。
「岬先輩、志奈さんが戻ってきます。柚鈴さんを解放してください」
柚鈴から全く離れようとしない、しのさんの様子に、凛子先輩が見かねて声を掛けてくれる。
後輩がやっかいなOGに絡まれているのが不憫だったのだろう。
しのさんは、おやおやと苦笑して柚鈴からどいた。
そこに、小走りに志奈さんが戻ってきた。
柚鈴の方へ一直線にやって来た、華やかな生き物に一瞬緊張する。
だが。
「柚鈴ちゃん!どうだった?私の愛情がちゃんと伝わったかしら?」
「……」
あまりにもいつも通りの志奈さんに、柚鈴は言葉を見失った。
先ほどまでには確かに『みんなのお姉様』ではあったような気がするのだが。
今はそれすら微塵も感じない。
愛情がダダ漏れ過ぎる。
顔を引きつらせたまま。
「この人がどこのどなたか、誰かに教えてほしいです」
柚鈴が冷めた口調で言うと、志奈さんは傷ついたような顔を見せる。
「ええ!?どうして?何が問題なの?」
「愛が重すぎます」
「大丈夫!いつかは慣れるわ!」
「慣れたくありません…」
本当に正直に本音で言うと、しのさんが楽しそうにカラカラと笑った。
見ると真美子さんや凛子先輩まで、どこか面白いものを見ているという顔をしている。
…楽しまないでくださいよ。
柚鈴は心の中だけで、反発した。
志奈さんは不満そうに頬を膨らませる。
「せっかくの体育祭なんだもの。柚鈴ちゃんに少しはいいところを見せたかったのに」
「いや、志奈さんの体育祭ではないですから」
「あら観戦することも立派な参加よ」
「まあ確かに。志奈さんは観戦だけでなく、参加していましたね…」
柚鈴は呆れたように頷いた。
いつも通りの会話だが、改めて考えるとコントのようになってしまう。
このまま傍にいては、志奈さんのペースに、どんどん巻き込まれしまうのだろう。
居たたまれなくなった柚鈴は、ひとまず距離を取ったほうが良さそうだと思った。
「はい。じゃあ確かに志奈さんのいい所を見ました。素晴らしくて満足しました。それでは私も覚悟を決めて、白組の待機場所に戻ります」
柚鈴が早口に言うと、志奈さんはショックだというような表情を作った。
「ええ?!もういっちゃうの?」
「いや、もう最後の競技も始まりますし。いい加減戻らないと」
「そう…」
志奈さんは残念そうにつぶやいた。
それからふっと何かを思いついたように目を輝かせた。
「ねえ、柚鈴ちゃん」
「なんですか?」
「最後の組対抗リレー、どこの組が勝つか、私と賭けない?」
「え?」
急に言いだされた言葉に、柚鈴は目を瞬かせた。
0
お気に入りに追加
88
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる