拝啓、お姉さまへ

一華

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第三章 5月‐結

お姉さま、デートの時間です 11

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タイミング良くランチが運ばれてきて、柚鈴にとっては『うまい具合』に話が途切れた。
志奈さんは、お店の人の邪魔にならないように行儀よく口を閉ざして、それ以上話を詰めるような真似はしない。
ほっとしているこちらの心情に気付いているのかいないのか。
いや、恐らくは気づいているとは思うのだけど、気づいていないのではないかと思わせるくらい、何事もなかったような表情だ。

それがなんだか逆に恐ろしく感じてしまう。
もしかして、この穏やかさこそが『全校生徒のお姉さま』と言わしめる素質なのかもしれないんじゃない?
などと大げさに考えてしまう。

実際、志奈さんはこうしてとどこかゆったりとした時間を感じさせる。話し出すと、とても残念な一面を垣間見る、どころか直視せざる得ないのだけど。
今はひたすら絵になる綺麗な人が美しく座っている、という、芸術性のあると言ってもいい状態だ。

本当に観賞用にしておくにはとびきり向いている人だよね。
と、柚鈴は心の中で『妹』としては泣かれそうなことを考えてしまった。

並べられたランチの料理は、メニューの写真を見て分かってはいたものの、女子受けしそうな愛らしい縁取りのお皿に盛りつけられていて、見た目も可愛らしい。
目で楽しめて心が弾みつつ、少し場違いな気持ちも心の端に生まれる。
とびきり女の子って感じの料理だなあ、と。

柚鈴は、そもそも女の子が好きな甘いものは苦手だし、お母さんと良く行くお店はカレーやさん。入るレストランは可愛さとは縁遠かった。
というか基本的には親子二人暮らしの間、慎ましい生活を主として、作れるものは家庭で作るがモットー。こういう華やかなランチタイムはあまり経験してきていないのだ。

こんな可愛いレストランで、可愛い料理を綺麗なお義姉さんと「女子タイム」としか言えない時間。
我ながら不釣り合いな気がする。
なんか状況だけ考えれば、今日の幸と変わらないな、と気づいて。
こういう時間をなんて言うんだっけ?と思考を巡らせた。

薫が確か何か言っていた気がする。こういう時にぴったりな言葉を。
小首を傾げてちょっとだけ時間をかけて、柚鈴はその言葉を探し出した。
確かそう『せっかくのデートなのに』とか。言われてはいなかっただろうか。
そう、デート、と。

そこでハッとして、柚鈴は志奈さんを見て、状況を把握しなおした。
あれ?これってもしかしてデート?デートっていうの?

今まで全く考えてもいなかったことだっただけに、思考がそこに集中してしまう。
そして絶妙のタイミングで志奈さんが柚鈴が見ているのに気づいて、柔らかく微笑むから、余計にまずい。
思わず頬が赤くなり、熱くなるのが分かった。
ば、ばか。私ったら何を動揺しているのよ。
見つめ合う形になってしまった志奈さんの目はキラキラと輝いていて、嬉しそうだし、なんだか居たたまれない。
ひとまず目線は逸らして。

どうしてこの人、私のお姉さんになっちゃったんだろう。
慌てるあまりに、言っても仕方がないことまで恨めしく思えて来た。
理由は両親が再婚したからで、柚鈴も反対はしなかったからなのだ。これは仕方ないのだ。
だが志奈さんとの関係は全てはそこが原因で、懐かれてしまっているわけで、そうでなければ一生縁がないような人種だった。
それがこんな風に二人きりの時間を持つことになり、こんなに可愛がられて。
こんなに刺激的な時間を過ごすことになるとは。

…いけない。なんだか混乱して、訳分からない言葉が浮かんできている、
ごはん。そう、とりあえず食事をして、血糖値を上げよう。
柚鈴は食事に意識を移すことにして、ナイフを手に取った。
「志奈さん、食べましょう」
力強く言うと。こちらの気持ちなど勿論知る由もない志奈さんは頷く。
「そうね。じゃあ、食べましょうか」
そして、志奈さんがいただきます、と両手を合わせるので、柚鈴も慌てて、手を合わせた。
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