拝啓、お姉さまへ

一華

文字の大きさ
上 下
217 / 282
第三章 5月‐結

お姉さま、借り物競争はご一緒に 2

しおりを挟む
ただ目的の相手がいても見つからない、ということはあるようだ。
探しにいった場所にはおらず、そこにいた人達に聞いて別の場所を探しにいったりしている様子の人もいれば、皆で相手を探していたりもする。
それがリアルに真剣さを感じさせて、見ている方も感情が入っていくのだろう。
一人ひとりの様子が見守られているのが分かった。

その中でもいち早く目的の人物を見つけた生徒が現れたらしい。
波打つような騒ぎが起きて、注目が集まった。
競技に出場している一年生が、相手の先輩に勢いよく頭を下げるのが見える。
柚鈴はその一生懸命さに、なんだか、ずきりと胸が痛むような気がした。

理由ははっきりとは言えない。でも。
嘘は少ない方がいい。
そういった小牧先輩の言葉が妙に思い出された。

そのままその生徒が、相手と一緒にゴールすると盛大な拍手で迎えられる。ゴールした2人の嬉しそうな表情が周りにもうつるようで、華やいだ雰囲気になる。

そして、2組目のスタートが切られた。
その音にハッとしてしまう。

…今更、悩む時間なんてないのだ。
2組目の誰かがゴールしてしまえば、柚鈴の順番が来る。
そうして走り出したら、止まることなんて出来ない。

妙に泣き出したい気持ちに襲われながら、でも逃げ出すことも出来ずに、柚鈴はいつでもスタートが切れるように実行委員に促されてスタンバイをした。

この妙な焦りは、緊張と言うのだろうか。
そうなのかもしれない、と思った。
そうすると原因は、準備不足、なのかもしれない、とも思う。

焦りは妙に自己嫌悪のような感情を柚鈴にもたらして、飲み込んでしまいそうになっていた。

しかし、だと言うのなら。
するべき準備とはなんだったんだろうか?
借り物競争に出ることを選んだのがそもそもの間違いか。
それとも一緒にゴールするべき相手の選び方か。


『私でいいの?』
思い出される、しのさんの言葉に八つ当たりしたくなった。
じゃあ、と思ってるんですか、と言いたくなる。
いや、しのさん相手なら、その誰は別に難しくもなんともなのだろう。
答えは簡単。柔らかく美しく微笑む柚鈴の義姉以外のあり得ない。

そんなこと言われても、今更じゃないか。だって……

柚鈴は頭を振って、所在なさげに視線を彷徨わせた。
その時、保護者席の方に、見たことのあるシルエットを見つけた。
…あれ、確か。幸ちゃんの…?

距離もあるし、はっきりと覚えているわけでもない。
目を凝らして、妙に覚えがあるその姿を確認しようと目を凝らしつつ、無意識にもしそうならと考えてしまい、なんとなくデジャヴのような感覚に陥った。
そわそわとした気持ちになりながら、自分の妙な感覚の正体はなんだろうかと考える。

もしそうなら、幸が嫌がるだろうな。
あの時と同じように、大慌てで、あの時と同じように。
あの時は、確か……

そんな既視感の理由を探していると。
実行委員から「位置について」の声が掛かった。
どうやら二組目でも誰かがゴールを決めたらしい。
大きな歓声が耳に入って来て、柚鈴は現実に引き戻される。

スタートの合図があり、ほとんど条件反射のように走り出した。

何かを思い出しそうな、デジャヴの正体がもう少しで分かりそうなのに、体は勝手に動いた。
スタートダッシュは、素早いとは言えなかったが。
それでも真ん中くらいの位置について平均台に上って一気に降りた。
ボールのシュートは残念ながら一回では決まらない。
外したボールを拾っては投げて、集中できない頭の中をどうにか整えながら、ゴールを見つめた。

ああ、でもなんだっけ。
何かに思い出しそうなんだけど。
幸ちゃんが嫌がって、それでなんだっけ。
もやもやしながらも、どうにかシュートを決める。ようやく先に進むと机の上のお題へたどり着いて、出遅れた分あわあわしながら、ひっくり返した。
勿論書いてあるのは「ペアになりたい人」だ。

とりあえず先に進もうと、ぐるぐると回転する頭を振り払うように、しのさんの方向を向いた。
場所はそう、先ほどまでの同窓会用のテントだ。
悠々とこちらを向いているしのさんが見えて、柚鈴は走り始めた。

そう、しのさんと一緒に走ってしまえばいいのだ。
計画通り、そうしてしまって後で考えれば良い。
そう思っていたのに。
しのさんのニヤリと笑った顔が見える位置まで来て、そうか、と気付いてしまった。

デジャヴ
いないはずの幸ちゃんの従姉。
いないはずの柚鈴の義姉。

まさか、と思う時には、その人はいるのだ。
つまり、まさか。

とうとうしのさんにたどり着いて、その両腕を柚鈴は勢いよく掴んだ。
「しのさんっ」
「ど、どした」
借り物競争に誘いに来たというよりも、詰め寄って来たような柚鈴の様子に、しのさんは余裕の笑顔を消して、驚いている。
だが柚鈴は構わずに叫んだ。
「志奈さんが、来ているんでしょう!?」
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

鍵の海で踊る兎

裏耕記
青春
君の演奏を聴いたから、僕の人生は変わった。でもそれは嬉しい変化だった。 普通の高校生活。 始まりは予定通りだった。 ちょっとしたキッカケ。ちょっとした勇気。 ほんの些細なキッカケは僕の人生を変えていく。 どこにでもある出来事に偶然出会えた物語。 高一になってからピアノなんて。 自分の中から否定する声が聞こえる。 それを上回るくらいに挑戦したい気持ちが溢れている。 彼女の演奏を聴いてしまったから。 この衝動を無視することなんて出来るはずもなかった。

公女様は愛されたいと願うのやめました。~態度を変えた途端、家族が溺愛してくるのはなぜですか?~

朱色の谷
恋愛
公爵家の末娘として生まれた幼いティアナ。 お屋敷で働いている使用人に虐げられ『公爵家の汚点』と呼ばれる始末。 お父様やお兄様は私に関心がないみたい。 ただ、愛されたいと願った。 そんな中、夢の中の本を読むと自分の正体が明らかに。 ◆恋愛要素は前半はありませんが、後半になるにつれて発展していきますのでご了承ください。

【完結】番である私の旦那様

桜もふ
恋愛
異世界であるミーストの世界最強なのが黒竜族! 黒竜族の第一皇子、オパール・ブラック・オニキス(愛称:オール)の番をミースト神が異世界転移させた、それが『私』だ。 バールナ公爵の元へ養女として出向く事になるのだが、1人娘であった義妹が最後まで『自分』が黒竜族の番だと思い込み、魅了の力を使って男性を味方に付け、なにかと嫌味や嫌がらせをして来る。 オールは政務が忙しい身ではあるが、溺愛している私の送り迎えだけは必須事項みたい。 気が抜けるほど甘々なのに、義妹に邪魔されっぱなし。 でも神様からは特別なチートを貰い、世界最強の黒竜族の番に相応しい子になろうと頑張るのだが、なぜかディロ-ルの侯爵子息に学園主催の舞踏会で「お前との婚約を破棄する!」なんて訳の分からない事を言われるし、義妹は最後の最後まで頭お花畑状態で、オールを手に入れようと男の元を転々としながら、絡んで来ます!(鬱陶しいくらい来ます!) 大好きな乙女ゲームや異世界の漫画に出てくる「私がヒロインよ!」な頭の変な……じゃなかった、変わった義妹もいるし、何と言っても、この世界の料理はマズイ、不味すぎるのです! 神様から貰った、特別なスキルを使って異世界の皆と地球へ行き来したり、地球での家族と異世界へ行き来しながら、日本で得た知識や得意な家事(食事)などを、この世界でオールと一緒に自由にのんびりと生きて行こうと思います。 前半は転移する前の私生活から始まります。

〖完結〗王女殿下の最愛の人は、私の婚約者のようです。

藍川みいな
恋愛
エリック様とは、五年間婚約をしていた。 学園に入学してから、彼は他の女性に付きっきりで、一緒に過ごす時間が全くなかった。その女性の名は、オリビア様。この国の、王女殿下だ。 入学式の日、目眩を起こして倒れそうになったオリビア様を、エリック様が支えたことが始まりだった。 その日からずっと、エリック様は病弱なオリビア様の側を離れない。まるで恋人同士のような二人を見ながら、学園生活を送っていた。 ある日、オリビア様が私にいじめられていると言い出した。エリック様はそんな話を信じないと、思っていたのだけれど、彼が信じたのはオリビア様だった。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

本屋の中の喫茶店

Hatton
青春
フラッと入った喫茶店で、なんとなく思いついて書き始めたやつです。 一話一話が5分程度で読める短編集なので、お気軽にどうぞ

私を幽閉した王子がこちらを気にしているのはなぜですか?

水谷繭
恋愛
婚約者である王太子リュシアンから日々疎まれながら過ごしてきたジスレーヌ。ある日のお茶会で、リュシアンが何者かに毒を盛られ倒れてしまう。 日ごろからジスレーヌをよく思っていなかった令嬢たちは、揃ってジスレーヌが毒を入れるところを見たと証言。令嬢たちの嘘を信じたリュシアンは、ジスレーヌを「裁きの家」というお屋敷に幽閉するよう指示する。 そこは二十年前に魔女と呼ばれた女が幽閉されて死んだ、いわくつきの屋敷だった。何とか幽閉期間を耐えようと怯えながら過ごすジスレーヌ。 一方、ジスレーヌを閉じ込めた張本人の王子はジスレーヌを気にしているようで……。 ◇小説家になろうにも掲載中です! ◆表紙はGilry Drop様からお借りした画像を加工して使用しています

ヤンデレ美少女転校生と共に体育倉庫に閉じ込められ、大問題になりましたが『結婚しています!』で乗り切った嘘のような本当の話

桜井正宗
青春
 ――結婚しています!  それは二人だけの秘密。  高校二年の遙と遥は結婚した。  近年法律が変わり、高校生(十六歳)からでも結婚できるようになっていた。だから、問題はなかった。  キッカケは、体育倉庫に閉じ込められた事件から始まった。校長先生に問い詰められ、とっさに誤魔化した。二人は退学の危機を乗り越える為に本当に結婚することにした。  ワケありヤンデレ美少女転校生の『小桜 遥』と”新婚生活”を開始する――。 *結婚要素あり *ヤンデレ要素あり

処理中です...