後宮にて、あなたを想う

じじ

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148 最初で最後の帰省

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馬に乗るのかと思っていた黄怜は馬車が用意されていたことに気づくと尋ねるように皇帝を見つめた。
黄怜の視線に気づいたはずだが、皇帝は特に何も言わずに視線で黄怜に乗り込むように促した。

馬が走り出すと二人とも無言のまま外を見つめた。
これほど狭い空間で二人きりというのは初めてかもしれない、と場違いな感想が脳裏をよぎり黄怜は思わず頭を軽く振った。

「どうした?」

外を見ていたと思っていた皇帝に、しっかり自分の奇行が見られていたことに若干の気まずさを感じながら黄怜は再度首を振る。

「いえ…」
「今日のことか」

明後日の方向の勘違いをされて黄怜は慌てた様子で答えた。

「いえ、違います。今日のことはもう覚悟ができていますから」
「そうか」

いつになく口数の少ない皇帝に、黄怜は気遣うように話しかけた。

「陛下は蔡家の領地までいらっしゃったことは?」
「いや…すまないが通ったことがある程度だ」
「特筆すべき名産もないような土地ですが自然は豊かで本来とても美しい場所なのです。気に入っていただけると嬉しいです」

今からそこの領主夫妻を死罪にしようとしている相手に言うべきことではないかもしれないな、と思いながらも自分の育った土地をただ忌むべき場所とだけ思ってほしくないと思う自分に黄怜は驚いた。

「ああ。あなたが育った場所だ。今日からは私にとっても忘れられないところになるだろう」

気遣うように優しく答えられて、思わず涙がこぼれそうになる。
それを隠したくて思わず俯いたまま黄怜は黙り込んだ。
柔らかくぽんと頭の上に手を置かれて、ようやく黄怜はゆっくり顔を上げた。

「陛下、髪が崩れます」

弱弱しい声ながらしっかり自分を叱責する内容の言葉に皇帝は苦笑した。
しばらく二人は見るともなく窓の外を眺めていた。黄怜を気遣ってか皇帝も口を閉じたままだ。
見慣れた風景になり、蔡家の領地が近づいてきたことがわかる。その景色を見ると、先ほどまではどこか他人事のようだった両親の死が、いきなり現実のものになったような気がして、黄怜は身体が小刻みに震えていることが分かった。
膝の上に置いていた手の震えに気づかれないようにぎゅっと握りしめる。
おそらく青い顔をしていたのだろう。皇帝が心配そうな顔で尋ねてきた。

「気分が悪いのか」

声が震えないように必死で平静を装いながら答える。

「いいえ。大丈夫です」
「そうか…」
「あの、もうすぐ実家に着きますので…緊張しているのかもしれません」

黄怜がそう言ってほどなくすると、馬車が止まり外から到着を告げる声がかけられた。
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