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93.小休止

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「ねぇ、どうすればいいと思う?」

 訓練後、獣舎でヒポグリフをブラッシングしていたリントは、答えが返ってくるはずもない相手に問いかけていた。
 そもそも、どうすればの『どう』について何も話していないのだから、ヒポグリフが会話できたとしても、答えようがない。

 梳かれるのがよほど気持ち良いのか、目を細め微睡まどろんでいる獣は、声を出すのも億劫なようで、リントの問いにしっぽをぱたりと動かしただけだった。

 怠惰と言う他ない仕草にリントの眉が下がったのは、呆れではなく愛おしさからだ。
 訓練中の凛々しい姿はもちろん格好いいが、気を許してくれているからこその態度というのは、自分の有用性を実感できて気持ちが満たされる。

 物心ついた頃からずっと『役に立つ』事を繰り返し教え込まれてきたリントにとって、それは嬉しいというよりも安堵を得られるものだった。
 それこそ、生きる許しを与えられているといっても過言ではないほどに。

「よし、出来た」

 丁寧に梳いた毛並みはいつも以上にふわりとした感触と艶を纏っている。
 一仕事終えた達成感に、リントは完全に眠ってしまったヒポグリフによりかかると、ほんのひと時目を閉じた。

 あれ以来、足りない頭なりに一生懸命考えた。
 そして、考えれば考えるほど、ユールへの想いが強くなっている自分に気づいただけだった。

 傍にいたい。離れたくない。あの愛情に満ちた視線は自分だけのものであって欲しい。
 そんな身勝手な想いばかりが溢れてきて、論理的に解決することを妨げている。

 断るなら早い方がいい。
 そんな事は重々承知しているのに、どうしても選ぶことのできなかったリントは、せっかく考える時間をもらったのだからと、少しだけ足掻いてみることにした。

 とは言っても、状況は芳しくない。
 出来ることは3つしか思いつかなく、そのどれもが確実な方法ではなかったからだ。

 ひとつめ。
 1度失敗しているので可能性は低いが、自力で思い出すこと。
 これはすぐ実行できるので、帰宅してからウェイトナーとの掛け合いを思い出しつつ自分なりに辿ってみたのだが、全く手ごたえが無かった。

 当時ですら覚えていない記憶を引き出すには、やはり薬の力が必要らしい。
 けれども、リントには入手する術がない。

 さすがにウェイトナーには頼めないし、いっそのこと自作すればいいじゃないかと安易に思い立って資料を探した結果、成分表を手に入れるのは現物を得る以上に難しいと早々に知った。
 特殊な薬というのは、作った本人や権利を買った商会、国の研究機関等が秘匿するのが常で、薬学書には載らないそうだ。

 それに、自白剤を使うとなると協力者が必須である。
 信頼が置けて、内容も把握しているのはユールしかいないが、反対されるとわかっているのに、相談できるはずもなく。
 結局しないよりはましかと思い、毎夜挑戦だけはしているものの、うなされる頻度が増しただけな気がしている。

 悪夢は相変わらずリントを蝕んでいた。
 はじめの頃は、目覚めた時に『怖い』という印象が漠然と残っていただけだったのが、最近は閉じ込められていたり、黒い影が見えたり、追われていたりと、夢の内容を覚えていることが多くなった。

 ただ、『怖い』という点では一致していても、中身はその時によって全く違う。
 毎回同じ夢ならば、過去の記憶に関連があるとも思えるのだが、情報が少なすぎて、どう解釈したらいいのか判断がつけられないでいた。

 当然ながら寝つきも悪くなっていて、このままだとそのうち仕事にも差し障るのではないかと、それだけは心配している。


 ふたつめは家族。

 リントが高熱を出したとき、目覚めたのは自分のベッドの上だった。
 もし先生の屋敷から移動したなら、両親や兄が知らないはずがない。
 少なくとも、当日リントが屋敷に行ったかの確認はできるはずで。

 ちょうど『帰りたい』と思っていたところだし、手土産もある。
 核心にはたどり着けなくても、きっかけくらいは掴めるかもしれないので、今度帰った時に聞いてみるつもりだ。


 そして、最後がノエル。

 可能性としては彼が一番期待できる。
 それは、隣国出身の彼ならば、ウェイトナーが言っていた魔法を知っていると思ったからだった。
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