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アウラ=メーデー
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「おい、アウラ。お前の両親から早く金借りてこいよ」
「でも、数日前にも借りたわ。そんなに立て続けに借りるなんて」
「お前、俺の言うことが聞けないのかよ」
結婚して5年。わたしが片思いしてなんとか実らせた恋が彼だった。
貧乏な男爵家の跡取りだけれど抜群の容姿と柔らかな物腰で、彼に言いよる貴族女性は多かった。でも、その多くは若いつばめを囲うようなつもりで彼に言い寄る年上の女性だった。
彼を婚姻相手に選ぶにはメーデー男爵家はあまりに条件が悪かった。
当時ステルスは当主になったばかりで、領地の運営は上手くいっておらず、先先代から徐々に蓄積された借財が利息とも合わさって莫大な額へと膨れ上がっていた。
その借金を返せるだけの財を持った女性と結婚する必要が彼にはあった。
しかし、没落寸前といえ、メーデー家の当主である彼には、それと同時に子を望める年齢の女性と結婚する必要があった。
結果、容姿はさして美しくないが、莫大な資産を持つフロート侯爵家の娘で、ステルスより2つ下の私が彼の妻の座を射止めた。
結婚するまでの彼は、私にとても優しかった。借財を返して貰う必要があったからだと今なら分かるが、当時の私は単純に好意を持たれたからだと勘違いしていた。
結婚して、借金がなくなると彼は私に暴言を吐くようになった。そして、時分の趣味に使う金銭までも私の実家に無心するようになった。
両親は末娘の私に甘く、結婚生活がうまくいくなら、と援助を惜しむことはなかったが、徐々に私が違和感を拭えなくなってきたのだ。
彼にとって私は金の卵以上の価値はないの?言えば言うだけお金が湧いてくると思ってるの?
彼は私の平凡な容姿も気に入らなかったようで、容姿を罵られることは多々あった。
私はそのたびに傷つき、でもなんとか彼に気に入られたいと努力した。
たとえ、どれほど頑張っても彼ほどの美しさにはなれないとわかっていながら。
それはある日。娘のステビアと庭を二人で散歩していたときのことだ。
あまり屋敷にいない彼とたまたま鉢合わせた。
「お前達本当によく似てるな」
嘲りを含んだ調子で言われたことに私は怯えた。しかし娘は私と似ていると言われて喜んだようだ。
パッと顔を輝かせて何か言おうとした瞬間に彼は冷たく言い放った。
「ステビアももう少し私に似ればよかったものを。アウラそっくりで醜いな。アウラは実家が金持ちだから結婚できたが、お前は無理だなステビア。まあ、アウラの両親から遺産を継げば相手も出てくるかもしれないけどな」
実の娘になんてことを。ちらりと見ると、ステビアは突然の父親からの暴言に蒼白になりはらはらと涙をこぼしている。
こいつ、許さない。
私のことだけならまだ許せた。彼にとって不本意な結婚であることは分かっていたから。
でも、血を分けた我が子になんてことを…。
こいつはどれほど私を貶めても、私が縋ってくると信じているのだ。確かにたった今まではそうだった。けれどステビアかステルスかと聞かれたら私の答えは迷うまでもなく決まっている。
こんなやつ二度と顔も見たくない。
「あなた、ステビアはとても愛らしい子だわ。だから今の言葉取り消してください」
「そうだとしてもお前よりはマシ、程度だ」
小馬鹿にしたように言うステルスに私は疑問を持った。今まで何がよくてこの男にこだわっていたのだろう。
「そう。あなたはずっと私のことを憎んでいたのね」
私が呟くと、ステルスは笑った。
「お前やっと気づいたのか。そうだよ。俺くらいの容姿なら相手なんて選び放題だったんだ。借金さえなければ」
悔しげに吐き捨てるのを見て、私は思わず笑ってしまった。
「そうでしょうね。でも、その容姿がなければ借金を代わりに払ってくれる妻も見つからなかったんじゃない?
私ね、あなたの容姿に惹かれて結婚したのよ。それ以外は大した取り柄もないのにね。全く、なんで今まであなたみたいな傲慢で強欲で、そのくせ自分では一銭も稼げない寄生虫のような人に縋っていたのかしら。」
私がそう言うと、ステルスの顔は怒りに染まった。
「なんだと」
「ああ、ステビアがあなたに似なくて良かったわ。この子はまだ幼いけれど、頭も良くて、相手を思いやれる優しい子よ。顔だけよくて頭は空っぽのあなたなんかに似れば悲劇よね」
「お前、離婚するぞ」
伝家の宝刀を抜いたような顔をするステルスに私は笑かけた。
「もちろんよ。そう言う話をしてるのよ?なにを今更」
さらりと言うとステルスは驚愕の色を浮かべた。
「俺と別れることになるんだぞ!」
「離婚くらい意味知ってるわよ。あなたじゃないんだから」
「おい!」
「あ、私が泣いて許しを乞うとか思ってないわよね。もしそうだとしたら自惚れと大概よ」
「別れる!別れてやる」
「ええ。残念だわ」
「後から悔やんでも知らないからな」
「いいえ。それよりあなたの方が身のふり方心配なさった方がいいわよ」
「なんでだ!もう借金もないからな。いくらでも相手なんている」
「あなた、私の実家の援助で過ごしてたせいで金銭感覚狂ってるでしょうけれど、あなたの高額な趣味に、常に赤字の領地の補填、そして常に豪華な食事や衣服、普通の貴族なら一月と持たないわよ。うちと同じ程度の資金援助できるのは、後は公爵家くらいでしょうけれど…無理でしょうね。」
「そんなにかかってる訳ない!」
「やだ、本気で言ってる?あなた本当に馬鹿だったのね。領地経営も上手く行かないはずよね」
「なんだと」
「まあ、私はもう関係ないからいいけど。良い相手見つかるといいわね。あと、もちろんステビアは連れて行くわよ。それじゃあね」
呆然としているステルスをほって踵を返すと、我に帰ったステルスが声をかけてきた。
「あの、やっぱりお前達が…」
必要なんだ、と言いかける彼の言葉を遮って冷静に告げた。
「要らないのよ。あなたなんか。」
完
「でも、数日前にも借りたわ。そんなに立て続けに借りるなんて」
「お前、俺の言うことが聞けないのかよ」
結婚して5年。わたしが片思いしてなんとか実らせた恋が彼だった。
貧乏な男爵家の跡取りだけれど抜群の容姿と柔らかな物腰で、彼に言いよる貴族女性は多かった。でも、その多くは若いつばめを囲うようなつもりで彼に言い寄る年上の女性だった。
彼を婚姻相手に選ぶにはメーデー男爵家はあまりに条件が悪かった。
当時ステルスは当主になったばかりで、領地の運営は上手くいっておらず、先先代から徐々に蓄積された借財が利息とも合わさって莫大な額へと膨れ上がっていた。
その借金を返せるだけの財を持った女性と結婚する必要が彼にはあった。
しかし、没落寸前といえ、メーデー家の当主である彼には、それと同時に子を望める年齢の女性と結婚する必要があった。
結果、容姿はさして美しくないが、莫大な資産を持つフロート侯爵家の娘で、ステルスより2つ下の私が彼の妻の座を射止めた。
結婚するまでの彼は、私にとても優しかった。借財を返して貰う必要があったからだと今なら分かるが、当時の私は単純に好意を持たれたからだと勘違いしていた。
結婚して、借金がなくなると彼は私に暴言を吐くようになった。そして、時分の趣味に使う金銭までも私の実家に無心するようになった。
両親は末娘の私に甘く、結婚生活がうまくいくなら、と援助を惜しむことはなかったが、徐々に私が違和感を拭えなくなってきたのだ。
彼にとって私は金の卵以上の価値はないの?言えば言うだけお金が湧いてくると思ってるの?
彼は私の平凡な容姿も気に入らなかったようで、容姿を罵られることは多々あった。
私はそのたびに傷つき、でもなんとか彼に気に入られたいと努力した。
たとえ、どれほど頑張っても彼ほどの美しさにはなれないとわかっていながら。
それはある日。娘のステビアと庭を二人で散歩していたときのことだ。
あまり屋敷にいない彼とたまたま鉢合わせた。
「お前達本当によく似てるな」
嘲りを含んだ調子で言われたことに私は怯えた。しかし娘は私と似ていると言われて喜んだようだ。
パッと顔を輝かせて何か言おうとした瞬間に彼は冷たく言い放った。
「ステビアももう少し私に似ればよかったものを。アウラそっくりで醜いな。アウラは実家が金持ちだから結婚できたが、お前は無理だなステビア。まあ、アウラの両親から遺産を継げば相手も出てくるかもしれないけどな」
実の娘になんてことを。ちらりと見ると、ステビアは突然の父親からの暴言に蒼白になりはらはらと涙をこぼしている。
こいつ、許さない。
私のことだけならまだ許せた。彼にとって不本意な結婚であることは分かっていたから。
でも、血を分けた我が子になんてことを…。
こいつはどれほど私を貶めても、私が縋ってくると信じているのだ。確かにたった今まではそうだった。けれどステビアかステルスかと聞かれたら私の答えは迷うまでもなく決まっている。
こんなやつ二度と顔も見たくない。
「あなた、ステビアはとても愛らしい子だわ。だから今の言葉取り消してください」
「そうだとしてもお前よりはマシ、程度だ」
小馬鹿にしたように言うステルスに私は疑問を持った。今まで何がよくてこの男にこだわっていたのだろう。
「そう。あなたはずっと私のことを憎んでいたのね」
私が呟くと、ステルスは笑った。
「お前やっと気づいたのか。そうだよ。俺くらいの容姿なら相手なんて選び放題だったんだ。借金さえなければ」
悔しげに吐き捨てるのを見て、私は思わず笑ってしまった。
「そうでしょうね。でも、その容姿がなければ借金を代わりに払ってくれる妻も見つからなかったんじゃない?
私ね、あなたの容姿に惹かれて結婚したのよ。それ以外は大した取り柄もないのにね。全く、なんで今まであなたみたいな傲慢で強欲で、そのくせ自分では一銭も稼げない寄生虫のような人に縋っていたのかしら。」
私がそう言うと、ステルスの顔は怒りに染まった。
「なんだと」
「ああ、ステビアがあなたに似なくて良かったわ。この子はまだ幼いけれど、頭も良くて、相手を思いやれる優しい子よ。顔だけよくて頭は空っぽのあなたなんかに似れば悲劇よね」
「お前、離婚するぞ」
伝家の宝刀を抜いたような顔をするステルスに私は笑かけた。
「もちろんよ。そう言う話をしてるのよ?なにを今更」
さらりと言うとステルスは驚愕の色を浮かべた。
「俺と別れることになるんだぞ!」
「離婚くらい意味知ってるわよ。あなたじゃないんだから」
「おい!」
「あ、私が泣いて許しを乞うとか思ってないわよね。もしそうだとしたら自惚れと大概よ」
「別れる!別れてやる」
「ええ。残念だわ」
「後から悔やんでも知らないからな」
「いいえ。それよりあなたの方が身のふり方心配なさった方がいいわよ」
「なんでだ!もう借金もないからな。いくらでも相手なんている」
「あなた、私の実家の援助で過ごしてたせいで金銭感覚狂ってるでしょうけれど、あなたの高額な趣味に、常に赤字の領地の補填、そして常に豪華な食事や衣服、普通の貴族なら一月と持たないわよ。うちと同じ程度の資金援助できるのは、後は公爵家くらいでしょうけれど…無理でしょうね。」
「そんなにかかってる訳ない!」
「やだ、本気で言ってる?あなた本当に馬鹿だったのね。領地経営も上手く行かないはずよね」
「なんだと」
「まあ、私はもう関係ないからいいけど。良い相手見つかるといいわね。あと、もちろんステビアは連れて行くわよ。それじゃあね」
呆然としているステルスをほって踵を返すと、我に帰ったステルスが声をかけてきた。
「あの、やっぱりお前達が…」
必要なんだ、と言いかける彼の言葉を遮って冷静に告げた。
「要らないのよ。あなたなんか。」
完
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