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第二章 5月‐序
一歩、進んで ★8★
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先に志奈さんにそんな風に言われてしまっては、柚鈴はどうすればいいか分からない。
同じようなことを言うのは変な気がする。
もう何年も『ふつつかな娘』をやってきているので。
それに志奈さんにとっては縁がなかった『母の日』なのだから、色々思うこともあったんだろう、と思うだけに、どうしようと一人慌ててしまった。
オトウサンだけが、楽しそうに頬杖をついていて、非常に羨ましい立ち位置だ。
顔を上げてからそんな柚鈴に気付いた志奈さんが、じっと見つめてきてから、ふっと笑った。
「柚鈴ちゃんも、私のことは愛しい姉としてよろしくね」
「なんですか、それは」
どさくさに紛れた発言に、ものすごく地味に平常心スイッチを押してくれて、柚鈴自身が驚くほど冷静な声が漏れた。
志奈さんも、いつものスイッチが入ったのか、笑って続ける。
「柚鈴ちゃんからの『ふつつかな妹ですがよろしく』を希望しているアピール」
「いや、言いませんよ」
1人取り残されてしまったからと言って、断固その話には乗らないという態度を見せる。それから志奈さんのペースに乗らないように目を背けて、お母さんを料理へと誘導した。
「さあ、食べて。この話題は終了したいので食べて」
「あらあら」
軽く笑ってから。いただきます、と手を合わせてお母さんが一口食べた。
「…うん、美味しい」
咀嚼して、顔を綻ばせたお母さんにほっとして、柚鈴も手を合わせる。
「うん、ほどほどの辛さで美味しい」
先に食べたオトウサンの声が続いて、柚鈴もカレーを一口食べた。
カレーの香ばしいスパイスの風味と、一緒に入れた果物の甘味、それから後になって燃えるような辛さが波打つようで、熱い。
辛いというより燃えるようだ。
「…美味しい」
柚鈴より先に志奈さんが言ってから、少したって考え込むように項垂れる。
「辛い…」
後からやってくる辛さに気付いたのか、慌てて水を飲もうとグラスに手を伸ばした志奈さんを止める。
「し、志奈さん。水は飲まない方がいいですよ。水飲むと、余計痛いような辛さになります。舌がやられちゃいます。ご飯を食べてください」
「はい…」
ご飯を一口食べて、しかし負けられないと思ったのか。
志奈さんは覚悟を決めたように更にカレーも口に運んでいく。
「あ、あの。大丈夫ですか?」
「柚鈴ちゃんの複雑な愛情を感じる気がする…」
「な、なんですか、それ」
マイナスな感情は煮込むように言ったのは志奈さんだ。
柚鈴にはそのつもりはなかったわけなので、苦情を言われても困る。
しかし。
あきらかに体温が1,2度は上昇したような表情で食べ進める志奈さんは、健気だが心配になるのも確かだった。
「オトウサンと同じ辛さに変えましょうか?」
「まだ早いと思うの」
「私には今に思えますけど」
志奈さんは諦めない。
オトウサンが隣のことは気にせず、何事もないように笑顔で食べ進めているのを見て悩んだが、少し様子を見ることにした。
辛いが美味しいのも確かだし、本人にやる気があるのだから頑張ってもらってもいいのかもしれない。
少なくとも隣の保護者が止めないのだから、大丈夫だと思いたい。
このオトウサンを信じて良ければ。
「でも、母の日帰ってきてくれないのね。寂しいわね」
お母さんが食べる手を休めて、ため息をついた。
「ごめんね。中間考査の前で余裕ない気がして。電話するから」
「待ってるわね」
そういってからお母さんは、何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえば、生徒会に入ったの?」
「え?」
「入学式でそんな話していたじゃない。志奈ちゃんが生徒会だったから後を追って生徒会にとかなんとか」
そういえば、喫茶店でそんな話をしたかもしれない。
柚鈴もようやくそのことを思い出して、首を振った。
同じようなことを言うのは変な気がする。
もう何年も『ふつつかな娘』をやってきているので。
それに志奈さんにとっては縁がなかった『母の日』なのだから、色々思うこともあったんだろう、と思うだけに、どうしようと一人慌ててしまった。
オトウサンだけが、楽しそうに頬杖をついていて、非常に羨ましい立ち位置だ。
顔を上げてからそんな柚鈴に気付いた志奈さんが、じっと見つめてきてから、ふっと笑った。
「柚鈴ちゃんも、私のことは愛しい姉としてよろしくね」
「なんですか、それは」
どさくさに紛れた発言に、ものすごく地味に平常心スイッチを押してくれて、柚鈴自身が驚くほど冷静な声が漏れた。
志奈さんも、いつものスイッチが入ったのか、笑って続ける。
「柚鈴ちゃんからの『ふつつかな妹ですがよろしく』を希望しているアピール」
「いや、言いませんよ」
1人取り残されてしまったからと言って、断固その話には乗らないという態度を見せる。それから志奈さんのペースに乗らないように目を背けて、お母さんを料理へと誘導した。
「さあ、食べて。この話題は終了したいので食べて」
「あらあら」
軽く笑ってから。いただきます、と手を合わせてお母さんが一口食べた。
「…うん、美味しい」
咀嚼して、顔を綻ばせたお母さんにほっとして、柚鈴も手を合わせる。
「うん、ほどほどの辛さで美味しい」
先に食べたオトウサンの声が続いて、柚鈴もカレーを一口食べた。
カレーの香ばしいスパイスの風味と、一緒に入れた果物の甘味、それから後になって燃えるような辛さが波打つようで、熱い。
辛いというより燃えるようだ。
「…美味しい」
柚鈴より先に志奈さんが言ってから、少したって考え込むように項垂れる。
「辛い…」
後からやってくる辛さに気付いたのか、慌てて水を飲もうとグラスに手を伸ばした志奈さんを止める。
「し、志奈さん。水は飲まない方がいいですよ。水飲むと、余計痛いような辛さになります。舌がやられちゃいます。ご飯を食べてください」
「はい…」
ご飯を一口食べて、しかし負けられないと思ったのか。
志奈さんは覚悟を決めたように更にカレーも口に運んでいく。
「あ、あの。大丈夫ですか?」
「柚鈴ちゃんの複雑な愛情を感じる気がする…」
「な、なんですか、それ」
マイナスな感情は煮込むように言ったのは志奈さんだ。
柚鈴にはそのつもりはなかったわけなので、苦情を言われても困る。
しかし。
あきらかに体温が1,2度は上昇したような表情で食べ進める志奈さんは、健気だが心配になるのも確かだった。
「オトウサンと同じ辛さに変えましょうか?」
「まだ早いと思うの」
「私には今に思えますけど」
志奈さんは諦めない。
オトウサンが隣のことは気にせず、何事もないように笑顔で食べ進めているのを見て悩んだが、少し様子を見ることにした。
辛いが美味しいのも確かだし、本人にやる気があるのだから頑張ってもらってもいいのかもしれない。
少なくとも隣の保護者が止めないのだから、大丈夫だと思いたい。
このオトウサンを信じて良ければ。
「でも、母の日帰ってきてくれないのね。寂しいわね」
お母さんが食べる手を休めて、ため息をついた。
「ごめんね。中間考査の前で余裕ない気がして。電話するから」
「待ってるわね」
そういってからお母さんは、何かを思い出したように顔を上げた。
「そういえば、生徒会に入ったの?」
「え?」
「入学式でそんな話していたじゃない。志奈ちゃんが生徒会だったから後を追って生徒会にとかなんとか」
そういえば、喫茶店でそんな話をしたかもしれない。
柚鈴もようやくそのことを思い出して、首を振った。
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