後宮の巫術妃

じじ

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始まりの日

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後宮の一角には誰も近寄らない宮がある。巫妃と呼ばれるその娘は予言めいた力を持ち、他者に呪いを与える。そんな噂が流れていたため妃達はおろか女官や宦官はては下女に至るまで気味悪がって近づこうとはしなかった。

それは18歳の誕生日を迎えたある日だった。幼い頃からの側付きの女官で巫妃の唯一の話し相手である梅寧がついにうんざりした口調で告げたのだ。

「姫様、お誕生日おめでとうございます」

明らかに小言が続くと思わせる口ぶりに身構えながらも、巫妃はそろりと訂正する。

「ありがとう。あなたのおかげで18まで生きて来られたわ。まあ、姫ではなくて巫妃なのだけれど…」

それとなく入れた労いの言葉が功を奏したのか、梅寧は一瞬目元を緩める。巫妃がほっとしたのも束の間、梅寧は思い出したように首を振るとさきほど言いそびれた小言を続けた。

「そんなことより、良い加減にこの宮に引き篭もるのをおやめください」

いつか言われるであろうと思っていた言葉をついに今日聞く羽目になった巫妃はわざとらしく小首を傾げた。その様子を横目に見ながらため息を吐くと、一転して梅寧はいささか慇懃無礼な物言いで続けた。

「巫妃様、そろそろ表に顔をお見せになられませんか。いつまでも巫宮に籠っておられるのは得策ではございません」
「みんなが私を忘れる?」

戯けたように答えた巫妃の問いかけに真顔で首を振って答えた。

「いいえ。巫宮を怖がったものによって付け火されるかもしれません」

そんなまさかと続けようとした瞬間、梅寧が手を突き出した。反射的に受け取るとそれは石とそれを巻いていたであろう焦げ跡の見える布であった。
思わず絶句した巫妃に梅寧は淡々と続けた。

「申し訳ございません。されるかもしれません、というよりされかけました」
「新手の冗談よね」
「本気で巫宮を燃やす意思があったかは不明ですが、火のついたそれが玉砂利の上でしばらく燃えていたのは事実でございます」
「そんな…出て行ったらかえって焼き殺されないかしら」

本気とも冗談ともわからない口調で答えた巫妃に梅寧は同情する様子も見せずに続けた。

「まあ、巫妃様が人間であると認識できるだけでも抑止力になるのではありませんか。仕えているのは妖の類ではないかと真面目な顔で尋ねてくる女官もいるくらいですから」

唯一の侍女である梅寧の言葉によって、およそ14年ぶりには巫妃宝珠は巫宮を出ることになった。
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