207 / 282
第三章 5月‐結
お姉さま、体育祭の昼食です! 9
しおりを挟む
体育祭のお弁当を食べていい場所と言うのは限られてる。
それぞれの組の待機場所は勿論大丈夫。
グラウンドの近く、つまり体育祭のアナウンスが聞こえる場所であること。
建物内は基本的に体育祭が終了するまでは立ち入り禁止になっている。
唯一、食堂のホールのみは昼食利用をしても良いことになっているが、柚鈴達が到着した時には既に満席状態。
柚鈴と明智さんだけなら、白組の待機場所に戻ってもいいが、幸もいるのでそれは止めた方がいいだろう。
しかしシートもない場所となると、敷物もない。代わりになるものは各々のハンカチやミニタオル程度。
どうしようかと悩んでいると、幸が特別塔の非常階段はどうかと提案した。
確かにそこならば、グラウンドも近い。アナウンスも聞こえて、人気もなさそうだ。
敷物も、階段ならなくても柚鈴は気にならない。
それは名案ということで、3人で移動することにした。
「それで、幸ちゃんはどうして黄組に居づらくなったの?」
階段でお弁当を広げて食事を始めてから、柚鈴が尋ねると、幸はうっといった様子で目を泳がせた。
「ええと」
「言いにくいこと?」
「う~…」
言いにくいことなのか、言いたくないことなのか。
判断に迷っていると、幸は困ったように一度顔を伏せてから説明を始めた。
「花奏ちゃんがね、黄組の先輩が借り物競争に出るって教えてくれての」
「うん?」
それがどうしたのだろうと相槌を打つと、幸がとうとう覚悟を決めたように口を開いた。
「その先輩の借り物競争のお題の対象が、私だって言うんだよね」
「え?」
黄組の先輩にそんな人がいたのか、と一瞬驚くが、そういえば先日薫が何か言っていたような気がする。
仲の良さそうな先輩と一緒にいたとかなんとか。
幸がすぐに否定していたので、柚鈴はそこまで気にしていなかったのだが。
そして今、幸の浮かない顔を見ると乗り気ではないのだろうか。
何と聞いたものかと言葉を選んでると、明智さんが先に口を開いた。
「その方とペアになるの?」
「うっ」
「ならないの?」
淡々と確認をしているといった様子の明智さんは、すごくシンプルな質問しかしていない。
だがそのストレートな聞き方はとても柚鈴には真似できそうになかった。
その辺りが流石としか言いようがない。
色々取り繕った所で、聞く所はそこになるのだ。
そう思えば間違ってはない。
幸は心底答えにくそうだけど。
ええと、と言葉を選びつつ、幸は答えた。
「断る理由は、正直ない、と思ってます。でも、受けるかどうかは悩みます」
なぜかですます、口調に陥った幸は、はふりとため息をついた。
「好きな先輩では、あるんだけど…同じくらい好きな人って沢山いるんだよね。だから今受けると、誰でもいいから助言者になって欲しいからペアになるみたいで。なんか、ペアになる人ってどこか特別な一人って気がしてて。その人はとても良い先輩ではあるけど、たった1人その人と決めると思うと、いいのかどうか分からないんだ」
「じゃあ、走って逃げればいいんじゃないかしら?」
明智さんの言葉はどこまでもシンプルだ。
シンプル過ぎて、柚鈴はどうしようと思ったが、幸は特に気にした様子もなく首を振った。
「走って逃げる程嫌かと言われると、そうでもなくて。というか、そもそも。私が走って逃げても追いつかれて終わる気がする」
『なるほど』
思わず明智さんと柚鈴の返答がハモると、幸はハッとしてショックそうな顔を見せた。
「酷いっ。2人とも声を揃えて酷い」
「あ、ごめんごめん」
柚鈴は慌てて謝った。
そこまで嫌でなければ、確かに走って逃げるのにも勇気がいるだろう。
捕まったら必ずペアになるのがお約束の競技では建前上ない。薫のような性格で、全力疾走に逃げるというなら出来そうんだけど。
ただ捕まると、周りの空気がペア誕生の雰囲気になると言われてしまえば、気軽な気持ちにはなれないのだけど。
そこでふと柚鈴は、沢城先輩のことを思い出した。
幸は、もしかして沢城先輩とならペアになりたいのではないだろうか。
悩み顔の幸にそれを言いかけて、止める。
更に悩ませてしまうことになる気がしたから。
もし幸が本当にそう思っていたとしても、沢城先輩が助言者の資格を持っていなければどうしようもない。
それを認めさせてしまって、いいのか分からない。
しかし、なりたい人とペアになれないというなら。
助言者制度というのは、中々ままならない制度だと、柚鈴は思った。
それぞれの組の待機場所は勿論大丈夫。
グラウンドの近く、つまり体育祭のアナウンスが聞こえる場所であること。
建物内は基本的に体育祭が終了するまでは立ち入り禁止になっている。
唯一、食堂のホールのみは昼食利用をしても良いことになっているが、柚鈴達が到着した時には既に満席状態。
柚鈴と明智さんだけなら、白組の待機場所に戻ってもいいが、幸もいるのでそれは止めた方がいいだろう。
しかしシートもない場所となると、敷物もない。代わりになるものは各々のハンカチやミニタオル程度。
どうしようかと悩んでいると、幸が特別塔の非常階段はどうかと提案した。
確かにそこならば、グラウンドも近い。アナウンスも聞こえて、人気もなさそうだ。
敷物も、階段ならなくても柚鈴は気にならない。
それは名案ということで、3人で移動することにした。
「それで、幸ちゃんはどうして黄組に居づらくなったの?」
階段でお弁当を広げて食事を始めてから、柚鈴が尋ねると、幸はうっといった様子で目を泳がせた。
「ええと」
「言いにくいこと?」
「う~…」
言いにくいことなのか、言いたくないことなのか。
判断に迷っていると、幸は困ったように一度顔を伏せてから説明を始めた。
「花奏ちゃんがね、黄組の先輩が借り物競争に出るって教えてくれての」
「うん?」
それがどうしたのだろうと相槌を打つと、幸がとうとう覚悟を決めたように口を開いた。
「その先輩の借り物競争のお題の対象が、私だって言うんだよね」
「え?」
黄組の先輩にそんな人がいたのか、と一瞬驚くが、そういえば先日薫が何か言っていたような気がする。
仲の良さそうな先輩と一緒にいたとかなんとか。
幸がすぐに否定していたので、柚鈴はそこまで気にしていなかったのだが。
そして今、幸の浮かない顔を見ると乗り気ではないのだろうか。
何と聞いたものかと言葉を選んでると、明智さんが先に口を開いた。
「その方とペアになるの?」
「うっ」
「ならないの?」
淡々と確認をしているといった様子の明智さんは、すごくシンプルな質問しかしていない。
だがそのストレートな聞き方はとても柚鈴には真似できそうになかった。
その辺りが流石としか言いようがない。
色々取り繕った所で、聞く所はそこになるのだ。
そう思えば間違ってはない。
幸は心底答えにくそうだけど。
ええと、と言葉を選びつつ、幸は答えた。
「断る理由は、正直ない、と思ってます。でも、受けるかどうかは悩みます」
なぜかですます、口調に陥った幸は、はふりとため息をついた。
「好きな先輩では、あるんだけど…同じくらい好きな人って沢山いるんだよね。だから今受けると、誰でもいいから助言者になって欲しいからペアになるみたいで。なんか、ペアになる人ってどこか特別な一人って気がしてて。その人はとても良い先輩ではあるけど、たった1人その人と決めると思うと、いいのかどうか分からないんだ」
「じゃあ、走って逃げればいいんじゃないかしら?」
明智さんの言葉はどこまでもシンプルだ。
シンプル過ぎて、柚鈴はどうしようと思ったが、幸は特に気にした様子もなく首を振った。
「走って逃げる程嫌かと言われると、そうでもなくて。というか、そもそも。私が走って逃げても追いつかれて終わる気がする」
『なるほど』
思わず明智さんと柚鈴の返答がハモると、幸はハッとしてショックそうな顔を見せた。
「酷いっ。2人とも声を揃えて酷い」
「あ、ごめんごめん」
柚鈴は慌てて謝った。
そこまで嫌でなければ、確かに走って逃げるのにも勇気がいるだろう。
捕まったら必ずペアになるのがお約束の競技では建前上ない。薫のような性格で、全力疾走に逃げるというなら出来そうんだけど。
ただ捕まると、周りの空気がペア誕生の雰囲気になると言われてしまえば、気軽な気持ちにはなれないのだけど。
そこでふと柚鈴は、沢城先輩のことを思い出した。
幸は、もしかして沢城先輩とならペアになりたいのではないだろうか。
悩み顔の幸にそれを言いかけて、止める。
更に悩ませてしまうことになる気がしたから。
もし幸が本当にそう思っていたとしても、沢城先輩が助言者の資格を持っていなければどうしようもない。
それを認めさせてしまって、いいのか分からない。
しかし、なりたい人とペアになれないというなら。
助言者制度というのは、中々ままならない制度だと、柚鈴は思った。
0
お気に入りに追加
89
あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

愛しの婚約者に「学園では距離を置こう」と言われたので、婚約破棄を画策してみた
迦陵 れん
恋愛
「学園にいる間は、君と距離をおこうと思う」
待ちに待った定例茶会のその席で、私の大好きな婚約者は唐突にその言葉を口にした。
「え……あの、どうし……て?」
あまりの衝撃に、上手く言葉が紡げない。
彼にそんなことを言われるなんて、夢にも思っていなかったから。
ーーーーーーーーーーーーー
侯爵令嬢ユリアの婚約は、仲の良い親同士によって、幼い頃に結ばれたものだった。
吊り目でキツい雰囲気を持つユリアと、女性からの憧れの的である婚約者。
自分たちが不似合いであることなど、とうに分かっていることだった。
だから──学園にいる間と言わず、彼を自分から解放してあげようと思ったのだ。
婚約者への淡い恋心は、心の奥底へとしまいこんで……。
※基本的にゆるふわ設定です。
※プロット苦手派なので、話が右往左往するかもしれません。→故に、タグは徐々に追加していきます
※感想に返信してると執筆が進まないという鈍足仕様のため、返事は期待しないで貰えるとありがたいです。
※仕事が休みの日のみの執筆になるため、毎日は更新できません……(書きだめできた時だけします)ご了承くださいませ。
※※しれっと短編から長編に変更しました。(だって絶対終わらないと思ったから!)
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。

異世界でネットショッピングをして商いをしました。
ss
ファンタジー
異世界に飛ばされた主人公、アキラが使えたスキルは「ネットショッピング」だった。
それは、地球の物を買えるというスキルだった。アキラはこれを駆使して異世界で荒稼ぎする。
これはそんなアキラの爽快で時には苦難ありの異世界生活の一端である。(ハーレムはないよ)
よければお気に入り、感想よろしくお願いしますm(_ _)m
hotランキング23位(18日11時時点)
本当にありがとうございます
誤字指摘などありがとうございます!スキルの「作者の権限」で直していこうと思いますが、発動条件がたくさんあるので直すのに時間がかかりますので気長にお待ちください。

【完結】会いたいあなたはどこにもいない
野村にれ
恋愛
私の家族は反乱で殺され、私も処刑された。
そして私は家族の罪を暴いた貴族の娘として再び生まれた。
これは足りない罪を償えという意味なのか。
私の会いたいあなたはもうどこにもいないのに。
それでも償いのために生きている。

大好きな幼なじみが超イケメンの彼女になったので諦めたって話
家紋武範
青春
大好きな幼なじみの奈都(なつ)。
高校に入ったら告白してラブラブカップルになる予定だったのに、超イケメンのサッカー部の柊斗(シュート)の彼女になっちまった。
全く勝ち目がないこの恋。
潔く諦めることにした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる