拝啓、お姉さまへ

一華

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第三章 5月‐結

お姉さま、借り物競争はご一緒に 9

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少しだけ時間を遡って。
柚鈴は借り物競争のスタート地点に、沢城先輩が立ったのを見て驚愕していた。

志奈さんに連れてこられた同窓会用テント近くのスペースには、柚鈴と志奈の他に、当然のように岬紫乃舞さんが立っている。柚鈴を気にしたように、明智絵里もいるのが救いであるが、その他に生徒会長である長谷川凛子先輩ばかりか、テントの中から決して大学をサボることのないと思われる笹原真美子さんまでいるのだ。
突然現れた卒業生三人組に話しかけたそうな生徒たちがこちらを見ているが、同窓会用テント前という場所の威力か、遠巻きに近づいてこないのが救いだ。流石、名門女子校。皆さん、お行儀が良かった。

「私たち1年生の大学の午後の講義が休講になったのよ」
と志奈さんがにこやかに教えてくれたが、そんな上手い話が都合よくあるものだろうか。
どうも怪しい。その辺りの追求はさせてもらいたい気がする。
だが、言われてみれば確かに、大学生世代の人の姿が観戦しているあちこちに見える。
…絵里が人が増えた気がする、といっていたのはそのためだったのかもしれない、とふと思う。


しかし、柚鈴の今の最大の疑問は、沢城先輩である。
元々競技に出る予定だったのだろうか?そんなことは言ってなかったが、そもそも柚鈴は出場する可能性自体考えてなかった。
だって、沢城先輩は…

「さ、沢城先輩は、助言者メンター資格がなかったはずでは」
「え?」
思わずそうこぼすと、近くにいた明智絵里は不思議そうに首を傾げた。
「何を言ってるの?柚鈴さん。二年生の沢城悠先輩と言えば、1年の頃からバスケ部レギュラー選手よ。部活動で成績を残している先輩が助言者メンター資格がないわけないじゃない。借り物競争では資格がなくても参加は大丈夫だけど、沢城先輩はその条件があったとしても問題ないわ」
さりげなく苗字呼びからさん付けにしてくれている絵里の言葉に気付いて、少し嬉しく感じてしまう。
いつもより近くなった距離感を少しくすぐったく感じつつ、一方で言い訳のように呟いた。
「で、でも。幸ちゃんがそう言っていたんだもん」
「何か勘違いがあったんじゃないかしら?沢城先輩がそう言ったのか、幸さんが勘違いしたのかは分からないけれど」

冷静に言う絵里の言葉には説得力がある。
確かにバスケ部のエースであるというのなら、助言者メンター資格はあっておかしくない。
幸の勘違いの方があり得そうで柚子は頷いた。
程なくして、沢城先輩はスタートを切った。
流石に早く、周りから飛びぬけたかと思うと、どんどん差をつけて障害も軽々こなしている。

ほ、本気だ。本気さしか感じない。

しかし。
沢城先輩の子の競技での目的は誰なのだろう。幸なら嬉しい、嬉しいけれど、そんなに夢のような話があるだろうか。
だがもしも目的が幸だとしたら、一緒に走り出した黄組生徒の中に、幸を目掛けてくるはず先輩もいるはずだ。
同じ目標ならば、競うように組み合わされるから。
ドキドキが止まらない。
残念ながら、共有してくれる人は柚鈴の近くにはいない。
強いて言うなら、絵里は一番説明が短く済みそうだが、この勝負を見ながら、分かりやすく説明する自信がない。

ああ、歯がゆい。誰かと分かちあいたい…!

そんなことを考えていると。
沢城先輩が先頭でお題を手にしたのが見えた。
え、ええと。
沢城先輩のお題の相手が、どうかどうか幸でありますように!

柚鈴は一人でアワアワと祈った。
その様子を志奈さんがにこにこと楽しそうに、周りは不思議そうに見ていることには気づく余裕はない。

「柚鈴さん」
絵里はどこまでも冷静な態度で、柚鈴を我に返らせるように肩をぽんと掴んだ。
「東郷先輩がスタート地点についたわ」
「え!?」

柚鈴はぎくり、として、慌ててスタート地点の方を見た。
遠目に確かに東郷先輩が立っている。

ああ、忘れたくても忘れられないイベントが残ってた…
この勝負の行方に未練はあるが仕方なかった。
柚鈴は慌てて周りに宣言する。

「私、なるべく遠くにいってきます」
「え?いいの?ここにいた方が安全かもしれないわよ」
志奈さんの言葉に、一瞬考えたが、柚鈴は首を振った。
守ってもらうのもいいかもしれないけれど、ここまで来たら最後までやり遂げよう。
決意に満ち溢れた口調で、はっきり言った。
「いいんです。私、正々堂々逃げてきます」
言葉としては、どこかおかしい。
だが、大真面目にそう言って走りだした。
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