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115 黄貴妃の言葉
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同情の眼差しで皇帝を眺めている蔡怜に、黄貴妃は溌剌とした様子で声をかけた。
「蔡怜様、こちらの書類にご署名を。蔡家とは縁を切り、黄家の養女となる旨の誓約書です。蔡怜様が名前を書かれた後、私が黄島の王代理として署名することで、正式なものとみなされます。」
あまりの簡単な手続きに蔡怜は驚く。
「たったそれだけのことで…」
「様式や手続きがもう少し煩雑な場合もございますが、概ねは同じです。」
「これで私は蔡怜ではなくなるのですね」
特別実家に未練があったわけでないが、それでも縁を切るということに一抹の寂しさを感じる。
そう思いかけたところで蔡怜は頭を振った。
「どうぞよろしくお願いいたします。今後は黄家のために尽くす所存です」
実家を裏切った身で黄家に尽くすなどと言う自分の変わり身の早さに、苦い感情が込み上げてきて、蔡怜は下げた頭を上げられずにいた。
しかし黄貴妃は蔡怜の思いを知ってか知らずか、からりとした口調で蔡怜に答えた。
「蔡怜様、お顔をあげてください。それほど気負われなくても大丈夫です。今まで通りに陛下のお相手をしていただければ、それが黄家にとって何より得難い働きでございますので。陛下の寵妃を養女としてお迎えできることは黄家にとってこれ以上ない名誉でございます。」
「ですが…」
「それに万が一陛下がお心変わりなさったとしても、黄家はこれから先、怜様のご実家としてお支えさせていただきます。」
「ですが、それでは私は黄家に迷惑ばかりをかけてしまいます…」
「心配せずとも心変わりなど私はしない…」
「陛下は口を挟まないでいただけますか」
ぴしゃりと黄貴妃に言われ、皇帝は不服そうな顔のまま黙る。それを横目で見ながら黄貴妃は蔡怜に続けた。
「陛下はあのようにおっしゃられておりますし、私もその言葉に偽りはないと思います。しかし人の心は分からぬもの。怜様がご心配なさるのも無理ございません。ですが、黄家はもし怜様が陛下からの寵を失われたとしても、変わらずお支えさせていただきます」
「なぜ…なぜそれほど良くしてくださるのでしょうか。私は生家を裏切った人間です。信用して頂くにあたわない…」
震えそうになる声を必死で押し殺しながら尋ねる蔡怜に、優しく黄貴妃は答えた。
「あなたは冷静に考えて最善の策としてご実家を陛下に献上されたのです。陛下からお聞きした限りでは、その中には、ご自身も含まれていたはずです。決して蔡家を贄にご自分の評価を上げようとなさったわけではない。
それに裏切った、と言うには少々…いえ過分にあなたの蔡家での扱いは酷かったと思いますが」
そこで一息置いて、黄貴妃は続けた。
「黄家はあなたの味方でありたいのです。何かあれば安心して休める場所となりたいのですよ。だから、あまり気負わないでください。」
その言葉とともに渡された紙を、蔡怜は覚悟を決めて受け取った。
「蔡怜様、こちらの書類にご署名を。蔡家とは縁を切り、黄家の養女となる旨の誓約書です。蔡怜様が名前を書かれた後、私が黄島の王代理として署名することで、正式なものとみなされます。」
あまりの簡単な手続きに蔡怜は驚く。
「たったそれだけのことで…」
「様式や手続きがもう少し煩雑な場合もございますが、概ねは同じです。」
「これで私は蔡怜ではなくなるのですね」
特別実家に未練があったわけでないが、それでも縁を切るということに一抹の寂しさを感じる。
そう思いかけたところで蔡怜は頭を振った。
「どうぞよろしくお願いいたします。今後は黄家のために尽くす所存です」
実家を裏切った身で黄家に尽くすなどと言う自分の変わり身の早さに、苦い感情が込み上げてきて、蔡怜は下げた頭を上げられずにいた。
しかし黄貴妃は蔡怜の思いを知ってか知らずか、からりとした口調で蔡怜に答えた。
「蔡怜様、お顔をあげてください。それほど気負われなくても大丈夫です。今まで通りに陛下のお相手をしていただければ、それが黄家にとって何より得難い働きでございますので。陛下の寵妃を養女としてお迎えできることは黄家にとってこれ以上ない名誉でございます。」
「ですが…」
「それに万が一陛下がお心変わりなさったとしても、黄家はこれから先、怜様のご実家としてお支えさせていただきます。」
「ですが、それでは私は黄家に迷惑ばかりをかけてしまいます…」
「心配せずとも心変わりなど私はしない…」
「陛下は口を挟まないでいただけますか」
ぴしゃりと黄貴妃に言われ、皇帝は不服そうな顔のまま黙る。それを横目で見ながら黄貴妃は蔡怜に続けた。
「陛下はあのようにおっしゃられておりますし、私もその言葉に偽りはないと思います。しかし人の心は分からぬもの。怜様がご心配なさるのも無理ございません。ですが、黄家はもし怜様が陛下からの寵を失われたとしても、変わらずお支えさせていただきます」
「なぜ…なぜそれほど良くしてくださるのでしょうか。私は生家を裏切った人間です。信用して頂くにあたわない…」
震えそうになる声を必死で押し殺しながら尋ねる蔡怜に、優しく黄貴妃は答えた。
「あなたは冷静に考えて最善の策としてご実家を陛下に献上されたのです。陛下からお聞きした限りでは、その中には、ご自身も含まれていたはずです。決して蔡家を贄にご自分の評価を上げようとなさったわけではない。
それに裏切った、と言うには少々…いえ過分にあなたの蔡家での扱いは酷かったと思いますが」
そこで一息置いて、黄貴妃は続けた。
「黄家はあなたの味方でありたいのです。何かあれば安心して休める場所となりたいのですよ。だから、あまり気負わないでください。」
その言葉とともに渡された紙を、蔡怜は覚悟を決めて受け取った。
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