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1 始まりの日一
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珍しく街へのお出かけに誘われて私はいつになく心が浮き立つのを感じた。
ヴァンは私と違って出不精だ。そう言うと怠惰に聞こえてしまうけれど、図書室で彼から面白かった歴史書の解説を聞いたり、庭園で見つけた花の名前や育て方を教えてくれたりする彼との時間は、公爵令嬢として忙しい日々を送る私にとっては何よりの癒しの時間だった。
珍しく思いながらも私はすぐに身支度に取り掛かった。美しいシルエットに上品な色合い、それでいて馬車の乗り降りに邪魔にならないような動きやすい服。いつもほど華美ではない私のドレス姿を見て、彼はにっこり微笑んだ。
「そういう清楚なドレスもよく似合うよ」
「ありがとう。街へのお出かけだと聞いて」
「アレネの横を歩けるのは光栄だけれど、周りの男の視線が怖いな」
彼は戯けて言った。私はよく派手な顔立ちだと言われるけれど、ヴァンはどちらかというと大人しい顔立ちだ。でも切れ長の目もすっと通った鼻筋も薄い唇もどれも面長の顔と調和が取れていて、とても整った顔立ちだ。
「あら、ヴァンこそ。目が合った女の子の視線を片っ端から釘付けにしてるくせに。」
私がわざと拗ねて見せると、くすりと笑って肩をすくめる仕草をした。
「関係ないな。アレネ以外の女性には興味ない」
彼の愛情表現はいつもとてもまっすぐだ。私のくだらない嫉妬心などすぐに溶かしてしまう。
「ふふ。行きましょうか」
「そうだな」
街に着くと彼は開口一番私に告げた。
「一緒に来て欲しい場所があるんだ」
「ええ。もちろんよ」
新しい本でも見に行くのだろうか、私がそう思った瞬間、彼は照れた様子で口元を手で覆いながら続けた。
「宝石店だが、いいか」
「ええ。お義母様に?」
私への婚約指輪はすでに買ってもらっている。だから義母へのプレゼントを一緒に選んで欲しい、そういうことだと思ったら、彼は先ほど口を覆っていた手を額に当てて、天を仰いでいた。
「どうしたの?」
「母へのプレゼントに君を連れ出したりしない。君へのプレゼントだ」
「婚約指輪なら頂いたわよ?結婚指輪はまだ先でしょう?」
「違う。普通に君の誕生日に贈ろうかと…」
がっくりと肩を落とした様子で告げてくるヴァンに私は申し訳ない気持ちになる。
「あの、ごめんなさい…自分の誕生日のこと、すっかり忘れてて…」
「はは、気にするな」
気持ちを立て直して、爽やかに笑う彼に安心する。貴族といえど男爵位のオレガ家は、プレゼントのたびに宝飾品を贈れるような経済状況にはないことを知っている。だからこそ私へのプレゼントではなく、結婚して25年を迎えたオレガ夫人への贈り物だと思ったのだ。
「嬉しいわ!何を選んでくれるのかしら」
私が甘えたように言うと、彼は苦笑いしながら答えた。
「公爵家で扱うような最高級のものではないかもしれないが…良い店がある」
ヴァンは私と違って出不精だ。そう言うと怠惰に聞こえてしまうけれど、図書室で彼から面白かった歴史書の解説を聞いたり、庭園で見つけた花の名前や育て方を教えてくれたりする彼との時間は、公爵令嬢として忙しい日々を送る私にとっては何よりの癒しの時間だった。
珍しく思いながらも私はすぐに身支度に取り掛かった。美しいシルエットに上品な色合い、それでいて馬車の乗り降りに邪魔にならないような動きやすい服。いつもほど華美ではない私のドレス姿を見て、彼はにっこり微笑んだ。
「そういう清楚なドレスもよく似合うよ」
「ありがとう。街へのお出かけだと聞いて」
「アレネの横を歩けるのは光栄だけれど、周りの男の視線が怖いな」
彼は戯けて言った。私はよく派手な顔立ちだと言われるけれど、ヴァンはどちらかというと大人しい顔立ちだ。でも切れ長の目もすっと通った鼻筋も薄い唇もどれも面長の顔と調和が取れていて、とても整った顔立ちだ。
「あら、ヴァンこそ。目が合った女の子の視線を片っ端から釘付けにしてるくせに。」
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「関係ないな。アレネ以外の女性には興味ない」
彼の愛情表現はいつもとてもまっすぐだ。私のくだらない嫉妬心などすぐに溶かしてしまう。
「ふふ。行きましょうか」
「そうだな」
街に着くと彼は開口一番私に告げた。
「一緒に来て欲しい場所があるんだ」
「ええ。もちろんよ」
新しい本でも見に行くのだろうか、私がそう思った瞬間、彼は照れた様子で口元を手で覆いながら続けた。
「宝石店だが、いいか」
「ええ。お義母様に?」
私への婚約指輪はすでに買ってもらっている。だから義母へのプレゼントを一緒に選んで欲しい、そういうことだと思ったら、彼は先ほど口を覆っていた手を額に当てて、天を仰いでいた。
「どうしたの?」
「母へのプレゼントに君を連れ出したりしない。君へのプレゼントだ」
「婚約指輪なら頂いたわよ?結婚指輪はまだ先でしょう?」
「違う。普通に君の誕生日に贈ろうかと…」
がっくりと肩を落とした様子で告げてくるヴァンに私は申し訳ない気持ちになる。
「あの、ごめんなさい…自分の誕生日のこと、すっかり忘れてて…」
「はは、気にするな」
気持ちを立て直して、爽やかに笑う彼に安心する。貴族といえど男爵位のオレガ家は、プレゼントのたびに宝飾品を贈れるような経済状況にはないことを知っている。だからこそ私へのプレゼントではなく、結婚して25年を迎えたオレガ夫人への贈り物だと思ったのだ。
「嬉しいわ!何を選んでくれるのかしら」
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「公爵家で扱うような最高級のものではないかもしれないが…良い店がある」
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