後宮にて、あなたを想う

じじ

文字の大きさ
上 下
74 / 159

73 黄昭の溜め息

しおりを挟む
「本気で仰ってるのですか」

問われて蔡怜は悲しげに頷いた。それを見て、黄昭は微かな溜め息を吐く。気まずい空気が流れかけたその時、突如宦官の声が室内に響いた。

「陛下の御成でございます」

蔡怜は黄昭とギョッとして顔を見合わせた。

「蔡怜様、陛下が来られるご予定だったのですか」

小声で咎めるように言われ、蔡怜は勢いよく頭を振った。髪に刺した珊瑚のかんざしがシャラシャラと涼やかな音色をたてる。

「突然すまないな、昨日の件だが…」

言いかけながら入ってきたところで、皇帝は黄昭がいることに気づいたようで、いささか驚いたように足を止めた。

「貴妃がきていたのだな。用件はすぐに終わる。昨日の件だが、明日の正午に王宮の中庭園の東屋でどうだ」
「承知いたしました。」
「王宮までは桂騎に案内させる」
「ありがとうございます」
「ああ。忙しい時にすまなかったな。貴妃も。邪魔をした。」

席を外して離れたところに立っていた貴妃に皇帝が声をかける。
黄貴妃は頭を下げたまま答えた。

「私こそ、陛下がいらっしゃるとは思わず…知らなかったとは失礼いたしました」
「いや、私が思い立って突然尋ねたのだ。謝罪は不要だ。女人同士の楽しみを邪魔したようで私こそすまなかったな」

その言葉を聞いて黄貴妃は顔をあげ、にこりと皇帝に対して微笑みながら言った。

「陛下、申し訳なく思ってくださるのなら今から私とのお時間を少しいただけませんか」

黄貴妃のお願いに驚いた皇帝は一瞬言い淀む。

「しかし、皇后と話していたのだろう。」
「はい。ですが蔡怜様とのお話は概ね終わりました。先ほどは雑談をしていただけでございます。それほど長い時間はかかりませんので、いかがでしょうか。」
「皇后はよいのか」

困ったように問われて蔡怜は戸惑いつつも頷いた。

「え、ええ。黄昭様とのお話は終わりましたので…」
「そうか。」
「では、陛下よろしいですか」

いつもは落ち着いている黄昭の妙にはしゃいだ姿を見ながら蔡怜は複雑な気持ちになった。

「それでは蔡怜様、失礼いたします。薬膳茶会でお会いできるのを楽しみにしております」
「え、ええ。私も楽しみにしております」

呆気に取られたまま蔡怜は二人を見送った。
皇帝の腕に自分の腕を絡めながら去っていった黄昭の姿が目から焼きついて離れない。

「黄貴妃様、皇帝のお手をお取りになっておられましたね」

すぐにでも忘れたいはずの光景を、しかし奏輝は蒸し返した。まさか侍女に八つ当たりするわけにもいかず、蔡怜は苦笑しながら一言返した。

「黄貴妃様は私から見ても美しく魅力的な女人だもの。陛下もお喜びよ、きっと。」

しかし、その声に蔡怜本人ですら気づかない微かな悲しみが含まれていたことに奏輝は気づいた。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

【完結】陛下、花園のために私と離縁なさるのですね?

ファンタジー
ルスダン王国の王、ギルバートは今日も執務を妻である王妃に押し付け後宮へと足繁く通う。ご自慢の後宮には3人の側室がいてギルバートは美しくて愛らしい彼女たちにのめり込んでいった。 世継ぎとなる子供たちも生まれ、あとは彼女たちと後宮でのんびり過ごそう。だがある日うるさい妻は後宮を取り壊すと言い出した。ならばいっそ、お前がいなくなれば……。 ざまぁ必須、微ファンタジーです。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

後宮なりきり夫婦録

石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」 「はあ……?」 雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。 あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。 空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。 かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。 影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。 サイトより転載になります。

後宮の偽物~冷遇妃は皇宮の秘密を暴く~

山咲黒
キャラ文芸
偽物妃×偽物皇帝 大切な人のため、最強の二人が後宮で華麗に暗躍する! 「娘娘(でんか)! どうかお許しください!」 今日もまた、苑祺宮(えんきぐう)で女官の懇願の声が響いた。 苑祺宮の主人の名は、貴妃・高良嫣。皇帝の寵愛を失いながらも皇宮から畏れられる彼女には、何に代えても守りたい存在と一つの秘密があった。 守りたい存在は、息子である第二皇子啓轅だ。 そして秘密とは、本物の貴妃は既に亡くなっている、ということ。 ある時彼女は、忘れ去られた宮で一人の男に遭遇する。目を見張るほど美しい顔立ちを持ったその男は、傲慢なまでの強引さで、後宮に渦巻く陰謀の中に貴妃を引き摺り込もうとする——。 「この二年間、私は啓轅を守る盾でした」 「お前という剣を、俺が、折れて砕けて鉄屑になるまで使い倒してやろう」 3月4日まで随時に3章まで更新、それ以降は毎日8時と18時に更新します。

私を裏切った相手とは関わるつもりはありません

みちこ
ファンタジー
幼なじみに嵌められて処刑された主人公、気が付いたら8年前に戻っていた。 未来を変えるために行動をする 1度裏切った相手とは関わらないように過ごす

後宮の才筆女官 

たちばな立花
キャラ文芸
後宮の女官である紅花(フォンファ)は、仕事の傍ら小説を書いている。 最近世間を賑わせている『帝子雲嵐伝』の作者だ。 それが皇帝と第六皇子雲嵐(うんらん)にバレてしまう。 執筆活動を許す代わりに命ぜられたのは、後宮妃に扮し第六皇子の手伝いをすることだった!! 第六皇子は後宮内の事件を調査しているところで――!?

処理中です...