散華へのモラトリアム

一華

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第五章

空に咲く華 光は落ちて 8

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風人が九条家に着き、駐車場に車をいれていると、たまたまなのだろう。これから帰るといった様子の萬屋珪が立っていた。

「よぉ、お帰り」
にっこり笑った機嫌良さげな顔で珪が出迎えると、車から降りた風人は対照的にどこか疲れて見える。
それでもいつも通りに華やかな笑みで挨拶を返し、風人は自分から話題を振った。
「デート帰りか?」
「まあね。そういう風人だってそうだろ?まーその様子じゃ」
細やかな変化を見逃すタイプでもない。
珪はクスッと笑ってみせる。

「上手くいかなかったんだろ?」
「放っとけ」
即答した風人に、楽しげに目を細めた珪はチラリと出てきたばかりの邸を振り返って肩を竦めた。
「雪乃が知ったらガッカリするな。瑞華さんだっけ?気に入ってる様子だったから。今日も気にしてたよ」
その言葉に流石に風人は目線を泳がせた。

そう、九条家の兄妹は瑞華のことを気に入ってる。
兄の月人は、風人の途中経過の報告書を見た時にも面白そうにしていたし、妹の雪乃も瑞華自体が向ける好意を嬉しく感じているようだ。
雪乃はおっとりしているが、存外気の強い所もあり、兄のこの体たらくを知れば、呆れるだろう。
『あれだけお願い致しましたのに、風人お兄さまったら本当に…』
と凍りつくような冷たい目を向ければ、その視線から、役立たずと読めることだろう。思い描けば頭が痛くなる。
兄のお叱りを受けた今の心身には特に染みる筈だ。

何せ、九条に出入りをしている外商は他でもない雪乃の気を損ねて門前払いを喰らうようになったのだ。その理由は風人の誕生日を外商ともあろうものが忘れた、という凡ミスだったわけだが、その怒りは深かった。
あれは自分に向けられたいものではない。

はぁとため息をついて目線を落としてから、風人は気を取り直すように口を開いた。
「まあ、でも。一応ゆきとは仲良くしてくれるって頼んだら了解してたし、そこは…」
「は?」
「あ?」
すかさず珪の声が飛んで、何が悪いのかと風人は顔を上げた。
珪の方は驚きましたと言わんばかりに目を瞬かせて、不思議そうに首をかしげた。
「え?風人クン。まさか上手くいかなかったデートで『雪乃と仲良くしてくれ』なんて頼んだの?」
「…何か問題か?」
「あーそー。いやお前、本当に」
珪は目を丸くしてから、クスクスと笑いだした。
「女心わからなさすぎ」
珪はツボにハマったらしく、自分の車に手をついてフルフルと震えだしてしまう。
「雪乃可愛さに目が眩んでるんだろうけど、ありえないだろ?男女が気まずい時に、妹よろしくって。別に他の家族に置き換えてもいいけどさぁ」
「それが原因じゃないだろう」
風人が不満そうに言い返すが、珪はどうだかね、と軽く流した。

「…まあ、いいや。で、これからどうするの?諦めて見守りますか?」
「まずは、自分の仕事をするさ。お姫様をちゃんと助ける」
今の状況で他まで気を回していても、鷹羽氏と自分がすげ変わるだけでは意味がない。そんな気持ちもあってのことだ。
詳しく知らない珪にそこまで言うこともないが、何か察する所があったのか、ふうんと意外そうな顔を見せた。

「風人は、一度に2個3個こなすのが十八番だと思ってたけど、案外慎重なんだな」
「こなすようなもんじゃないだろ、男女の仲は」
「へぇ」
まるで恋と認めてしまったような風人に、珪はふっと甘さが残る笑みを見せてから、話は終わりとばかりに自分の車のドアを開ける。

「慣れないやり方で足元掬われるなよ?笑い話にもならない」
一応は激励なのだろう、軽口の珪に手を挙げ了解をしめす。すると手を挙げ返され、それが挨拶代わりになり、珪は車のエンジンを掛け、そのまま帰っていった。

一人になって、花火の余韻が残るような空を見上げれば、少しばかり苦々しさを感じる。
楽しませていた筈なのに、どこで間違って一人帰りたいと思わせたのか。
繋いだ手を離さずにいれば良かったのかもしれない。

花火が空に舞う中、頭を撫でたその先に、頬を染めた彼女がいたように思えてた。
錯覚かもしれないのに一瞬捉えそうになってしまい、なんとかその衝動には堪えた。だが次は抑えることが出来るか分からない。
それで繋ぎ止めておけるなら、どんなに楽か。
頭を毟るようにして、衝動を我慢する。

そう華の姫君を助けることが一番なのだ。そのための企みを。

小さく息をついてから、柔らかく微笑み。風雅公は思考を巡らせた。
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