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ソフィア=ワトソン

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最初に屋敷の中から私の物がなくなっているのに気づいたのは、娘のアーニャが3歳の時だった。アーニャのベビードレス。亡き両親が最高級のシルクで有名なデザイナーに依頼して作ってくれたもの。とても高価だが、それ以上に当時の思い出と両親の愛情が詰まっていたから、とても大切にしていた。
一度気づいてしまうとそれまで気づかなかったことが不思議なくらい私の大切なものがなくなっていた。
幼い頃から集めていた色々な国の金貨。一回しか着ていないが母から譲られたフリソデという異国のドレスにオビというそのベルト。
そして、極め付けはワトソン家の女性に代々受け継がれている大ぶりのルビーの指輪。
どれもとても高価だが、金額以上に私には思い入れがあり大切なものだった。

一体誰がこんなことを?
何度も泥棒に入られた?でも、伯爵家のセキュリティはそんなに甘くない。
それなら使用人のだれか?いいえ、みんなとても信頼のおける人たちで、そんなことするはずがない。それにこの宝物の場所は家族以外に教えていない。
では子供達?娘も息子も5歳と3歳と幼い。それにとてもいい子たちだ。母親のものを勝手に触るとは思えない。
まさか…いいえ、夫はとても良い人…あり得ない。

私は悶々とした日を過ごしていた。なくなった物は仕方がない、諦めよう。そう何度も自分に言い聞かせているのに一方で、一体誰が?どうしてこんなことを?そう自問してしまう日が続いた。

それは本当に偶然の出来事だった。屋敷の廊下を歩いていると風に吹かれた紙がはらはらと廊下の先で舞っているのが見えた。どうやら夫の書斎から飛んできたらしい。
滅多に書斎のドアを開けっぱなしにすることのない人が珍しいこともある物だ、と思いながら紙を拾うとそこにはとんでもないことが記されていた。
私が探していた数々の品を担保に多額の金を借りる旨の借用書だったのだ。期限は今日のようで、正午までに借りた金額に利子を上乗せした分が用意できなければ、担保の商品を取りにくる旨が記されていた。

私は間に合ったことに安堵した。気づくのが1時間遅かったならきっと後悔してもしきれなかっただろう。

「あなた、失礼します」

うたたねしていたようで、夫は飛び起きた。

「どうした?ソフィアがこの部屋に入ってくるのは珍しいね」
「ええ。いつもはあなたが嫌がりますから」
「そんなことは…ああ、春風に吹かれてドアが開いてしまっていたのか。」
「ええ。ちょうど良いタイミングだったようです。」
「なんのことだい」

優しく尋ねられて、呆れるしかなかった。よくも私が大事にしている物を勝手に担保にしておきながら白々しい。

「ずっと探し物をしてましたの。あなたにも相談をしていたから当然内容はご存知ですわよね」
「ああ。君の思い出の品だろう。まったく酷いやつもいたもんだ。」
「ええ、とても。もし犯人が分かれば恨み言の一つでも言わないと気が治りません」
「君は優しすぎるよ。そいつの一生でもって償わせるべきだろう」
「まあ!実を言うと私もそう思っておりました。」
「ははは、本当かい。」

そのまま私が椅子に腰掛けたのを見て、夫は慌てた。

「すまない、ソフィア。これから大事な客が来るんだ。君は席を外してくれないか」
「あら、大事なお客様ならなおさらご一緒にお出迎えいたしませんと」

私がおっとり言うのを聞いて、珍しく夫は激昂した。

「男同士の付き合いなんだ。女性は部屋にいるべきではない!」

その瞬間、部屋をノックする音が聞こえた。

「どうぞ、お入りになって」

押し黙った夫に代わって私が答えると、悪どい金貸しと有名なグランデ子爵が入ってきた。

「あら、グランデ子爵様、お久しぶりです」
「久しいですな、奥方」
「今日はどのようなご用件でしょう」

グランデはちらりと夫を見たが、俯いて黙っているのを見て、私に話し出した。

「ご主人は競馬がお好きでね。その賭金を私が貸していたのだ。返済日が今日だったのだが、返済されなかったので、担保の品を受け取りにきたんですよ」
「まあ!あなた賭け事なんてなさってたの」

何に使ったのか不思議に思ったがまさか賭博とは。

「それで、担保の品というのはなんですの?」

わざとらしく聞く。夫は頭を抱えていた。

「おや、ご存知ありませんか。金貨やドレス、宝石なんだが。奥方の許可は貰ってると言っていたな?」
「…」
「まあ、私が無くしたと思って探していたものばかりですわ。グランデ子爵。これは私の品です。勝手に担保になさるなら盗品として届けを出しますわ」

その言葉を聞いてグランデは不遜な笑みを浮かべた。

「残念ながら私もお宅の主人に金を貸してる身でね。内輪揉めなら夫婦でやってくれ」
「いいえ。身内であれ所有権のはっきりしている物を勝手に売買することはできないはずです」

そこまで言うとグッとグランデは黙った。先ほどから夫は呆然としたまま一言も口を聞かない。

「では、どうやって私への借財を贖うのだ。伯爵領に金はないはずだ。」

脅すようなグランデに、私は微笑んで答えた。

「もちろん踏み倒したりなど致しません。私の夫、トレバーの一生を差し上げます」
「なに?」
「彼は先ほど私に言いましたの。盗んだ奴には一生でもって償わせるべきだと。なので、一生只働きさせても構いませんし、彼は見目も良いですしこう見えて頭も良いですから、重宝されるところに売っていただいても構いません。」
「そんな…」

トレバーは声を失ったまま私を見てきた。その瞳を静かに見返す。

「奴隷の売買は禁止されてるぞ」
「まあ!違法な品を売買しようとしていたのです。それとかわらないでしょう?それに彼の人生を売ったのは彼自身ですから」
「くく。なるほど面白い奥方だ。おい、トレバー来い!」
「そんな!ソフィア嘘だと言ってくれ、僕を愛してるだろ?」

涙声で叫ばれて私は答えた。

「愛していた、かしら。あの品達は本当に高価な物だけれど、価値があったのはそこじゃない。
ドレスやフリソデは両親の思い出や愛情、子供の成長への願いがこもっていた。
金貨は家族と一緒に行った旅先の楽しい思い出が。宝石はね、お義母様が嫁いできた私を家族の一員として自信が持てるようにとの願いを込めてくださったのよ。その話は知ってるわよね、何度も言ったのだから。」
「もちろんだ!」
「そうよね。涙を流して聞いてくれていたものね。だからこそ、平気でそれを隠し持って賭け事の担保にして、今日私にバレないように渡そうとしたあなたが許せないのよ」
「頼む。僕が悪かった。お願いだから僕を見捨てないでくれ。あれらを君から渡してくれたら僕は無事でいられるんだ!」
「いいえ。あなたとの思い出…あなたこそが私にとって、もうの」


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