後宮にて、あなたを想う

じじ

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74 皇帝と貴妃

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皇后の部屋を出てすぐ、黄貴妃はパッと皇帝の腕から手を離した。皇帝は溜め息を吐きそうになりながら黄貴妃に尋ねる。

「どう言うつもりだったんだ」

問われて黄貴妃は妖艶な笑みを浮かべた。

「あら、蔡怜様のお部屋ばかりにお出でになる陛下を射止めようと思ったらこれくらいの積極性は必要だと思いませんか」

言われた皇帝は今度こそ溜め息を吐いた。

「だとしたら、わたしの腕に食い込んでいた爪はなんだ」
「愛しさのあまり強く握りすぎてしまいました」
「その割に皇后の部屋を出たらすぐに手を離したではないか」
「急に恥ずかしくなったもので」

からかうような返事ばかりを返す黄貴妃に皇帝は、再び嘆息しながら言った。

「話がないなら私は王宮に戻る。これでも執務の合間をぬってきたのだ。忙しい」
「それを素直に蔡怜様に仰ればよかったですのに」
「なに」
「陛下。一つ申し上げてよろしいですか」
「ああ」
「蔡怜様は、ご自身のことを仮初の正妃だと本気で思っておられます」
「…」
「気づいてらしたのですね、意地の悪い。」

うんざりしたような表情で黄貴妃に言われ、皇帝は黙り込んだ。

「彼女が実家で受けてきた扱いを考えれば言葉と行動で陛下の思いをはっきり告げない限り、まず伝わりませんよ」
「…」
「よかったですね。先ほど私が陛下の手を取った時、蔡怜様は悲しげな顔をされました。多少は好かれていらっしゃるようで安心いたしました」
「本当か」

ぱっと明るくなった皇帝の表情を見て、黄貴妃は冷たい笑みを浮かべた。

「ええ。ですが、いつ興味なくされるとも限りませんよ」
「私なりに努力はしている」
「と言うことは、お花やお菓子の一つでも贈ったことがおありですのね」

にっこり微笑んだ黄貴妃に気圧されて、皇帝は呟くように答えた。

「会いに行って話をしている」
「まさか、相談事だけではありませんよね」
「…」
「無理ですね、これでは」

小声で独りごとのように言った黄貴妃の言葉に、皇帝は項垂れるしかなかった。これで蔡怜の実家を利用することも考えているなど知られたら、さらに罵詈雑言が待っているのは想像に難くない。

「陛下、忙しい合間を縫ってわざわざ蔡怜様のためにお時間をお取りになって会いにきている、それはお伝えしておかなければ、ただの暇人だと思われますよ。」
「だが…」
「もちろん、本当に仮初の妃と考えていらっしゃるなら私の忠告はお聞き流しください。ですが、蔡怜様は皇后としても女人としても得難い方かと思います。大事に思われるのでしたら、それを本人にも知って頂くべきです」

黄貴妃は皇帝の手を取り、勇気づけるように軽くぽんと叩いた。
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