後宮にて、あなたを想う

じじ

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17 黄貴妃の思惑

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「皇后、蔡怜様」

宦官が女性のような高い声で、そう告げた時ハッと我に帰った。
おそらく純粋な身分だけで比較した場合、私より遥かに下である蔡家の姫が皇后に選ばれたのだ。そして、私には側妃の筆頭としての地位が与えられた。
周りの妃達の目が心なしか同情を孕んでいるように見えた。いや、おそらく本当に同情していたのだろう、私と彼女に。
入宮した姫達の中で最も身分が高く、黄島から遠路はるばる嫁いで来たにも関わらず、格下の娘に皇后の座を奪われた私。そして、出自では、上にあたる私を後宮内の地位では下として扱わなけばならない彼女。
どちらにも同情の余地はある。
ただ、私には正直周りの姫達の同情の視線は的外れなものだった。
私は全く皇后の地位など望んではいないのだから。
私には真国をどうにかしよう、などと言う気持ちは毛頭ない。属国扱いとはいえ、黄島はすでに一つの国として成り立っている。真国の属国だと認識するのは一年に一度、税を納めるのを兼ねて、皇家に謁見に向かう王を見送る時くらいだ。王族の私ですらその認識なのだから、民に至っては隣国くらいにしか思っていないだろう。つまるところ、私は真国での地位など全く興味はないのだ。
だから、蔡家の娘が皇后として呼ばれた時、正直なところ安堵した。下手に正妃の座など与えられてしまえば、二度と後宮から出られない可能性がある。それはなんとしても避けたかった。
そして、蔡家の娘が皇后の地位を与えられたことで皇帝の思惑も透けて見えた気がした。

蔡家については、黄島にいた時から聞き知っていた。有能とは思えない当主とその妻。娘はその両親を憂えるかのような悲しげな美貌の持ち主だと、嘲笑混じりの批評を何度か耳にしたものだ。
馬鹿な両親のもとで育った娘が、皇后の地位につき、後宮を差配できるのかと思ったが、本人はどうやら両親に似ず、聡明なようだ。

顔合わせで話した蔡皇后の印象は、一言で言うと知己の友。ほとんど初対面に近いのに、話していると思わず自分の心のうちを話してしまいそうな、気やすさがある。

蔡皇后は、どうやら前皇后達の不幸な死について理由を知りたいようだった。話ぶりからみると、おそらく皇帝から調べてくれ、とでも頼まれているのだろう。それとなく尋ねたところ、上手くかわされてしまったが、そのかわし方も嫌味がない。

黄家の情報網を使えばある程度のことが分かると踏んだ私は、蔡皇后に力を貸すことにした。
出会ってすぐ、まだ短い会話しか交わしていないのに、蔡皇后には妙に心惹かれる。
憂鬱だった後宮での生活が楽しいものになりそうな予感がした。
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