拝啓、お姉さまへ

一華

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第一章 4月

お姉さまが欲しかったもの ★6★

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「私自身が誰かの助言者メンターになれなかったことよ」
意外な言葉に、柚鈴は驚いて聞き返した。
「なりたかったんですか?」
「生徒会長になった後にね、そうなってみたかったなって強く思ったの。沢山の誰かの模範じゃなくて、たった一人の助言者に」
その答えに、柚鈴は良く志奈さんの気持ちが分からなくて、首をかしげた。
だってこの人は、全校生徒のお姉さまと言われた人だ。
その人が、誰か一人との関係が築けなかったことが、残念だと言うのが分からなかった。

「贅沢ですね」
思わず口にすると、志奈さんは首を傾げた。
「そう?」
「だって志奈さんは、沢山の生徒の理想のお姉さまだったことを『充実してた』と思ったんですよね。その上特別な誰かまで欲しいなんて。贅沢な気がします」
「なるほど」
志奈さんはふふっと笑った。

「なら私は贅沢な上で、最高に幸せ者ね。助言者メンターにはなれなかったけど、姉にはなれたもの」
そう言って笑う志奈さんの言葉に、その幸せ者の条件が柚鈴自身と気づいて、目を丸くした。
「姉と助言者メンターは同じですか?」
「たった一人の特別な人でしょう?本質は変わらないと思うわ」
「いや、でも。私は大人しく言うことなんて聞きませんよ?」
「それでも、あなたは私の妹でしょう?」
言い返す柚鈴に、志奈さんは全くぶれることなく微笑んだ。

「みんなの理想のお姉さま?憧れの存在?そうね、私は確かにそういった役割を常葉学園でになっていた。友人だって私が完璧な何かだと思っている人が沢山」
滑らかな口調で柔らかく言うと、志奈さんはうっすら笑みを浮かべた。その表情がとても綺麗で妖艶にすら見える。

「別に、それも嫌ではないわ。だって、その立場だから出来たことも過ごせた時間も私の誇りだもの」

そう言ったてから顔を上げてから志奈さんの強い視線を真っ直ぐ柚鈴に向ける。それは柚鈴の言葉を失わせるには十分だった。

「それでも思うの。誰からも愛されるって、本当は誰からも愛されてないことと近いんじゃないか。みんなのお姉さまなんて、結局誰のお姉さまでもないんじゃないかって」
「…よく分かりません」
掠れた声を漏らした柚鈴に、志奈さんは頷いた。

「私も上手く言えない。でも確信してるの。助言者メンター制度でペアになった者同士の関係は、なんだかとても近くて深い、他の人たちが立ち入れないものがあったわ。とても羨ましかった。そんな姿を沢山見たから、私もそんな存在が欲しくなってしまったの」

そんな存在。
この流れだと、それはやっぱり柚鈴のことをそう思っているということになる。
柚鈴は思わず、言い返した。

「志奈さんが私を選んで妹にしたわけでもないのにですか?」
「選ばなくても、柚鈴ちゃんは私の妹じゃない」
良く意味が分からない、と言った表情で志奈さんは首を傾げた。

「それに柚鈴ちゃんが妹で、嫌だと思ったことがないわ。だから問題ないでしょう?」
「あ、そ、そうですか」

こ、この人は、恥ずかしい人だ。
天然で悪意がない。
思わず赤くなる柚鈴の気持ちなんて、分からないに違いないのだ。

「それで?」
「はい?」
唐突な志奈さんの質問の意味が分からずに首を傾げる。
それで、とは、なんなんだ。

「それで、柚鈴ちゃんは、どうしてここに来たの?」

どうして、ここに?

はっと我に返って幸を見ると、幸はへらっと笑った。
「しまった」
「まぁ、仕方ないよ。薫のことも大切だけど、柚鈴ちゃんのこの時間も大切だったわけだし」

幸の笑顔に尚更申し訳ない気持ちになった。
あぁ、しまった。

「もしかして、遥さんを追って来ていたんじゃない?」
頭を抱えて反省していると、真美子さんが口を開いた。
志奈さんはキョトンとして、聞き返す。

「あら遥ちゃんも来ているの?」
「この子達の前に歩いて行ってしまったの、見えてなかったの?」
志奈さんが頷くと、真美子さんは、はぁとため息をついた。
柚鈴と目が合うと、軽く唇の端を上げて笑ってみせる。

「柚鈴さんと幸さん、わざわざここに来るくらいだから何かあったのでしょう?どうしたのか教えてくれる?」
その表情はやはりどこか冷たさを感じるのだが、同時に頼りにしたくなるような雰囲気もある。

だから、その言葉に頷いて。
柚鈴と幸は、理由を話し始めた。

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