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第三章 5月‐結
お姉さま、お茶会参加のはずでした! 9
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「志奈に何を言われたの?」
「…あー…お礼?」
ぼやくように言ってから、しのさんは頭を掻いて少し考えるように目を伏せた。それから、どこか満足そうな笑みを浮かべる。
「本当、志奈は面白いよなあ」
「…私の言う通りにするの?」
まだイマイチ状況が分からないと言った様子で、真美子さんが繰り返すと、しのさんは頷いた。
「そ、真美子の言う通りに、柚鈴ちゃんはすぐに茶道部に返しましょう」
「体育祭に行くために大学はサボらないのね?」
すかさず真美子さんが、今話していたことも念押しで確認すると、しのさんはこれには口元を歪めて、ニヤリと笑った。
「うん。今日の所は、そういうことにしておく」
素直に同意したが、今日の所は、というは少し意味深だ。とりあえず今日これ以上は、そのことで真美子さんと言い合う気はない、ということなのだろう。
その意図を感じとった真美子さんは複雑な顔を見せてから、頷いた。
「……まあ、いいわ」
「まぁま、安心なさい。おまけで今後のOG訪問の際には、相応しい装いと前もって連絡、ちゃんと心得よう。約束しましょ。ほら、真美子のご教授の賜物だ」
「それはそもそもの常識でしょう」
「常識は打ち破りたくなるのさ。性分でね」
軽口で笑って会話を切り上げると、しのさんは柚鈴を見つめた。
「じゃあ、私は帰るよ。今日を機に、また仲良くさせてもらうから、よろしく」
そのことに同意はいらないとばかりに、気安くポンと柚鈴の背中を叩いた。
それからあっさりと背中を向けて、軽く手を上げてから階段を下りていった。
思わず、見送っていると、真美子さんが冷静に声を掛けてくる。
「柚鈴さん。電話、志奈が待ってるんじゃない?」
「あ、そ、そうですね」
そういえば返して貰ってから、つい放置していた。
携帯の液晶は、通話中のままである。
慌てて、柚鈴は携帯を耳にあてた。
「電話を放っておいて、すみません、志奈さん。ありがとうございます。上手く収まりました」
『ううん、いいのよ。今シミジミと幸せを噛みしめていたところだから』
「…そうですか」
『まさか今日、こんな形で私の願い事が一つ叶うなんて思わなかったわ』
「……」
弾むような明るい声が聞こえて、柚鈴は衝動的に携帯を投げ捨てたい気持ちになったが我慢した。
この人、今、『願い事が一つ』とおっしゃいましたよ。
一つ、ということは、あと幾つあるのだろうか。
…これは聞かなかったことにしよう。
柚鈴は反論を諦めた。助けてもらったのは事実だ。
それに、下手に言い返して、他の願いごとを列挙させてしまっても困る。近づかずに距離を置くことも大切じゃないか。
「それでは、私はこれから茶道部のお茶会に行きますね」
『そう。行ってらっしゃい。今日は私の友人が迷惑を掛けてごめんなさいね』
電話を切ろうとしたところに、謝られて。思わず切らずに大きく頷いた。
しのさんは妙に憎めない人だが、振り回されてしまったのは事実だ。
そしてその原因は、志奈さんにある。
「本当ですよ。志奈さん、友達に私の話をどんな風にしてるんですか?」
『あら。近しい友人にも義理の妹が出来た、くらいしか伝えてないのよ?柚鈴ちゃんが常葉学園通ってる話を私がしてるのは真美子だけだもの』
「真美子さんだけ?」
『そうよ。可愛い妹が常葉学園にいるなんて話して、万が一、高等部に押し掛ける人がいたら迷惑になると思ったの。その点では真美子は口が固そうでしょう?誰にも秘密なんて、我慢出来そうにないし、冷静かつ公平な意見を聞かせてくれるし。でも、しのは気付いてしまったみたい。勘が良いからかしら?』
「…あー…お礼?」
ぼやくように言ってから、しのさんは頭を掻いて少し考えるように目を伏せた。それから、どこか満足そうな笑みを浮かべる。
「本当、志奈は面白いよなあ」
「…私の言う通りにするの?」
まだイマイチ状況が分からないと言った様子で、真美子さんが繰り返すと、しのさんは頷いた。
「そ、真美子の言う通りに、柚鈴ちゃんはすぐに茶道部に返しましょう」
「体育祭に行くために大学はサボらないのね?」
すかさず真美子さんが、今話していたことも念押しで確認すると、しのさんはこれには口元を歪めて、ニヤリと笑った。
「うん。今日の所は、そういうことにしておく」
素直に同意したが、今日の所は、というは少し意味深だ。とりあえず今日これ以上は、そのことで真美子さんと言い合う気はない、ということなのだろう。
その意図を感じとった真美子さんは複雑な顔を見せてから、頷いた。
「……まあ、いいわ」
「まぁま、安心なさい。おまけで今後のOG訪問の際には、相応しい装いと前もって連絡、ちゃんと心得よう。約束しましょ。ほら、真美子のご教授の賜物だ」
「それはそもそもの常識でしょう」
「常識は打ち破りたくなるのさ。性分でね」
軽口で笑って会話を切り上げると、しのさんは柚鈴を見つめた。
「じゃあ、私は帰るよ。今日を機に、また仲良くさせてもらうから、よろしく」
そのことに同意はいらないとばかりに、気安くポンと柚鈴の背中を叩いた。
それからあっさりと背中を向けて、軽く手を上げてから階段を下りていった。
思わず、見送っていると、真美子さんが冷静に声を掛けてくる。
「柚鈴さん。電話、志奈が待ってるんじゃない?」
「あ、そ、そうですね」
そういえば返して貰ってから、つい放置していた。
携帯の液晶は、通話中のままである。
慌てて、柚鈴は携帯を耳にあてた。
「電話を放っておいて、すみません、志奈さん。ありがとうございます。上手く収まりました」
『ううん、いいのよ。今シミジミと幸せを噛みしめていたところだから』
「…そうですか」
『まさか今日、こんな形で私の願い事が一つ叶うなんて思わなかったわ』
「……」
弾むような明るい声が聞こえて、柚鈴は衝動的に携帯を投げ捨てたい気持ちになったが我慢した。
この人、今、『願い事が一つ』とおっしゃいましたよ。
一つ、ということは、あと幾つあるのだろうか。
…これは聞かなかったことにしよう。
柚鈴は反論を諦めた。助けてもらったのは事実だ。
それに、下手に言い返して、他の願いごとを列挙させてしまっても困る。近づかずに距離を置くことも大切じゃないか。
「それでは、私はこれから茶道部のお茶会に行きますね」
『そう。行ってらっしゃい。今日は私の友人が迷惑を掛けてごめんなさいね』
電話を切ろうとしたところに、謝られて。思わず切らずに大きく頷いた。
しのさんは妙に憎めない人だが、振り回されてしまったのは事実だ。
そしてその原因は、志奈さんにある。
「本当ですよ。志奈さん、友達に私の話をどんな風にしてるんですか?」
『あら。近しい友人にも義理の妹が出来た、くらいしか伝えてないのよ?柚鈴ちゃんが常葉学園通ってる話を私がしてるのは真美子だけだもの』
「真美子さんだけ?」
『そうよ。可愛い妹が常葉学園にいるなんて話して、万が一、高等部に押し掛ける人がいたら迷惑になると思ったの。その点では真美子は口が固そうでしょう?誰にも秘密なんて、我慢出来そうにないし、冷静かつ公平な意見を聞かせてくれるし。でも、しのは気付いてしまったみたい。勘が良いからかしら?』
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