君の記憶が消えゆく前に

じじ

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翌日、病院の待合で僕たちは言葉少なに呼ばれるのを待った。
30分経って彼女の名前が呼ばれた時、彼女の顔は青ざめていた。おそらく同じような顔色を僕もしていたに違いない。

白衣を着た若い男性の医師が簡単な質問をいくつか彼女にする。それらの質問に淡々と答える美弥は、いつになく冷静だった。

「ご主人のことだけが分からなくなる時があるのですね」
「はい。ですが数分程度です。」
「忘れていた時のことは」
「覚えていません。」

顎に手を当てて考え込む先生を見て、心臓がバクバクするのが抑えられない。頼むから、疲労からくる一時的なものだといってくれと必死に祈る。

「まず愛盗病で間違いないかと思います。」

先生はことさら感情が言葉にふくまれないように気を付けているかのような平坦な声音で告げた。しかし表情には美弥への同情するような色が浮かんでおり、それが猶更僕を不安定な気持ちにさせた。

「愛盗病…」

感情のこもらない声でつぶやく美弥に先生は尋ねた。

「お聞きになられたことは」
「新聞で読みました。」

その答えを聞くと先生はうなずき簡単に説明を行う。特定の深く愛した人のみゆっくり忘れていくという点、忘れる時間は徐々に長くなる点、そして発症から1年後に死亡するという点。
改めて突きつけられた現実に、私も美弥も言葉をなくす。
先生は最後に言いづらそうに、治療法が確立されておらず、現状では何も手のうちようがない、と私たちに告げて診察は終わった。



「なんか疲れたね」

言葉をなくしている私に美弥が明るく声をかけてきた。

「ああ」

彼女を勇気づけたり励ましたりしないといけないと分かってるのに、口を開くと言葉より先に涙が出てきそうで僕はずっと黙って俯いていた。

「ちょっと。」

彼女は呆れたように言った。

「私が愛盗病なのよ。あなたが私を励ましなさいよ」

彼女のその勝気なようすが、下を向いていても手に取るようにわかり思わず顔を上げる。目が合うと彼女は優しく微笑み告げた。

「残り1年、よろしくね」
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