拝啓、お姉さまへ

一華

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第三章 5月‐結

お姉さま、体育祭の昼食です! 9

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体育祭のお弁当を食べていい場所と言うのは限られてる。
それぞれの組の待機場所は勿論大丈夫。
グラウンドの近く、つまり体育祭のアナウンスが聞こえる場所であること。
建物内は基本的に体育祭が終了するまでは立ち入り禁止になっている。
唯一、食堂のホールのみは昼食利用をしても良いことになっているが、柚鈴達が到着した時には既に満席状態。

柚鈴と明智さんだけなら、白組の待機場所に戻ってもいいが、幸もいるのでそれは止めた方がいいだろう。
しかしシートもない場所となると、敷物もない。代わりになるものは各々のハンカチやミニタオル程度。
どうしようかと悩んでいると、幸が特別塔の非常階段はどうかと提案した。
確かにそこならば、グラウンドも近い。アナウンスも聞こえて、人気もなさそうだ。

敷物も、階段ならなくても柚鈴は気にならない。
それは名案ということで、3人で移動することにした。

「それで、幸ちゃんはどうして黄組に居づらくなったの?」
階段でお弁当を広げて食事を始めてから、柚鈴が尋ねると、幸はうっといった様子で目を泳がせた。

「ええと」
「言いにくいこと?」
「う~…」
言いにくいことなのか、言いたくないことなのか。
判断に迷っていると、幸は困ったように一度顔を伏せてから説明を始めた。

「花奏ちゃんがね、黄組の先輩が借り物競争に出るって教えてくれての」
「うん?」
それがどうしたのだろうと相槌を打つと、幸がとうとう覚悟を決めたように口を開いた。
「その先輩の借り物競争のお題の対象が、私だって言うんだよね」
「え?」

黄組の先輩にそんな人がいたのか、と一瞬驚くが、そういえば先日薫が何か言っていたような気がする。
仲の良さそうな先輩と一緒にいたとかなんとか。
幸がすぐに否定していたので、柚鈴はそこまで気にしていなかったのだが。

そして今、幸の浮かない顔を見ると乗り気ではないのだろうか。
何と聞いたものかと言葉を選んでると、明智さんが先に口を開いた。
「その方とペアになるの?」
「うっ」
「ならないの?」
淡々と確認をしているといった様子の明智さんは、すごくシンプルな質問しかしていない。
だがそのストレートな聞き方はとても柚鈴には真似できそうになかった。
その辺りが流石としか言いようがない。

色々取り繕った所で、聞く所はそこになるのだ。
そう思えば間違ってはない。
幸は心底答えにくそうだけど。

ええと、と言葉を選びつつ、幸は答えた。
「断る理由は、正直ない、と思ってます。でも、受けるかどうかは悩みます」
なぜかですます、口調に陥った幸は、はふりとため息をついた。

「好きな先輩では、あるんだけど…同じくらい好きな人って沢山いるんだよね。だから今受けると、誰でもいいから助言者メンターになって欲しいからペアになるみたいで。なんか、ペアになる人ってどこか特別な一人って気がしてて。その人はとても良い先輩ではあるけど、たった1人その人と決めると思うと、いいのかどうか分からないんだ」
「じゃあ、走って逃げればいいんじゃないかしら?」
明智さんの言葉はどこまでもシンプルだ。
シンプル過ぎて、柚鈴はどうしようと思ったが、幸は特に気にした様子もなく首を振った。

「走って逃げる程嫌かと言われると、そうでもなくて。というか、そもそも。私が走って逃げても追いつかれて終わる気がする」
『なるほど』
思わず明智さんと柚鈴の返答がハモると、幸はハッとしてショックそうな顔を見せた。
「酷いっ。2人とも声を揃えて酷い」
「あ、ごめんごめん」

柚鈴は慌てて謝った。
そこまで嫌でなければ、確かに走って逃げるのにも勇気がいるだろう。
捕まったら必ずペアになるのがお約束の競技では建前上ない。薫のような性格で、全力疾走に逃げるというなら出来そうんだけど。
ただ捕まると、周りの空気がペア誕生の雰囲気になると言われてしまえば、気軽な気持ちにはなれないのだけど。

そこでふと柚鈴は、沢城先輩のことを思い出した。
幸は、もしかして沢城先輩とならペアになりたいのではないだろうか。

悩み顔の幸にそれを言いかけて、止める。
更に悩ませてしまうことになる気がしたから。
もし幸が本当にそう思っていたとしても、沢城先輩が助言者の資格を持っていなければどうしようもない。
それを認めさせてしまって、いいのか分からない。

しかし、なりたい人とペアになれないというなら。
助言者メンター制度というのは、中々ままならない制度だと、柚鈴は思った。
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