61 / 114
60.急な来訪
しおりを挟む
牧羊犬と共に魔羊を小屋へと追い立て、数を確認した後でノエルは鍵をかけた。
昨日からの雨で放牧ができず、大屋根がある広場へ出しているだけなのでいつもより作業は楽だ。
魔羊は通常の羊より体力があり、少しでも運動させないとすぐストレスが溜まってしまう。
そうなると暴れて厄介なので、雨の日でもこうして外へ出す時間は必ず作っていた。
事務所に戻り、今日の報告を終えるとノエルは小雨の降る中外へ出る。
降るといっても、もう傘をさすほどでもない。
階段を降りきったところで、建物の影に帽子を目深にかぶって立っている男の姿が目に入った。
すっきりと背の高い見た目は顔を隠していてもかなり目立つが、自分以外に目を留める者はいない。
どうせ、また変な術をかけているに違いない。
相変わらずそつがなくて嫌味な奴だとノエルは思った。
向こうもこちらに気がついたのか、迷わず自分目指して歩いてくる。
「やあ。よかったら、付き合ってよ」
手には不釣り合いなえんじ色の買い物袋を携えており、こちらに向かって軽く持ち上げた。
袋からは酒と思える瓶の口が何本か覗いている。
ユールはいつもの笑顔を浮かべていたが、付き合いの浅いノエルが見ても、明らかに覇気がなかった。
「それ、どうしたんだ?」
「たくさん買ったら、紙袋だと破れるからって布袋に入れてくれた」
ノエルは中身の酒について聞いたつもりだったが、ユールは目立つ袋の事だと思ったらしい。
ちょっとした食い違いに、再び聞き直すほどの事でもないので話を終わらせるべきかどうか悩んだ一瞬を、ユールは断りの理由を考えていると取ったようだった。
「あ、予定あった?」
「いや。飲みに行くくらいしかねーから別にいいけど。…約束は2日後だったろ?」
「やっぱり迷惑だよね、ごめん」
落ち込むユールはまるで捨て猫のように心許ない。
たとえ演技だとしても、そこまでするなら俺に何か聞いて欲しいことがあるのだろう。
『仕方ないな』とノエルはため息を一つ吐いた。
「この間の小屋でもいいか」
小屋につくと、ノエルは作業机の上を片付け始めた。
机の上は紙や書物が乱雑に置かれたままだった。
リントに教えるようになってからというもの、仕事の合間を見て自分が昔教わった事を思い出しながら書き留めていた。
机上で済むような話は1人の時に学んでもらって、教える時は質問や実践の時間に当てた方が効率がいい。
それにしても、感覚で覚えてしまっているものだから、言葉にしようと思うとなかなかに難しく、自分は教師には向かないとつくづく思ってしまった。
「それ、魔法陣の教科書だよね?」
ユールが不思議そうに近くにあった一冊を手に取った。
「ああ、あいつから借りた」
「なんで?」
「魔法に対する捉え方が、あいつと俺じゃどうも違う気がして。多分魔法陣使うのが前提で習っているせいだと思うんだよな」
ノエルにとって、魔法はもっと感覚的なものだ。
けれど、彼女はどうも頭の中でも術式に当てはめて考えているようで、普通なら魔法板を使うよりも発動が早くなるはずなのに、どうしても数秒遅れるのだ。
練習なら何とも思わない数秒が、実戦では命取りになりかねない。
自分は魔法陣を使ったことがない。
教科書を借りたのは、彼女の考え方を理解してからでないと、自分との違いをうまく説明できないと考えた結果だった。
「ノエルってほんと真面目だよね」
それは嫌味なのか、褒め言葉なのか。
ぱらぱらと教科書をめくりながら、ユールがどちらとも取れるような声音でしみじみと呟いた。
昨日からの雨で放牧ができず、大屋根がある広場へ出しているだけなのでいつもより作業は楽だ。
魔羊は通常の羊より体力があり、少しでも運動させないとすぐストレスが溜まってしまう。
そうなると暴れて厄介なので、雨の日でもこうして外へ出す時間は必ず作っていた。
事務所に戻り、今日の報告を終えるとノエルは小雨の降る中外へ出る。
降るといっても、もう傘をさすほどでもない。
階段を降りきったところで、建物の影に帽子を目深にかぶって立っている男の姿が目に入った。
すっきりと背の高い見た目は顔を隠していてもかなり目立つが、自分以外に目を留める者はいない。
どうせ、また変な術をかけているに違いない。
相変わらずそつがなくて嫌味な奴だとノエルは思った。
向こうもこちらに気がついたのか、迷わず自分目指して歩いてくる。
「やあ。よかったら、付き合ってよ」
手には不釣り合いなえんじ色の買い物袋を携えており、こちらに向かって軽く持ち上げた。
袋からは酒と思える瓶の口が何本か覗いている。
ユールはいつもの笑顔を浮かべていたが、付き合いの浅いノエルが見ても、明らかに覇気がなかった。
「それ、どうしたんだ?」
「たくさん買ったら、紙袋だと破れるからって布袋に入れてくれた」
ノエルは中身の酒について聞いたつもりだったが、ユールは目立つ袋の事だと思ったらしい。
ちょっとした食い違いに、再び聞き直すほどの事でもないので話を終わらせるべきかどうか悩んだ一瞬を、ユールは断りの理由を考えていると取ったようだった。
「あ、予定あった?」
「いや。飲みに行くくらいしかねーから別にいいけど。…約束は2日後だったろ?」
「やっぱり迷惑だよね、ごめん」
落ち込むユールはまるで捨て猫のように心許ない。
たとえ演技だとしても、そこまでするなら俺に何か聞いて欲しいことがあるのだろう。
『仕方ないな』とノエルはため息を一つ吐いた。
「この間の小屋でもいいか」
小屋につくと、ノエルは作業机の上を片付け始めた。
机の上は紙や書物が乱雑に置かれたままだった。
リントに教えるようになってからというもの、仕事の合間を見て自分が昔教わった事を思い出しながら書き留めていた。
机上で済むような話は1人の時に学んでもらって、教える時は質問や実践の時間に当てた方が効率がいい。
それにしても、感覚で覚えてしまっているものだから、言葉にしようと思うとなかなかに難しく、自分は教師には向かないとつくづく思ってしまった。
「それ、魔法陣の教科書だよね?」
ユールが不思議そうに近くにあった一冊を手に取った。
「ああ、あいつから借りた」
「なんで?」
「魔法に対する捉え方が、あいつと俺じゃどうも違う気がして。多分魔法陣使うのが前提で習っているせいだと思うんだよな」
ノエルにとって、魔法はもっと感覚的なものだ。
けれど、彼女はどうも頭の中でも術式に当てはめて考えているようで、普通なら魔法板を使うよりも発動が早くなるはずなのに、どうしても数秒遅れるのだ。
練習なら何とも思わない数秒が、実戦では命取りになりかねない。
自分は魔法陣を使ったことがない。
教科書を借りたのは、彼女の考え方を理解してからでないと、自分との違いをうまく説明できないと考えた結果だった。
「ノエルってほんと真面目だよね」
それは嫌味なのか、褒め言葉なのか。
ぱらぱらと教科書をめくりながら、ユールがどちらとも取れるような声音でしみじみと呟いた。
0
お気に入りに追加
33
あなたにおすすめの小説
【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
あなたの嫉妬なんて知らない
abang
恋愛
「あなたが尻軽だとは知らなかったな」
「あ、そう。誰を信じるかは自由よ。じゃあ、終わりって事でいいのね」
「は……終わりだなんて、」
「こんな所にいらしたのね!お二人とも……皆探していましたよ……
"今日の主役が二人も抜けては"」
婚約パーティーの夜だった。
愛おしい恋人に「尻軽」だと身に覚えのない事で罵られたのは。
長年の恋人の言葉よりもあざとい秘書官の言葉を信頼する近頃の彼にどれほど傷ついただろう。
「はー、もういいわ」
皇帝という立場の恋人は、仕事仲間である優秀な秘書官を信頼していた。
彼女の言葉を信じて私に婚約パーティーの日に「尻軽」だと言った彼。
「公女様は、退屈な方ですね」そういって耳元で嘲笑った秘書官。
だから私は悪女になった。
「しつこいわね、見て分かんないの?貴方とは終わったの」
洗練された公女の所作に、恵まれた女性の魅力に、高貴な家門の名に、男女問わず皆が魅了される。
「貴女は、俺の婚約者だろう!」
「これを見ても?貴方の言ったとおり"尻軽"に振る舞ったのだけど、思いの他皆にモテているの。感謝するわ」
「ダリア!いい加減に……」
嫉妬に燃える皇帝はダリアの新しい恋を次々と邪魔して……?
婚約破棄とか言って早々に私の荷物をまとめて実家に送りつけているけど、その中にあなたが明日国王に謁見する時に必要な書類も混じっているのですが
マリー
恋愛
寝食を忘れるほど研究にのめり込む婚約者に惹かれてかいがいしく食事の準備や仕事の手伝いをしていたのに、ある日帰ったら「母親みたいに世話を焼いてくるお前にはうんざりだ!荷物をまとめておいてやったから明日の朝一番で出て行け!」ですって?
まあ、癇癪を起こすのはいいですけれど(よくはない)あなたがまとめてうちの実家に郵送したっていうその荷物の中、送っちゃいけないもの入ってましたよ?
※またも小説の練習で書いてみました。よろしくお願いします。
※すみません、婚約破棄タグを使っていましたが、書いてるうちに内容にそぐわないことに気づいたのでちょっと変えました。果たして婚約破棄するのかしないのか?を楽しんでいただく話になりそうです。正当派の婚約破棄ものにはならないと思います。期待して読んでくださった方申し訳ございません。
最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません
abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。
後宮はいつでも女の戦いが絶えない。
安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。
「どうして、この人を愛していたのかしら?」
ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。
それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!?
「あの人に興味はありません。勝手になさい!」
王子妃だった記憶はもう消えました。
cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。
元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。
実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。
記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。
記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。
記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。
★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日)
●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので)
●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。
敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。
●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました
氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。
ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。
小説家になろう様にも掲載中です
挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました
結城芙由奈
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】
今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。
「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」
そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。
そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。
けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。
その真意を知った時、私は―。
※暫く鬱展開が続きます
※他サイトでも投稿中
多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?
あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」
結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。
それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。
不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました)
※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。
※小説家になろうにも掲載しております
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる