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本編【第二章】
2-61
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翌朝。
外が白んできたので、私はベッドから起き上がる。動きやすい服装に着替えるとそっと屋敷から抜け出した。
そのまま、実家に向かって歩く。屋敷が近づくと、きな臭い匂いが鼻についた。
屋敷はやはり燃え落ちていた。延焼するものがなかったのが幸いで、被害は屋敷だけだったようだ。火もすっかり消えている。
ついこの間まで暮らしていた場所なのに、その面影を一切感じさせない。
私は屋敷の周りに人を探す。しばらく見回すと目当ての人物を見つけた。
「アン」
「あ…お嬢様」
「ご主人様と奥様以外は全員無事だったのですが…」
彼女もどうやら私を探していたらしい。安堵の表情を浮かべる彼女を見て、私もほっとする。
使用人達の暮らす建物は屋敷から離れていたため、燃えていなかったことは確認している。夜に起きた火事なら使用人が巻き込まれることはないと思っていた。それでも、無事な姿を自分の目で確認できてほっとする。
「そう…」
「お二人のご遺体が見つかったそうです」
「ええ。」
「お二人が抱き合った状態で見つかったそうです」
その言葉を聞いて思わずふっと笑みが溢れる。そうか、最後は互いを心から必要としたのか。
「ありがとう。それが分かれば充分よ」
「お嬢様…」
「もう戻るわ。私はダルラと縁を切った娘だもの。呼ばれてもいないうちからいつまでもいるのはおかしいわ。」
「ですが」
「もちろん、手続きや後処理に関しては全て行うし、使用人のみんなの働き口も見つけるわ。」
「そうではありません!そうではなくて…立て続けにご家族を亡くされたのです。ご自分のことを優先してください、と申し上げたかったのです。」
「…ありがとう。」
そっと、差し出されたハンカチに私は首を傾げる。汚れたような場所は通ってきていない。
「どうしたの?」
私が尋ねると、アンは悲しそうに呟いた。
「涙を流されています。どうぞお使いください」
その時、私は初めて自分が泣いていることに気づいた。
「なぜ…」
「カリーナ様。一度は愛されたいと願った方たちなのです。ご無理もありません。カリーナ様に泣いて頂いてお二人とも報われたかもしれませんね」
優しいアンの言葉に、私はいよいよ涙が止まらなくなった。
「ありがとう」
優しく私を見つめていたアンは、何かに気づいたように私の後ろを見つめて、そっと再び囁いた。
「フォーゼム様がお迎えに来られたようですよ」
驚いてぱっと振り返ると、フォーゼム様は痛ましげな表情で私を見た。
「大丈夫か」
「はい」
「アン殿。皆も無事だったか」
「はい。ご主人様と奥様以外の者は、ですが」
「そうか」
「フォーゼム様。お嬢様をお屋敷にお連れ願えますか。まだ気持ちも落ち着いていらっしゃらないでしょうから。できる範囲のことは使用人達でさせていただきますので」
「ああ。頼んだ」
手をひかれて馬車に乗り込む。沈黙に耐えきれなくなって、声をかけようとした瞬間、フォーゼム様が呟くように言った。
「急にいなくならないでくれ」
外が白んできたので、私はベッドから起き上がる。動きやすい服装に着替えるとそっと屋敷から抜け出した。
そのまま、実家に向かって歩く。屋敷が近づくと、きな臭い匂いが鼻についた。
屋敷はやはり燃え落ちていた。延焼するものがなかったのが幸いで、被害は屋敷だけだったようだ。火もすっかり消えている。
ついこの間まで暮らしていた場所なのに、その面影を一切感じさせない。
私は屋敷の周りに人を探す。しばらく見回すと目当ての人物を見つけた。
「アン」
「あ…お嬢様」
「ご主人様と奥様以外は全員無事だったのですが…」
彼女もどうやら私を探していたらしい。安堵の表情を浮かべる彼女を見て、私もほっとする。
使用人達の暮らす建物は屋敷から離れていたため、燃えていなかったことは確認している。夜に起きた火事なら使用人が巻き込まれることはないと思っていた。それでも、無事な姿を自分の目で確認できてほっとする。
「そう…」
「お二人のご遺体が見つかったそうです」
「ええ。」
「お二人が抱き合った状態で見つかったそうです」
その言葉を聞いて思わずふっと笑みが溢れる。そうか、最後は互いを心から必要としたのか。
「ありがとう。それが分かれば充分よ」
「お嬢様…」
「もう戻るわ。私はダルラと縁を切った娘だもの。呼ばれてもいないうちからいつまでもいるのはおかしいわ。」
「ですが」
「もちろん、手続きや後処理に関しては全て行うし、使用人のみんなの働き口も見つけるわ。」
「そうではありません!そうではなくて…立て続けにご家族を亡くされたのです。ご自分のことを優先してください、と申し上げたかったのです。」
「…ありがとう。」
そっと、差し出されたハンカチに私は首を傾げる。汚れたような場所は通ってきていない。
「どうしたの?」
私が尋ねると、アンは悲しそうに呟いた。
「涙を流されています。どうぞお使いください」
その時、私は初めて自分が泣いていることに気づいた。
「なぜ…」
「カリーナ様。一度は愛されたいと願った方たちなのです。ご無理もありません。カリーナ様に泣いて頂いてお二人とも報われたかもしれませんね」
優しいアンの言葉に、私はいよいよ涙が止まらなくなった。
「ありがとう」
優しく私を見つめていたアンは、何かに気づいたように私の後ろを見つめて、そっと再び囁いた。
「フォーゼム様がお迎えに来られたようですよ」
驚いてぱっと振り返ると、フォーゼム様は痛ましげな表情で私を見た。
「大丈夫か」
「はい」
「アン殿。皆も無事だったか」
「はい。ご主人様と奥様以外の者は、ですが」
「そうか」
「フォーゼム様。お嬢様をお屋敷にお連れ願えますか。まだ気持ちも落ち着いていらっしゃらないでしょうから。できる範囲のことは使用人達でさせていただきますので」
「ああ。頼んだ」
手をひかれて馬車に乗り込む。沈黙に耐えきれなくなって、声をかけようとした瞬間、フォーゼム様が呟くように言った。
「急にいなくならないでくれ」
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