上 下
58 / 114

57.決意

しおりを挟む
 午後になってだいぶ雨足が落ち着いてきたので、『壁』へ向かう準備を始めた。
 雨の日の外作業はやはりつらい。

 羽のある動物はみな似たようなものだろうが、ペガサスも雨の中で飛ぶのを嫌う。
 なので、今日は馬での移動である。
 
 頭上に馬が濡れない程度の物質用結界を張る。
 屋根の下にいるようなものなので、風が強く無ければ雨にあたることはない。
 それでも、足場が悪いのは変わらないし、飛んで帰れないので、普段の倍近くかかってしまうのだが。

 そういえば、とリントは視線を上にあげた。
 この間のノエルみたいに結界を曲げて半円にすれば、横雨も防げるではないか。
 そうすればペガサスも飛んでくれるかもしれない。
 
 リントはノエルの言いつけ通り、毎夜家で自主練習を行っていた。
 小さくするのはまだ2回り程度までしかできないが、大きいままなら簡単な形は変えられる。

「よし!」

 思いついたからにはやってみたい。
 集中して、今ある結界を引き延ばしていく。

「…なんでだろ」

 しばらく粘ってみたが、思ったように伸びていかない。
 属性魔法で練習しているときは、もっと簡単に変形したのだが。
 やはり無属性だけでは魔力が足りないのだろうか。
 それとも魔法板の術式内容との兼ね合いだろうか。

 いつまた雨が強くなるかわからないので、そろそろ出掛けないとまずい。
 家に帰ったらもう一度試してみようと、リントはひとまず諦めることにした。

 それにしてもいい考えだと思ったのに、残念だ。
 すっかり形の崩れた結界を作り直すと、リントは魔法板を見つめつつ馬を進めた。

 雨雲はどんよりとして、この辺り一帯を灰色に染め上げていた。
 草原も今日は人どころか動物の姿も見えない。
 広いただ中、雨の音も相まって自分だけが取り残された気分になる。
 閉塞感を感じて、リントはぎゅっと目を瞑った。

 このところ、夢見の悪い日が続いていた。
 安眠効果のあるハーブティーを飲んだり、ポプリを枕元に置いたり色々試しているのだが、いまいち効果がない。
 今朝もうなされて起きたせいか、黒雲が広がる空を見ていたらつい思い出して怖くなってしまった。

「情けないなぁ」

 自分の気持ちが不安定だから変な夢を見るのだろう。
 一気に強くなる魔法とかあればいいのにと、馬鹿なことを考える。
 技術力も精神面も、地道に努力するしかないのはわかっているのだが、ユールがあまりに遠すぎて焦らずにいられない。

 ユールを思い出したら、唐突にトートと仲良く話していた場面まで浮かんできてしまった。
 あの時の彼の笑顔が、どうしても頭から離れない。

 頼りない自分が悪いのだが、自分と一緒の時の彼は心配そうな顔をすることが多いのだ。
 せめて仕事くらいは安心して任せてもらえるようになって少しでも彼の杞憂を減らしたいと思った。

 それに、仕事でも魔法でも、何かに集中している間は胸の痛みを感じなくて済む。
 急がなくていいと言われた討伐参加の返事をしたのも、そんな情けない理由からだった。

 ユールはあの容姿と言動なので、色恋の噂など掃いて捨てるほどあるし、彼と親しいグレイも遊んでるような言い方をしていたが、トートに見せていた顔は一時の戯れという感じではなかったように思う。

 普段軽口ばかりでそうは見せなくとも、この数か月一緒に仕事をしていたリントは、彼が人一倍努力している事も、仕事に対してとても真摯なのも知っている。

 ちゃんと付き合うとなれば、トートの事も大切にしてくれるだろう。
 彼女もユールのことは好ましく思っているようだし、そう遠くない話だと思ったら、また勝手に胸が軋んだ。

「もっと頑張らないと」

 決意とは裏腹に、あまりに小さすぎる呟きは雨音に飲み込まれていった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

挙式後すぐに離婚届を手渡された私は、この結婚は予め捨てられることが確定していた事実を知らされました

結城芙由奈 
恋愛
【結婚した日に、「君にこれを預けておく」と離婚届を手渡されました】 今日、私は子供の頃からずっと大好きだった人と結婚した。しかし、式の後に絶望的な事を彼に言われた。 「ごめん、本当は君とは結婚したくなかったんだ。これを預けておくから、その気になったら提出してくれ」 そう言って手渡されたのは何と離婚届けだった。 そしてどこまでも冷たい態度の夫の行動に傷つけられていく私。 けれどその裏には私の知らない、ある深い事情が隠されていた。 その真意を知った時、私は―。 ※暫く鬱展開が続きます ※他サイトでも投稿中

多産を見込まれて嫁いだ辺境伯家でしたが旦那様が閨に来ません。どうしたらいいのでしょう?

あとさん♪
恋愛
「俺の愛は、期待しないでくれ」 結婚式当日の晩、つまり初夜に、旦那様は私にそう言いました。 それはそれは苦渋に満ち満ちたお顔で。そして呆然とする私を残して、部屋を出て行った旦那様は、私が寝た後に私の上に伸し掛かって来まして。 不器用な年上旦那さまと割と飄々とした年下妻のじれじれラブ(を、目指しました) ※序盤、主人公が大切にされていない表現が続きます。ご気分を害された場合、速やかにブラウザバックして下さい。ご自分のメンタルはご自分で守って下さい。 ※小説家になろうにも掲載しております

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

夫には愛人がいたみたいです

杉本凪咲
恋愛
彼女は開口一番に言った。 私の夫の愛人だと。

処理中です...