散華へのモラトリアム

一華

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第一章 

王子様の四方山話 3

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「わかんないだろ?風人も月人氏と比べると実に俗っぽい方だけどね。側からみれば美形だし。強すぎる愛情は捻じ曲がることだってある。どっか学校の外で待ち伏せされてたこととかないの?」
「それはないと思う」
「じゃあそのうち現れるかもな」
「お前、楽しんでるだろ?」
「そりゃそうだ」
呆れた言葉で突き放されると、実に楽しそうに珪は頷いた。
お茶を飲んで、言葉遊びをどこまでも楽しんでいる相手に、風人の方も少々会話を楽しむ気持ちになった。

「ちなみに、珪ならどうする?そういう子がいたら」
「ストーカーもどき?そりゃ声をかけるでしょう。可愛い子ならね」
悪びれもない言い方は、どこか遊び慣れた雰囲気を醸し出す。
男の悪い要素も、あまり隠す気もない。
かといって本当に遊んでいるわけでもなく、本命の恋人以外では男同士の付き合いの方を好んでいるのも知っているので特に文句はない。
浮気でもするような男なら、九条家の次期様に存在事抹消されるだろうし、そもそもここにいることはないのだ。

だから風人も会話を続ける。
「で?本当に愛情故のストーカーだったら?」
「そりゃ、風人クン。こう言いますよ」
珪は甘さを含んだ極上の笑顔を浮かべた。
「『ゴメンね。俺、君じゃ勃たない』」
「は?」
「相手はこっちの内面知らずに黙って見てるわけでしょ?俺に声も掛けずにそういう風にしてくる相手って随分ドリーマーだからさ。俺ならそう言って萎えてもらう」
話しかけやすい雰囲気を持っていながら、すでにストーカー程度は経験済なのか、言葉と結びつかない程の好印象の笑顔は外さない。
流石に呆れてしまう。

「お前なぁ」
「結構いい手だけど?声も掛けず妄想育てられても困るし」
「まぁ、ねえ」
納得行くような行かないような声で、風人は言うと、ふと悪戯を思いついたように顔を上げた。

「なら、さ。その見てた子が、ゆきだったらどうする?」
「どうするって?」
「本命の子ならなんて言うんだよ」
何を聞いてるとばかりに珪は目を丸くした。
「そんなのストーカーになるまえに声掛けてるよ」
そう言ってから、ふっと笑われる。
「だからな、そう言うところが女心が分かってない発言なんだよ」
恋人のいる余裕からか、実に楽しそうに言われ、風人は唸るようにしてから黙った。

もちろん今まで、九条風人に恋愛事が皆無だったわけではない。
だが多忙な兄のサポートや、色々仕事の多い本家の次男坊としての雑務。加えて学業もあっては、プライベートまで充実というのは中々難しい。
結局、気が楽な男同士の付き合いを優先させては、浮かれるような出来事は多く経験してきたとは言えない。

女心が分かってない。
もうすぐここに戻ってくる妹が聞いたら、同意されてしまうだろう。
複雑な思いを抱きつつ、なんとなく視線の持ち主のことを思い浮かべた。

お嬢さん育ちにしては、やけに強い視線。
興味は、まぁ多少あるかな。まさかストーカーとは思わないが、何が目的なのかそろそろ確認するのは確かに良策なのかもしれない。
しかし学業を終えて、空いた腹を抱えた今は目の前のお菓子の方がそそる。
そろそろ妹の入れたお茶が来るだろうと、次に口に運ぶお菓子を、風人は選び始めた。
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