拝啓、お姉さまへ

一華

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第三章 5月‐結

お姉さま、借り物競争はご一緒に 1

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考えてごらん。

しのさんのその言葉がぐるぐるしてしまい、柚鈴は集合場所にはどうにかたどり着いたものの、すぐに始まった綱引きどころではなくなっていた。
考えすぎて、頭から何か溢れそうだ。

何?何を考えるの?

今日は正直、色んなことがあって、色々考えて、何度も方向修正している。それはそれで助かった気もしているけれど。
これ以上考えていると、自分の選択が全部間違っていて、どこにも正解がない気がしてしまう。
そしてそうは言っても、借り物競争の競技のスタートはもうすぐなのだ。
スタートの合図がしたら、走り出さなくてはいけない。

困惑する柚鈴の前では、体育祭実行委員が借り物競争の流れを最終確認している。

お題までにお飾り程度の障害があり、走ってからまず平均台の上を走ってから、その後にあるボールをバスケットの要領で高い位置にあるゴールにシュート。
それから机の上に並べられたお題を手にとり、そのお題を探してからゴールに走る。


スタートしてからゴールまでの時間の制限は基本的にはなく、一組目で誰か一人ゴールをしたら、次の組がスタートを切る。
一応各学年で区切るようになっているので、最終組だけはゴールしていない人がいても、頃合いを見て終了を告げることにはなっている。
が、このというのは、体育祭実行委員の主観に基づくので、盛り上がっていたら中々終了しない場合もあるようだ。
なんせ目玉競技だから、その辺りは、ということだろうか。

そうなると、このルールで柚鈴が心配になるのは、東郷先輩の2年生での順番である。
もし最初の方での組にいた場合、柚鈴はいつまで逃げればいいのか気の長い話になる。
競技内容が内容だけに、気を利かせているのか各学年での集合場所は違っていて、2年生の状況は柚鈴には分からないのだが、それがいいのか悪いのか。
顔を合わせない分、気まずさはないけれと。

ひとまず、だ。
しのさんは、借り物競争のお誘いにいけば、一緒に走ると言ってくれた。
その後も守ってあげる、とも。
守ってあげる、というのは、東郷先輩からだと思っていいのだろうか?
その辺りはよく分からないけれど、言質はとったわけだ。

予定通り借り物競争は、しのさんと走れば間違いはなさそうである。多分。

何かに引っかかりながら、柚鈴は実行委員に言われるがままに整列をする。
1年生では1組5人で行われる6組中の3番目の列。
ちょうど真ん中くらいである。

綱引きも終わり、スタート地点に誘導されれば、流石、注目競技。
午後の体育祭も佳境と言う中で盛り上がり温まったグラウンドに、周囲はやいやいと盛り上がってくる。

その盛況ぶりに、柚鈴は目を細めた。
南無三、と言った心持ちだ。

そんな中、無情にも最初の組がスタートした。声援が弾けるように飛んでくる。
その勢いに、震えてしまった。

あ、でも。
柚鈴は一つ、自分の幸運に気づいた。
最初の組の、一人ゴールしたら、次の組がスタートするってことは、だ。
前の組の生徒で、ゴールしていない生徒がいれば、当然次の組の生徒への注目は減るのではないか。
つまり、多少は目立たなそうだ、と。

もちろん昨年卒業生であり、名前も知られている岬紫乃舞を連れて走れば、ゴールまでの間は注目を浴びるだろうが、最初の組だった場合ほどではないだろう。

そう思えばちょっとだけ気持ちが楽になり、そのまま少しでも誤魔化そうと、競技中の生徒を見つめた。
途中に設けられた障害はほとんどの生徒がすぐにクリアして、各々が恐らくは憧れの先輩の所に走っていっている。
緊張の面持ちで声を掛けているが、特に逃げ出す人を追いかけたりしている姿は今は見当たらない。
…少なくとも柚鈴は逃げ出すつもりではあるので、その前にどなたか逃げ出す仲間がいるとほっとするような気もする。
が、申し訳ない気がするので、仲間の出現を祈るのは、今は止めておくことにした。
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