後宮の巫術妃

じじ

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変化

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宝珠はその日から伺うように母の様子をちらちらと見るようになった。それに気づくと優しい微笑みで安心させるように笑いかける母の姿がかえって宝珠の心をざわつかせた。
あれ以来母に死の影をみることはなかった。
一月経つ頃、宝珠は完全に安心していた。あの日自分が見たものは勘違いだったのだ、と。

「母様…」

今日の予定は、と続けようとした瞬間にぎょっとした。
母の胸から刃が突き刺さっていたのだ。
ひっ、と小さく悲鳴を上げた宝珠を驚いたように見つめ、母は悲しげに尋ねた。

「見えたのね」

黙り込む宝珠に母は再び尋ねた。

「詳しく言えるかしら」
「胸から…刃が…突き刺さって」
「背中からかしら」
「刃先が見えたから多分」
「今は消えてる?」
「うん…」

母は考えこむ仕草をするとゆっくり頷いた。

「分かったわ。ありがとう」

震える宝珠をそっと抱きしめると何事もなかったように母は振る舞った。

翌朝、宝珠は起きるなり母の胸元を一暼した。今日もやはり見える。昨日から消えない。脈が早くなるのがわかる。

「母様…」

泣きたくなるような気持ちに宝珠は戸惑う。

「大丈夫よ。今日も見えたのね」

こくりと頷いた。母はいつもの優しい口調ではなく凛とした声音で告げた。

「宝珠。今日は梅寧以外の女官をこの部屋に何人か入れるわ。彼女たちに何が見えるか後で教えて欲しいの。でも絶対に悲鳴を上げたりしてはだめよ」

青ざめた表情で宝珠が頷くと母はそれらしい用事を言いつけて、梅寧を使いに出した。
しばらくして母は何人かの女官を部屋に入れた。
宝珠は彼女達を見て絶句した。恐ろしいことに誰一人として普通の姿ではなかったのだから。

宝珠の様子に気づいた母は、早々に女官たちを退室させた。不思議そうにしながらも皇后の言葉に素直に従った彼女達が部屋からいなくなった瞬間、宝珠はわっと泣き出した。
その様子を見て宝珠に優しく語りかけた。

「みんなに見えたのね」

こくりと頷く宝珠をぎゅっと抱きしめると母は続けた。

「あなたは必ず生きて」


 それから一月もしない間にその日はやってきた。
 貴族の一人が反乱を起こしたのだ。それだけなら逆賊としてその一族が処刑されるはずだったが不幸にもその流れに乗る者が多かった。父である皇帝の首はあっさり取られ、そば付きの女官たちは次々と斬り殺された。母は自刃しようとした。喉を短剣でつこうとした瞬間、宝珠の方をはっと見て短剣を静かに置いた。

その直後、逆賊たちは宝珠と母を捕らえた。
贅が尽くされた部屋から一変して冷宮に移された二人は一月とすると痩せ細っていた。
しばらくぶりに呼びつけられた二人を待っていたのは、逆賊の中心となった范氏の長だった。まだ年若い彼はしかし切れ者らしく、堂々とした様子で玉座に腰を下ろしていた。

「待たせたな。そなたたちの処遇を巡っては議論が分かれたのだ」

母がぐっと唇を噛み締めるのが分かる。

「先の皇帝…そなたの夫君はさまざまなところから恨みを買っていたようだ。一族郎党処刑も覚悟していたが、まさかこれほど支持されるとは思わなかったぞ」

淡々と告げる言葉に侮蔑の色合いがないことがかえって宝珠を傷つけた。

「問題はそなたたちまで処刑するか否かだ」

母は絞り出すように答えた。

「発言をお許しください」
「ああ、良いだろう」
「私の処刑でもってお納めいただけませんか」
「娘はどうする」
「この子はまだ幼く、物事を理解できていません。先帝が愚帝であると教えればあなたの治世を脅かす存在にはなり得ません」
「だが、逆にそう吹き込まれて育つ可能性もあるな」
「それでしたらあなたの後宮の妃として留めおきください」
「このように幼い者を妃にか。私の良識が疑われそうだ」
「先帝の呪われた姫、との噂を流布すれば無闇に謗る者はいないはずです。扱いに困りながらも幼い者の命を奪うことまでしなかったと言うあなたの人徳を示すことにもなるはずです」
「…」
「どうか…」

涙をこぼして娘の命乞いをする皇帝をちらりと見て、皇帝は静かに頷いた。

「良いだろう。だがそなたは処刑とするぞ」
「はい」
「おって処刑の日については沙汰をくだす」
「いえ、可能であれば今殺してください」

その言葉に宝珠はもとより皇帝も驚いたように目を瞠った。

「娘の前でか」
「陛下のお優しさはこの子に毒です。私が見えないところで死ねば、この子はきっと私がどこかで生きていると思いながら生き続けるでしょう。新しい人生を歩かせるためにも父母は共に死んだ、と言うことを分からせておきたいのです」

皇帝は一瞬躊躇うような、憐れむような視線を宝珠に向けた。
そして溜め息を吐くと答えた。

「良いだろう。そなたの言う通りにしよう。その女を殺せ。但し首は刎ねるな。心臓を突き刺せ。無駄に苦しませないようにな」

後半は部下に命令を下した皇帝は、再度皇后に告げた。

「そなたの命で贖った娘だ。平穏に暮らせることを約束しよう」
「感謝いたします」

その言葉を最後に母は胸を貫かれて命を落とした。





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