君の記憶が消えゆく前に

じじ

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「残り1年よろしくね」

あの日、病院に行って愛盗病という診断を受けてから、あっという間に月日は流れて季節は夏になろうとしていた。
悲しいくらい規則正しく彼女の病気は、ある意味順調に進行した。最初は数分程度だった僕を忘れる時間が今ではそれぞれ朝と昼と晩で2時間ずつ起こっているようだ。

朝が一番困る。朝の6時から8時。朝食をとり出勤する時間帯。彼女は僕のことを忘れている。知らない男が目覚めた瞬間に横で寝ていて恐怖を感じない女性はいないだろう。僕のスマホも彼女のスマホも朝の6時にアラームが鳴る。そしていつもは早く消して~、と言いながらお互いなんとか布団から這い出すのが日課だった。だが、彼女が初めて寝起きに僕を見て悲鳴を上げたその日から僕は5時半に目覚ましをかけ、8時過ぎまで近所の公園で過ごすことを日課にしている。

彼女は今、子ども二人の準備と自分の用意に追われているだろう。でも僕は手助けすることもできない。その方が彼女を困らせてしまうとわかっているから。8時過ぎ一度家に戻ると彼女は僕のことを思い出していた。すこし困ったように怒られる。

「何してたの?二人の送りぎりぎりじゃない」
「ごめんね」

僕は素直に謝り、出勤途中に子どもたちを保育園に送り届ける。

僕を忘れる度に、さっきまで僕のことを忘れていたんだよ、と最初の一月こそ教えていたが、その度に彼女が泣き出すのを見て僕の方が耐えられなくなった。
僕が言わなくなったことで、彼女は自分の病気の発症がおさまったと思っているようだ。次第に明るい顔が増えるようになってきた。

それでも僕は限界だった。毎日少しずつ僕を、忘れる時間の長くなる彼女。そしてその彼女を驚かさないように忘れられている時間だけは彼女の目につかないところにいる自分。元に戻ると僕を忘れていたこと自体を認識できない彼女。
彼女が悪いわけじゃない。病気がそうさせているのだと分かっていても悲しみや苛立ちを隠せない。

だから僕はその日、彼女が病気を発症して初めて外泊した。
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