228 / 282
第三章 5月‐結
お姉さま、借り物競争はご一緒に 13
しおりを挟む
人込みを走り抜けながら。
東郷先輩がそのお友達の人達の声に気付くまでの時間のロスのせいか、それとも素早く逃げ出したのが吉と出たのか。
追いかけてくる人の気配はひとまず感じないまま、5組目のスタートの合図が聞こえた。
ああ、なんとかここまで来たーー!
柚鈴は、心の中で叫びつつ泣きそうな気持ちになるが、グラウンドでは相変わらず薫と前田先輩の追いかけっこが行われている。
どこに走っても、二人への歓声が聞こえてくるのだ。
これ、二人の為に延長タイムになったりしないよね?
是非とも薫と柚鈴自身の為に、そんなことにならないで欲しいものだ。
ところで東郷先輩は一体どこにいるんだろう。
そんな思いで人影にまみれて辺りを見回していると、思いも掛けず、間近から柚鈴は肩を掴まれた。
「ねえ、あなた」
多少息を切らせている相手は体操服から3年生と分かる。フレームのラインがはっきりとした眼鏡をしている真面目そうな人だ。
ハチマキの色は赤。
東郷千敗と同じ赤、だ。
誰もついて来てないと思っていたが、赤組の待機場所から追ってきたのだろうか。
息を切らせているということはそうなのかも知れないと柚鈴は思った。
しかし、お題の相手である生徒を、他の誰かが引き止めるのはルール違反の筈だ。
え?なんで?どうしたの?
肩を掴まれた理由が分からないが緊張を走らせないわけにはいかなかった。
「あの、なんでしょうか…?」
「あなた、どうして?どうして会長と…小鳥遊志奈さんと借り物競争で走ったの?」
「え?」
「小鳥遊志奈さんと、どういう関係なの?」
急に聞かれた質問に、柚鈴は息を飲んだ。
どういう、関係。
確かに3年生であれば、柚鈴のことは知らなくても、志奈さんのことは当然知っているはずだ。
先ほど借り物競争で志奈さんと走っていた見知らぬ1年生を見かけて引き止めたとしても不思議ではなかった。
「不躾にごめんなさい。どうしても聞きたくて」
言葉に詰まった柚鈴に気遣うように、口調を少し和らげた。
だが柚鈴は見知らぬ人に問われて、急に具体的な事情を話せるほどの大らかな気質は持っていない。
しかし、ここまでストレートに聞かれて誤魔化せるほど、神経も太くなかった。
どうしよう、と視線を彷徨わせる。
どうすればいいんだろう。
と迷った、その時。
「小鳥遊柚鈴!見つけたわよ!」
観客を背に上手く隠れていたつもりだったが、その隙間から見つけたのだろう。
東郷先輩の声が聞こえて、柚鈴ははっとした。
すぐにでも逃げ出したいが、しっかりと3年生に捕まったままで動けない。
「小鳥遊…?」
柚鈴を捕まえている相手は、その名前を復唱した。
「すみません!離してください。私、逃げなきゃいけないんです!」
今にも観客をかき分けて追ってくる東郷先輩に逃げ腰になりながら、柚鈴がその手を振りほどこうとするが上手くいかない。
東郷先輩の動きの方が早く、柚鈴を射程距離に捕らえた。
捕まる、と思って柚鈴は目をつぶった。
だが。
東郷先輩に捕まえられる感触はしないまま、妙な間があった。
…?
意味が分からずに目を開けると、東郷先輩はまじまじと見ている。
柚鈴ではない。
柚鈴を掴んでいる相手をだ。
一体どうしたのかと怪訝そうに伺うと、東郷先輩はさも驚いたように口を開いた。
「お、お姉さま。何をされているんですか?」
お姉さま?
東郷先輩の言葉に、柚鈴は自然と視線を3年生の方に向けた。
東郷千沙先輩のお姉さま、ということは。
つまり、この人は。
柚鈴は、遥先輩との会話を呼び起こす。
3年東組、荻原翔子。
昨年度の生徒会メンバーの一人。
現生徒会会長である長谷川凛子先輩と不仲と噂され、柚鈴をメンティにしようと全力で走って来た東郷先輩の助言者、その人だったのだ。
東郷先輩がそのお友達の人達の声に気付くまでの時間のロスのせいか、それとも素早く逃げ出したのが吉と出たのか。
追いかけてくる人の気配はひとまず感じないまま、5組目のスタートの合図が聞こえた。
ああ、なんとかここまで来たーー!
柚鈴は、心の中で叫びつつ泣きそうな気持ちになるが、グラウンドでは相変わらず薫と前田先輩の追いかけっこが行われている。
どこに走っても、二人への歓声が聞こえてくるのだ。
これ、二人の為に延長タイムになったりしないよね?
是非とも薫と柚鈴自身の為に、そんなことにならないで欲しいものだ。
ところで東郷先輩は一体どこにいるんだろう。
そんな思いで人影にまみれて辺りを見回していると、思いも掛けず、間近から柚鈴は肩を掴まれた。
「ねえ、あなた」
多少息を切らせている相手は体操服から3年生と分かる。フレームのラインがはっきりとした眼鏡をしている真面目そうな人だ。
ハチマキの色は赤。
東郷千敗と同じ赤、だ。
誰もついて来てないと思っていたが、赤組の待機場所から追ってきたのだろうか。
息を切らせているということはそうなのかも知れないと柚鈴は思った。
しかし、お題の相手である生徒を、他の誰かが引き止めるのはルール違反の筈だ。
え?なんで?どうしたの?
肩を掴まれた理由が分からないが緊張を走らせないわけにはいかなかった。
「あの、なんでしょうか…?」
「あなた、どうして?どうして会長と…小鳥遊志奈さんと借り物競争で走ったの?」
「え?」
「小鳥遊志奈さんと、どういう関係なの?」
急に聞かれた質問に、柚鈴は息を飲んだ。
どういう、関係。
確かに3年生であれば、柚鈴のことは知らなくても、志奈さんのことは当然知っているはずだ。
先ほど借り物競争で志奈さんと走っていた見知らぬ1年生を見かけて引き止めたとしても不思議ではなかった。
「不躾にごめんなさい。どうしても聞きたくて」
言葉に詰まった柚鈴に気遣うように、口調を少し和らげた。
だが柚鈴は見知らぬ人に問われて、急に具体的な事情を話せるほどの大らかな気質は持っていない。
しかし、ここまでストレートに聞かれて誤魔化せるほど、神経も太くなかった。
どうしよう、と視線を彷徨わせる。
どうすればいいんだろう。
と迷った、その時。
「小鳥遊柚鈴!見つけたわよ!」
観客を背に上手く隠れていたつもりだったが、その隙間から見つけたのだろう。
東郷先輩の声が聞こえて、柚鈴ははっとした。
すぐにでも逃げ出したいが、しっかりと3年生に捕まったままで動けない。
「小鳥遊…?」
柚鈴を捕まえている相手は、その名前を復唱した。
「すみません!離してください。私、逃げなきゃいけないんです!」
今にも観客をかき分けて追ってくる東郷先輩に逃げ腰になりながら、柚鈴がその手を振りほどこうとするが上手くいかない。
東郷先輩の動きの方が早く、柚鈴を射程距離に捕らえた。
捕まる、と思って柚鈴は目をつぶった。
だが。
東郷先輩に捕まえられる感触はしないまま、妙な間があった。
…?
意味が分からずに目を開けると、東郷先輩はまじまじと見ている。
柚鈴ではない。
柚鈴を掴んでいる相手をだ。
一体どうしたのかと怪訝そうに伺うと、東郷先輩はさも驚いたように口を開いた。
「お、お姉さま。何をされているんですか?」
お姉さま?
東郷先輩の言葉に、柚鈴は自然と視線を3年生の方に向けた。
東郷千沙先輩のお姉さま、ということは。
つまり、この人は。
柚鈴は、遥先輩との会話を呼び起こす。
3年東組、荻原翔子。
昨年度の生徒会メンバーの一人。
現生徒会会長である長谷川凛子先輩と不仲と噂され、柚鈴をメンティにしようと全力で走って来た東郷先輩の助言者、その人だったのだ。
0
お気に入りに追加
89
あなたにおすすめの小説
夏の出来事
ケンナンバワン
青春
幼馴染の三人が夏休みに美由のおばあさんの家に行き観光をする。花火を見た帰りにバケトンと呼ばれるトンネルを通る。その時車内灯が点滅して美由が驚く。その時は何事もなく過ぎるが夏休みが終わり二学期が始まっても美由が来ない。美由は自宅に帰ってから金縛りにあうようになっていた。その原因と名をす方法を探して三人は奔走する。
幼い公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~
朱色の谷
ファンタジー
公爵家の末娘として生まれた6歳のティアナ
お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。
お父様やお兄様は私に関心がないみたい。愛されたいと願い、愛想よく振る舞っていたが一向に興味を示してくれない…
そんな中、夢の中の本を読むと、、、
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
婚約破棄されなかった者たち
ましゅぺちーの
恋愛
とある学園にて、高位貴族の令息五人を虜にした一人の男爵令嬢がいた。
令息たちは全員が男爵令嬢に本気だったが、結局彼女が選んだのはその中で最も地位の高い第一王子だった。
第一王子は許嫁であった公爵令嬢との婚約を破棄し、男爵令嬢と結婚。
公爵令嬢は嫌がらせの罪を追及され修道院送りとなった。
一方、選ばれなかった四人は当然それぞれの婚約者と結婚することとなった。
その中の一人、侯爵令嬢のシェリルは早々に夫であるアーノルドから「愛することは無い」と宣言されてしまい……。
ヒロインがハッピーエンドを迎えたその後の話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる