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30.約束の日
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あっという間にノエルと約束した日になってしまった。
その日、リントはかなり早い時間から待ち合わせ場所に来ていた。
本当に来てくれるか不安で、じっとしていられなかったのだ。
交渉材料については、散々悩んだ挙句、結局考えつかないという情けない状態だった。
とにかくお願いし倒すしかないと、意気込みだけは十分である。
ユールは今日、お休みだ。
今まで慣れないリントに合わせて休みを取ってくれていたのだが、外せない用事があったらしい。
お昼を別にすることをどう言ったものかと思っていたので、正直助かった。
木陰に座って丘陵を眺める。
別の草場へ行ったのか、魔羊の姿は見えなかった。
風が草花の香りを運んできて、癒されつつも、磯の香りが無いことに少し寂しさを感じてしまう。
心地よすぎて瞼が重くなりはじめた頃、馬がこちらへ近づいてくるのが見えた。
立ち上がり、敷いていたハンカチについた草をはらうと、きっちり姿勢よく立つ。
「こんにちは」
「よぉ」
馬を降りたノエルに挨拶する。
ノエルも軽く手をあげ、挨拶を返してくれた。
リントは早速腕輪の巻かれた手をノエルへ突き出す。
「約束通り、誰にも話してません」
「みたいだな」
同じようにノエルも腕輪を見せてくれた。
どちらの腕輪も切れていない。
「あの、私に魔法を教えてくださる件、考えてくださったでしょうか」
「……」
返事がない。
「ご迷惑なのは承知しています。でも、どうしても覚えたいんです。どうかお願いします!」
深々と頭を下げる。
「なんで?」
「え?」
「別にユールみたいになる必要はないだろ?『壁』を守るのだって十分立派な仕事だ。わざわざ戦闘に参加しなくても他の魔導士と同じようにしていればいい」
その言葉に、リントは昏い笑みを返した。
「出来ることを、出来ないと嘘をついて他の人間に押し付けるのは、怠慢だと思いませんか?」
ノエルは何も言わない。
理由があるにせよ、魔力を隠しているのは自分と同じだ。
言えるはずがない。
「私の先生は、子供を助けるために少し無茶な魔法を使って。それが原因で亡くなりました」
『あ、私の実家、港の近くなんです』とリントは明るい声で付け加える。
暗くなるのがわかっているので、なるべく重くならない様に心掛けた。
「元々御高齢でしたし、後で聞いたんですが、私の指導の為に普段からかなり体に負担がかかっていたのも理由だそうです。あの時、先生は絶対駄目だって私に魔法を使わせなかったけど、私が代わっていれば、たぶん亡くなることは無かった」
何度思い出しても、後悔以外の言葉が出ない。
「先生、亡くなる前ずっと私に謝っていました。私の魔力値が上がったのは自分のせいだって。だから私が犠牲になる必要はない。使えることは黙っていなさい。普通に、幸せにって」
『すまない』と、途切れながらも何度も口にする先生は、それでも、何があったのかは結局話してくれなかった。
リントが思い当たるのは、幼い頃に出したという高熱。
熱が引き、目を開けた時には、鮮緑の瞳に変わっていた。
当時、どんなに記憶を辿っても、目が覚めるまでの数日の事がなにひとつ思い出せなかった。
医者には熱による記憶障害だと言われた。
瞳の色も病気のせいだと。
全てが熱のせい。病気のせい。
けれど、本当にそうだったのだろうか。
「遺言だと思って、ずっと先生の言いつけ通りにしてきました。でも、私が討伐に参加すれば、隊の人たちが負傷する可能性は減りますよね?もちろん全部は無理でしょうけど、せめて自分のまわりにいる人だけでも助けたい、役に立ちたいって思うのはおかしいですか?」
自分の事なのに、自分でわからない。
ほんとうのことが、しりたい。
発している言葉と内の言葉がない交ぜになって、リントを煽る。
自分の目に涙が溜まってきているのを感じて、零れ落ちないよう必死に堪えた。
ノエルの顔が歪んで、表情が見えない。
「わかったよ」
「え」
しばらく沈黙が続いた後、聞こえたのは意外にも了承の言葉だった。
「教えてもいい」
「本当ですか!?」
「嫌なら別に―」
「嫌なわけないです!ありがとうございます!!」
素直にお礼を言ったリントだったが、内心とても複雑だった。
教えてもらえるのは嬉しい。
ほんとうに嬉しい。
飛び上がりたいくらいには喜んでいる。
ただ、あれほど嫌がっていたノエルの態度が急に翻ったのは納得がいかなかった。
今の話は、リントにとっては辛い過去でも、ノエルにとっては憐憫の情を覚えるほどのものではないはずだ。
この3日の間に何か心境の変化でもあったのだろうか。
「ただし!言っとくけど、俺がちゃんと習っていたのは13までだ。戦闘魔法だってこの前数年ぶりに使った。うまく教えられるかもわからない。それでもいいんだな」
「もちろんです。よろしくお願いします」
「わかった。教える条件は1つだけだ。俺が魔法を使えることは絶対喋るな」
「約束します。これは、ずっとしてればいいですか?」
「いや、それは今外す」
そう言って、ノエルは短刀を取り出す。
切られた草は、ぽとりと地面へ落ちた。
リントは残念そうに見やる。
「…可愛かったのに」
「子どものままごとだって言ったろ?長くはもたない。どっちにしろ、明日には解けてた」
だから、今日だったのか。
約束させる割に次に会うまでの期間が短いな、とは思っていたのだ。
「代わりに何かしなくていいですか?誓約書作ります?」
「いい。文字で残る方が厄介だ。それより調べたいことがある」
ノエルは内ポケットに手を入れ、細長い箱を取り出した。
「教えるなら、正しい魔力値を知っておきたい」
革の小物入れから出てきたのは、目盛のついたガラス製の細長い板だった。
下方に石が埋め込まれており、中は空洞になっている。
魔力値を測定する時に使う道具だ。
見るのは、専科に入学した時以来だった。
「使い方は?」
「わかります」
リントは測定器を受け取り、深く息を吸うと、埋め込まれている石に魔力を込めた。
その日、リントはかなり早い時間から待ち合わせ場所に来ていた。
本当に来てくれるか不安で、じっとしていられなかったのだ。
交渉材料については、散々悩んだ挙句、結局考えつかないという情けない状態だった。
とにかくお願いし倒すしかないと、意気込みだけは十分である。
ユールは今日、お休みだ。
今まで慣れないリントに合わせて休みを取ってくれていたのだが、外せない用事があったらしい。
お昼を別にすることをどう言ったものかと思っていたので、正直助かった。
木陰に座って丘陵を眺める。
別の草場へ行ったのか、魔羊の姿は見えなかった。
風が草花の香りを運んできて、癒されつつも、磯の香りが無いことに少し寂しさを感じてしまう。
心地よすぎて瞼が重くなりはじめた頃、馬がこちらへ近づいてくるのが見えた。
立ち上がり、敷いていたハンカチについた草をはらうと、きっちり姿勢よく立つ。
「こんにちは」
「よぉ」
馬を降りたノエルに挨拶する。
ノエルも軽く手をあげ、挨拶を返してくれた。
リントは早速腕輪の巻かれた手をノエルへ突き出す。
「約束通り、誰にも話してません」
「みたいだな」
同じようにノエルも腕輪を見せてくれた。
どちらの腕輪も切れていない。
「あの、私に魔法を教えてくださる件、考えてくださったでしょうか」
「……」
返事がない。
「ご迷惑なのは承知しています。でも、どうしても覚えたいんです。どうかお願いします!」
深々と頭を下げる。
「なんで?」
「え?」
「別にユールみたいになる必要はないだろ?『壁』を守るのだって十分立派な仕事だ。わざわざ戦闘に参加しなくても他の魔導士と同じようにしていればいい」
その言葉に、リントは昏い笑みを返した。
「出来ることを、出来ないと嘘をついて他の人間に押し付けるのは、怠慢だと思いませんか?」
ノエルは何も言わない。
理由があるにせよ、魔力を隠しているのは自分と同じだ。
言えるはずがない。
「私の先生は、子供を助けるために少し無茶な魔法を使って。それが原因で亡くなりました」
『あ、私の実家、港の近くなんです』とリントは明るい声で付け加える。
暗くなるのがわかっているので、なるべく重くならない様に心掛けた。
「元々御高齢でしたし、後で聞いたんですが、私の指導の為に普段からかなり体に負担がかかっていたのも理由だそうです。あの時、先生は絶対駄目だって私に魔法を使わせなかったけど、私が代わっていれば、たぶん亡くなることは無かった」
何度思い出しても、後悔以外の言葉が出ない。
「先生、亡くなる前ずっと私に謝っていました。私の魔力値が上がったのは自分のせいだって。だから私が犠牲になる必要はない。使えることは黙っていなさい。普通に、幸せにって」
『すまない』と、途切れながらも何度も口にする先生は、それでも、何があったのかは結局話してくれなかった。
リントが思い当たるのは、幼い頃に出したという高熱。
熱が引き、目を開けた時には、鮮緑の瞳に変わっていた。
当時、どんなに記憶を辿っても、目が覚めるまでの数日の事がなにひとつ思い出せなかった。
医者には熱による記憶障害だと言われた。
瞳の色も病気のせいだと。
全てが熱のせい。病気のせい。
けれど、本当にそうだったのだろうか。
「遺言だと思って、ずっと先生の言いつけ通りにしてきました。でも、私が討伐に参加すれば、隊の人たちが負傷する可能性は減りますよね?もちろん全部は無理でしょうけど、せめて自分のまわりにいる人だけでも助けたい、役に立ちたいって思うのはおかしいですか?」
自分の事なのに、自分でわからない。
ほんとうのことが、しりたい。
発している言葉と内の言葉がない交ぜになって、リントを煽る。
自分の目に涙が溜まってきているのを感じて、零れ落ちないよう必死に堪えた。
ノエルの顔が歪んで、表情が見えない。
「わかったよ」
「え」
しばらく沈黙が続いた後、聞こえたのは意外にも了承の言葉だった。
「教えてもいい」
「本当ですか!?」
「嫌なら別に―」
「嫌なわけないです!ありがとうございます!!」
素直にお礼を言ったリントだったが、内心とても複雑だった。
教えてもらえるのは嬉しい。
ほんとうに嬉しい。
飛び上がりたいくらいには喜んでいる。
ただ、あれほど嫌がっていたノエルの態度が急に翻ったのは納得がいかなかった。
今の話は、リントにとっては辛い過去でも、ノエルにとっては憐憫の情を覚えるほどのものではないはずだ。
この3日の間に何か心境の変化でもあったのだろうか。
「ただし!言っとくけど、俺がちゃんと習っていたのは13までだ。戦闘魔法だってこの前数年ぶりに使った。うまく教えられるかもわからない。それでもいいんだな」
「もちろんです。よろしくお願いします」
「わかった。教える条件は1つだけだ。俺が魔法を使えることは絶対喋るな」
「約束します。これは、ずっとしてればいいですか?」
「いや、それは今外す」
そう言って、ノエルは短刀を取り出す。
切られた草は、ぽとりと地面へ落ちた。
リントは残念そうに見やる。
「…可愛かったのに」
「子どものままごとだって言ったろ?長くはもたない。どっちにしろ、明日には解けてた」
だから、今日だったのか。
約束させる割に次に会うまでの期間が短いな、とは思っていたのだ。
「代わりに何かしなくていいですか?誓約書作ります?」
「いい。文字で残る方が厄介だ。それより調べたいことがある」
ノエルは内ポケットに手を入れ、細長い箱を取り出した。
「教えるなら、正しい魔力値を知っておきたい」
革の小物入れから出てきたのは、目盛のついたガラス製の細長い板だった。
下方に石が埋め込まれており、中は空洞になっている。
魔力値を測定する時に使う道具だ。
見るのは、専科に入学した時以来だった。
「使い方は?」
「わかります」
リントは測定器を受け取り、深く息を吸うと、埋め込まれている石に魔力を込めた。
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