後宮にて、あなたを想う

122 辛い思い出

「はい…私から彼女へ。それまで何かにつけてご姉妹は私に嫌がらせをなさっていました。ですが、あの日私を紅霞が庇ってくれたことを境に、標的が彼女へと変わりました。嫌がらせの内容も苛烈を極め…まるで自分たちに刃向かうものには容赦しない、と見せつけるようでした。」
「ですが、律佳様とて同じようにお辛い思いをなさっておられたのでしょう」

あまりにも自分を責めるような口調の律佳の言葉を聞いていられず、思わず黄怜は口を挟んだ。
その言葉を聞いて、律佳は悲しそうに首を振った。

「私のものとは比べものになりませんでした。ご姉妹は…彼女の長く美しい黒髪を大勢の客人の前で他の侍女に切らせたのです。まるで見せ物のように…」
「それは…」

長く美しい髪は女性の誇りである。一方短く刈られた髪は出家した者か罪人以外はあり得ない。

「髪を切った侍女はその後、自室で泣いていました。でも紅霞は肩より短くなった髪を気にする様子もなく、髪を切った侍女の肩に手を置いて笑って言いました。長い髪は手入れが大変だったからすっきりしたわ、と。」

まるで先ほど見た光景のように語りながら、律佳は続けた。

「私と同室だったその侍女は、それ以降怯えたように度々自分の髪を触っていました。いつか自分が切られる側になるのではないかと恐れたのか…それとも自分が切った彼女の髪に思いを馳せていたのか…定かではありませんが」

律佳が一度お茶を口に含んだのを見計らって、黄怜はそっと尋ねた。

「ですが、そのようにお強い方であったならば紅霞殿はなぜ亡くなられたのでしょうか。律佳様を庇って亡くなられたと先ほど仰られましたが、まさか…」
「いえ…殺されたと言う意味ではございません」
「どういうことでしょうか」
「彼女の死因は転落死です」
「え？」
「事故や他殺ではなく自死です」

断言した律佳を見つめて、黄怜は溜め息を吐いた。

「つまり遺書があったのですね？」

確信を持って尋ねた黄怜に、しかし律佳は意外にも首を横に振った。

「違うのです。そうではなく…紅霞が髪を切られて半月程した時、たまたま彼女の部屋を私が訪れたのです…その時、彼女が手紙を片手に肩を震わせているのが見えました。部屋に入るかためらっていると、誰もいないと思って独り言を呟く彼女の声が聞こえてきました。
周廉しゅうれん様…なぜ、と。」
「周廉殿とは？」
「紅霞の許嫁の方です」
「その方が…紅霞殿を裏切ったの？」

その問いかけを黄怜がした瞬間、律佳の表情は苦渋に満ちた。