【完結】悪女のなみだ

じじ

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本編【第二章】

2-41 カレン視点

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「それで、用件はなんだ」
「まあ。せっかちですわね。せっかく時間をくださったのに」
「何が狙いだ」
「狙いなどと…信用がありませんのね」
「当たり前だ。カリーナに何をしようとしたのか忘れたとは言わせない。」

淡々と私への怒りを言葉の端々に滲ませる。フォーゼム様の冷静な怒りは都合が良かった。激昂して大声で怒鳴り散らされたりなどすれば計画が破綻してしまう。

「ふふ。忘れておりませんわ。それよりフォーゼム様、少し人目のつかないところへ。お伝えしたい用件ですが、内密にお話したいのです。」

私はエントランスで一度立ち止まると、フォーゼム様の両手をしっかり握り瞳を潤ませながらお願いする。薄暗い庭からは煌々と灯りのついたガラス張りのエントランスは丸見えだろう。
よく似た面立ちで似たような色合いのドレス。そしてフォーゼム様との親しげな距離感。遠目からなら、私がカリーナに見えるはずだ。
フォーゼム様は不本意そうに私の話を聞いていたが、私が手を握った瞬間にギョッとした顔をして、思いっきり手を振り払った。

「やめろ!」

その瞬間、私はフォーゼム様に向かって叫ぶ。なんでもいい。とりあえずの気を引くことを言わなければ。そしてその場から走り出す。

「ひどいですわ!あのようなことを…」
「待て、どういう意味だ…」

脱兎の如く走り出した私を、フォーゼム様は呆然と見ているのだろう。想像すると笑えてくる。数秒遅れて、反射的に私を追うフォーゼム様の足音が聞こえてくる。
さあ、早く来なさい。フォーゼム様に追いつかれる前に…

そう思った直後、私の願いは叶った。

横側に人影を感じた瞬間、思いっきり手を引かれる。勢い余った私は手を引かれた方向に倒れ込みそうになる。転ぶ直前に抱きとめられ、次の瞬間に胸に短剣が突き立てられた。

痛みより先に、信じられないほどの熱さを感じる。分かっていたことだが、次いで襲ってくる強烈な痛みに声すら出ない。短剣から手を離して逃げようとする男の手を渾身の力で掴まえる。しかし、ほとんど力が入らず、触れる程度だった。それでも相手は驚いて私の顔を一瞬まじまじと見た。目があったのを確信して、私は最期の力を振り絞って、笑いかけた。私の勝ちだ。
その瞬間、追いついてきたフォーゼム様が男を羽交締めにするのが見えた。刺されたのがカリーナであれば、フォーゼム様は彼女を優先し、男は逃げられただろう。であることが初めて役に立ったようだ。

良かった。これで私が…私の存在はカリーナの邪魔をすることもなくなる。愛される家族になりたいなどと傲慢なことを思った私を許して欲しい。

寒い…とても寒い。そう思った瞬間、ふわりと人の温もりに包まれる。薄れゆく視界にフォーゼム様の顔が映り込む。

「カリーナの身代わりになったのか」

あの男がカリーナを狙っていることを喋ったのだろう。遠からずシュナイダーの企みも知るはずだ。これで、カリーナは安全…良かった。

「なぜだ」
「姉を…愛し…」
「カリーナにこのことは必ず伝える。すまない…感謝する」
「言わ…ない…で」

私の言葉を聞いてフォーゼム様が一筋涙を流す。
姉を愛し、姉に愛された人が、私の心を知ってくれている。そして悼んでくれている。充分すぎるほどだ。もし、カリーナが、カリーナの身代わりで私が死んだと知ればきっと自分を責めるだろう。これ以上、カリーナの心を苛みたくはない。
私の思いを汲み取ってくれたフォーゼム様がゆっくり頷く。

薄れゆく意識の中で、私はそっと願った。

カリーナ、ごめんなさい。次もし生まれ変われたら純粋に、あなたを愛し、愛されるような人になりたい…。

一筋、自分の瞳から涙が伝うのがわかった。
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