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5.扉の向こう側

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「すごい…」

 扉を抜けた先、その光景に、リントの口から無意識に言葉がこぼれた。

「ここまで揃うと壮観だよね」

 美しさに圧倒され、つい入口で立ち止まってしまったリントを、邪魔にならない場所まで誘導しながら、ユールが頷く。

 体育館のようにただただ広い部屋の床には、無数の魔法陣が刻まれていた。
 それぞれ陣の中央に細い銀の棒が立ててある。
 魔法陣は魔力を通すと淡い光を放つのだが、何十人もの人間が一斉に発動しているので、部屋の中はあふれんばかりの光に満たされて、幻想的な雰囲気を醸し出していた。

 魔力量の少なさを補ってくれる魔法陣は、この国の魔導士には必須道具だ。
 直接魔力で描くと時間がかかるため、何度も使う陣は事前に描いておくのが定石となっている。
 転移魔法の場合、出入り口共に同じ陣がないといけないので、行先が増えれば陣も増えるのは必然だった。
 1つの陣で色々なところに行けたら楽だとは思うが、こればかりは今後の研究に期待するしかない。

 光と共に消えていく人を横目に見ながら、リントはユールの後ろに続いて部屋の奥へと歩みを進めた。
 奥から2列目の真ん中ほどでユールが足を止める。

「俺たちの担当はココ」

 ユールが足を止めた先にある魔法陣の下に、『ヤトル区・国境』と刻んである。
 ヤトル区といえば、牧草地だ。牧畜が盛んで、近年は魔獣の飼育も積極的に行っているという。普段お目にかかれないような動物や魔獣に会えるかもしれない。
 リントは初めて行く場所への期待が内で大きく膨らむのを感じた。
 
「…っふ」

 なぜか、横でユールが笑いをこらえていた。
 リントの視線に気がついて、ばつの悪そうな顔をする。

「ごめん。ちょっと、その顔。うちの猫思い出して…っく」

 意味が分からない。と言いたいところだが、期待が表情かおに現れていたのだろう。
 気恥ずかしいので、話題を変える。

「猫、飼っていらっしゃるんですね」
「15才くらいだから、おばあちゃんだけど。アンバーっていうんだ」
「瞳の色からですか?」
「そう。子供の頃だから、見たままつけちゃって。猫、好き?」
「そうですね。猫も犬も好きですよ」
「魔獣に興味あるくらいだもんね」

 逸らしたつもりが、戻された。
 含み笑いのおさまらないユールを軽く睨むと、ようやく止まる。
 コホン、とわざとらしく咳をした後、真面目な顔つきに変わった。

「2人で飛ぶのは?」
「専科の実習で何度か」
「じゃぁ、お任せしようかな」
「あの、ユール先輩、そんなに近づかなくても」

 ユールの手は、エスコートする時のように、リントの腰に回っている。

「ん?密着してたほうが失敗しないでしょ」
「手で十分ですから」

 確かに魔力量と運べる重さは比例する。
 術者に触れている面積が大きいほうが安定するのも事実である。
 だが、エスコートに慣れていない人間に、この密着度はかえって集中できない。

「リントは魔力値高いんだね。いくつ?」

 リントの望みに従って腰から離された手が、左手に絡まる。
 お互いの指を絡める握り方に、再度異を唱えたくなったが、やめた。
 魔力値を尋ねられたので、自分の技量が心配なのかもしれないと思ったからだ。
 履歴書は確認されているものと思っていたので、少し意外だった。

「…ご存じなんじゃないですか?」
「上司でもないのに、知らないよ。ちなみに、俺は10段階で3。100だと32。魔導士としては低いでしょ」

 真意を探るように問い返したリントに、ユールは気にした様子もなく、答えた。
 自分の数値の自己申告付きだ。
『低い』といった声に自嘲めいた響きを感じたが、気づかないふりをした。

 魔導士試験の受験資格は2以上からだが、平均は4だ。
 正直、4でも他国では一般庶民程度だが、ここではかなり高い。
 属性持ちなど、伝説の域である。

「10段階の4です」
「魔導士としては、やっぱり4は欲しいよね」
そうですね、とリントは曖昧に笑った。

「そろそろ行きますね」
 話の切れ目を感じ、リントは意識を魔法陣へ集中する。
 垂直に立つ細い棒を右手で握り、そこから魔力を下へ落としていく。

 直接魔法陣に触れる方法でも魔力は込められるので、棒は特段必要としないのだが、年配になると屈むのはつらいと聞くからそのせいかもしれないと、流れていく光を目で追いながら思った。

 光が全ての線になじみ、ふわりと優しい光が2人を包み込む。
 姿は掻き消え、淡い光だけがその場に残されていた。
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