45 / 159
44 蔡怜と弟殿下2
しおりを挟む
溜め息を吐きそうになるのを堪えつつ、蔡怜は桂騎に話しかけた。
「あの、桂騎様。私からも一つお聞きしてよろしいでしょうか。桂騎様は前皇后様がいらっしゃた時分には、何度か陛下とともに後宮を訪われたとお聞きしたのですが。」
「おや、兄上。お話になられたのですか」
蔡怜の問いかけには答えず、自身の兄を面白そうに見やりながら、桂騎は皇帝に問いかけた。
肩をすくめた兄を、やれやれといった表情で見て桂騎は、蔡怜の方に向き直った。
「義姉上。念の為に申し上げておくけれど、邪な気持ちがあって後宮を訪れていたわけではないよ。」
そりゃそうだろう、と思いながらも蔡怜は真面目な表情で頷いた。
「もちろん、そのような意図でお聞きしたわけではございません。私の侍女が何度か陛下とご一緒なさるところを見た、と申しておりましたので…後宮にどのようなご用件がおありだったのか気になったのです」
一瞬困ったような笑みを浮かべた桂騎は再び兄の方を見た。
弟の視線を受けた皇帝は、表情を崩すことなく告げた。
「皇后には、お前が後宮を訪れていた理由を話しておけ。」
「それは少々気恥ずかしいですねぇ。」
「問題ない。お前が恥ずかしがる理由の方はすでに皇后に話してある。」
「それは、なんとまあ。」
照れたように頬をかきながら、蔡怜の方に向いて桂騎は話し始めた。
「自分より年下の女性に話すのも、なんとも照れ臭い話しなんだけれど、兄上と私にとって前皇后の柳栄は姉のような母のような存在でね。兄上に輿入れしたのを機に会えなくなるのを寂しがった私を見かねて、兄上が自分がいる時なら後宮に入ってよい、と情けをかけてくれたわけだ」
「ええ。そのようにお聞きしておりました。」
「で、一回のみならず何度も足を運んでいたら、当然の如く柳栄に叱られた。もちろん兄弟揃って。」
「ええ。ですが三人でお話しされて以降、前皇后様は黙認されるようになったと」
「そうなんだ。もとは柳栄に会いに後宮に行ってたんだけどね、私の友人の弦陽という男が、私が後宮に出入りしてるのを聞いて、頼み事をしてきたんだ」
「どのような内容だったのでしょう」
「後宮に入ることがあれば卓律佳殿の様子を見ておいて欲しい、と。」
「まあ。ご友人はなぜそのようなことを」
「陳家と付き合いのある家の子息でね。陳家を訪れた時に、まだ入宮前だった水月と湖月が、当時陳家で行儀見習いをしていた律佳殿をいじめる様を見てしまったらしい。それで、後宮でも同じことが起きていないか心配したそうだ。」
「なるほど。そういうことだったのですね。」
「私が律佳殿に話しかけたからと言って、どれほどの抑止力になったか不明だけどね。」
「いえ、陛下と桂騎殿下が自分を気にかけてくださるのは、きっと律佳様にとっても心強かったでしょう。」
「だといいんだけど…ま、そういうわけで、私は友人の頼み事を聞くために後宮に行ってたってことだよ。で、その話を柳栄にしたら、それなら仕方ない、と黙認してくれた」
直接、律佳と関係ない人物が思わず心配してしまうほど、水月と湖月の虐めは苛烈だったのか。
蔡怜がそう思った瞬間、桂騎が気のない様子で続けた。
「まぁ、それから後だけど、子供を亡くした律佳殿は後宮を去り、しばらくして弦陽に嫁いだわけだ」
「あの、桂騎様。私からも一つお聞きしてよろしいでしょうか。桂騎様は前皇后様がいらっしゃた時分には、何度か陛下とともに後宮を訪われたとお聞きしたのですが。」
「おや、兄上。お話になられたのですか」
蔡怜の問いかけには答えず、自身の兄を面白そうに見やりながら、桂騎は皇帝に問いかけた。
肩をすくめた兄を、やれやれといった表情で見て桂騎は、蔡怜の方に向き直った。
「義姉上。念の為に申し上げておくけれど、邪な気持ちがあって後宮を訪れていたわけではないよ。」
そりゃそうだろう、と思いながらも蔡怜は真面目な表情で頷いた。
「もちろん、そのような意図でお聞きしたわけではございません。私の侍女が何度か陛下とご一緒なさるところを見た、と申しておりましたので…後宮にどのようなご用件がおありだったのか気になったのです」
一瞬困ったような笑みを浮かべた桂騎は再び兄の方を見た。
弟の視線を受けた皇帝は、表情を崩すことなく告げた。
「皇后には、お前が後宮を訪れていた理由を話しておけ。」
「それは少々気恥ずかしいですねぇ。」
「問題ない。お前が恥ずかしがる理由の方はすでに皇后に話してある。」
「それは、なんとまあ。」
照れたように頬をかきながら、蔡怜の方に向いて桂騎は話し始めた。
「自分より年下の女性に話すのも、なんとも照れ臭い話しなんだけれど、兄上と私にとって前皇后の柳栄は姉のような母のような存在でね。兄上に輿入れしたのを機に会えなくなるのを寂しがった私を見かねて、兄上が自分がいる時なら後宮に入ってよい、と情けをかけてくれたわけだ」
「ええ。そのようにお聞きしておりました。」
「で、一回のみならず何度も足を運んでいたら、当然の如く柳栄に叱られた。もちろん兄弟揃って。」
「ええ。ですが三人でお話しされて以降、前皇后様は黙認されるようになったと」
「そうなんだ。もとは柳栄に会いに後宮に行ってたんだけどね、私の友人の弦陽という男が、私が後宮に出入りしてるのを聞いて、頼み事をしてきたんだ」
「どのような内容だったのでしょう」
「後宮に入ることがあれば卓律佳殿の様子を見ておいて欲しい、と。」
「まあ。ご友人はなぜそのようなことを」
「陳家と付き合いのある家の子息でね。陳家を訪れた時に、まだ入宮前だった水月と湖月が、当時陳家で行儀見習いをしていた律佳殿をいじめる様を見てしまったらしい。それで、後宮でも同じことが起きていないか心配したそうだ。」
「なるほど。そういうことだったのですね。」
「私が律佳殿に話しかけたからと言って、どれほどの抑止力になったか不明だけどね。」
「いえ、陛下と桂騎殿下が自分を気にかけてくださるのは、きっと律佳様にとっても心強かったでしょう。」
「だといいんだけど…ま、そういうわけで、私は友人の頼み事を聞くために後宮に行ってたってことだよ。で、その話を柳栄にしたら、それなら仕方ない、と黙認してくれた」
直接、律佳と関係ない人物が思わず心配してしまうほど、水月と湖月の虐めは苛烈だったのか。
蔡怜がそう思った瞬間、桂騎が気のない様子で続けた。
「まぁ、それから後だけど、子供を亡くした律佳殿は後宮を去り、しばらくして弦陽に嫁いだわけだ」
1
お気に入りに追加
139
あなたにおすすめの小説
《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。
友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」
貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。
「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」
耳を疑いそう聞き返すも、
「君も、その方が良いのだろう?」
苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。
全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。
絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。
だったのですが。
側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります。
とうや
恋愛
「私はシャーロットを妻にしようと思う。君は側妃になってくれ」
成婚の儀を迎える半年前。王太子セオドアは、15年も婚約者だったエマにそう言った。微笑んだままのエマ・シーグローブ公爵令嬢と、驚きの余り硬直する近衛騎士ケイレブ・シェパード。幼馴染だった3人の関係は、シャーロットという少女によって崩れた。
「側妃、で御座いますか?承知いたしました、ただし条件があります」
********************************************
ATTENTION
********************************************
*世界軸は『側近候補を外されて覚醒したら〜』あたりの、なんちゃってヨーロッパ風。魔法はあるけれど魔王もいないし神様も遠い存在。そんなご都合主義で設定うすうすの世界です。
*いつものような残酷な表現はありませんが、倫理観に難ありで軽い胸糞です。タグを良くご覧ください。
*R-15は保険です。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
愛された側妃と、愛されなかった正妃
編端みどり
恋愛
隣国から嫁いだ正妃は、夫に全く相手にされない。
夫が愛しているのは、美人で妖艶な側妃だけ。
連れて来た使用人はいつの間にか入れ替えられ、味方がいなくなり、全てを諦めていた正妃は、ある日側妃に子が産まれたと知った。自分の子として育てろと無茶振りをした国王と違い、産まれたばかりの赤ん坊は可愛らしかった。
正妃は、子育てを通じて強く逞しくなり、夫を切り捨てると決めた。
※カクヨムさんにも掲載中
※ 『※』があるところは、血の流れるシーンがあります
※センシティブな表現があります。血縁を重視している世界観のためです。このような考え方を肯定するものではありません。不快な表現があればご指摘下さい。
『別れても好きな人』
設樂理沙
ライト文芸
大好きな夫から好きな女性ができたから別れて欲しいと言われ、離婚した。
夫の想い人はとても美しく、自分など到底敵わないと思ったから。
ほんとうは別れたくなどなかった。
この先もずっと夫と一緒にいたかった……だけど世の中には
どうしようもないことがあるのだ。
自分で選択できないことがある。
悲しいけれど……。
―――――――――――――――――――――――――――――――――
登場人物紹介
戸田貴理子 40才
戸田正義 44才
青木誠二 28才
嘉島優子 33才
小田聖也 35才
2024.4.11 ―― プロット作成日
💛イラストはAI生成自作画像
後宮の記録女官は真実を記す
悠井すみれ
キャラ文芸
【第7回キャラ文大賞参加作品です。お楽しみいただけましたら投票お願いいたします。】
中華後宮を舞台にしたライトな謎解きものです。全16話。
「──嫌、でございます」
男装の女官・碧燿《へきよう》は、皇帝・藍熾《らんし》の命令を即座に断った。
彼女は後宮の記録を司る彤史《とうし》。何ものにも屈さず真実を記すのが務めだというのに、藍熾はこともあろうに彼女に妃の夜伽の記録を偽れと命じたのだ。職務に忠実に真実を求め、かつ権力者を嫌う碧燿。どこまでも傲慢に強引に我が意を通そうとする藍熾。相性最悪のふたりは反発し合うが──
貴方に側室を決める権利はございません
章槻雅希
ファンタジー
婚約者がいきなり『側室を迎える』と言い出しました。まだ、結婚もしていないのに。そしてよくよく聞いてみると、婚約者は根本的な勘違いをしているようです。あなたに側室を決める権利はありませんし、迎える権利もございません。
思い付きによるショートショート。
国の背景やらの設定はふんわり。なんちゃって近世ヨーロッパ風な異世界。
『小説家になろう』様・『アルファポリス』様に重複投稿。
いじめられ続けた挙げ句、三回も婚約破棄された悪役令嬢は微笑みながら言った「女神の顔も三度まで」と
鳳ナナ
恋愛
伯爵令嬢アムネジアはいじめられていた。
令嬢から。子息から。婚約者の王子から。
それでも彼女はただ微笑を浮かべて、一切の抵抗をしなかった。
そんなある日、三回目の婚約破棄を宣言されたアムネジアは、閉じていた目を見開いて言った。
「――女神の顔も三度まで、という言葉をご存知ですか?」
その言葉を皮切りに、ついにアムネジアは本性を現し、夜会は女達の修羅場と化した。
「ああ、気持ち悪い」
「お黙りなさい! この泥棒猫が!」
「言いましたよね? 助けてやる代わりに、友達料金を払えって」
飛び交う罵倒に乱れ飛ぶワイングラス。
謀略渦巻く宮廷の中で、咲き誇るは一輪の悪の華。
――出てくる令嬢、全員悪人。
※小説家になろう様でも掲載しております。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる