【完結】悪女のなみだ

本編【第二章】

2-7

呼びにきたメイドを伴って、カレンの自室に向かう。

「カリーナ様をお連れいたしました」
「入れ」

父の声が聞こえて、身体が震えそうになる。

「失礼します」

部屋に入ると、複雑な顔をした父と、睨みつけるようにこちらを見てくる母、そして泣きじゃくりながらも憤怒の表情を浮かべるカレンがいた。
カレンのような繊細な容姿でも、これほど人間は醜くなることがあるのかと、場違いな感想が一瞬脳裏をよぎる。

「嫌がらせなの？」

叫ぶようにカレンが私を怒鳴りつけた。言われた意味がわからず、黙っていると母が重ねて問うてくる。

「なぜ、カレンの婚約者を奪うようなことをしたの？それほどまでにカレンのことが羨ましかったの？」
「羨ましい？」

思いもしなかった言葉に驚き、鸚鵡返しで尋ねたのが悪かったらしい。母は金切り声で叫びながら言い募ってくる。目が血走り、焦点が合わない。

「羨ましかったんでしょう！誰からも好かれる愛らしい容姿に、守ってあげたくなるような性格。あなたとは正反対よ！」
「…」
「何よ、私たちを馬鹿にしてるの！？」
「私たち？」
「サシャはいつも私を馬鹿にしてたわ。自分ばっかり正しいみたいな顔をして。だから私に似た愛らしいカレンのことも疎ましいんでしょう！」
「サシャ…叔母上ですか。ですが、今何の関係が…」
「うるさいわね！あんたのことなんか聞きたくないのよ。お父様もお母様もみんなあんたのことしか興味がなかった！それなのに今度はカレンのものまで奪うの？消えて！消えてよ！死んだんじゃなかったの！？」

母はどうやら、私と叔母を重ねて、パニックになっているようだ。昔、自分の姉に感じた劣等感をよく似た私にぶつけているようだ。時々母から感じた複雑な感情はその辺りが原因なのだろうか。

「お母様。」

私は落ち着かせるために一度ゆっくりと呼びかける。

「お母様。私は叔母上ではありませんよ。」
「うるさい！サシャもカリーナも大っ嫌いよ！私やカレンを見下すんだもの！自分たちの方が美しいからって！自分達の方が賢いからって！愚かな私たちを馬鹿にしているんだわ！」

支離滅裂なことを叫ぶ母に、さすがのカレンも驚いて絶句している。

「クレア。もうやめなさい。」

母を嗜めたのは、父だった。私は驚きのあまり目を見開いて父を見つめる。正直なところ、父は母と一緒になって私を罵るだろうと思っていた。だからこそ父の口から母を止める言葉が出てきたことに心底びっくりした。