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3.苦い思い出
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「そういえば、結局都内に引っ越したの?」
「うん。さすがに社会人になってまで『通い』もどうかと思って」
リントたちの故郷は、首都から100㎞ほど離れた港町である。
本当は専科に入ったときに引っ越すつもりだったが、兄に大反対されて、『通い』で通学していたのだ。
『通い』は魔導士科だけの特権だ。ようするに転移魔法である。
家から学舎へ直接行けるなら楽だっただろうが、転移の魔法陣は国の管理下にあるので、毎朝歩いて40分かかる区役所まで行かなければならなかった。
生活費のことを盾にされて仕方なく同意したのだが、朝は早く起きなければいけないし、せっかく都会にいるのに気軽に遊びにも行けず、なかなかにつらい思い出だったりする。
「よく許してくれたね、お兄さん」
「学生の時と違って、自分で払うから強く言えなかったみたい。借りる家は色々条件出されたし、定期連絡も必ず入れるっていう約束付きだけど」
「過保護は相変わらずなのね…」
リリーの瞳に同情の色が濃く映る。
年の離れたリントの兄が過保護なのは、友達の間では有名だった。
学生時代に却下された一人暮らしも、費用は建前で、本当は女の一人暮らしが心配なだけだったらしい。
しばらく兄と口を聞かなかったら、見かねた母がそっと教えてくれた。
ただ、兄がいつからこんなに過保護になったのかが、リントにはどうしても思い出せなかった。
幼い頃のリントの記憶の中では、兄は後をついていきたがるリントを置いてさっさと遊びに行ってしまうような人だったからだ。
思春期になると、あまりの煩わしさに何度か理由を聞いたこともあるのだが、『兄が妹の心配をするのは当たり前だ』の一点張りで、結局わからず仕舞いだった。
「兄さんの話はおしまい。それよりリリーは?何かないの?」
「ん―。特にこれといって…あ、最近会長のところに来るお客さんですごくかっこいい人がいて―」
見た目もさることながら、来るたびに流行りのお菓子を持ってきてくれるらしい。
女性に対する気遣いが半端なくて、彼が来た日は受付の子たちが上機嫌になるそうだ。
ぽんっ、とユールの姿が頭に浮かんだ。
都市に住む男性はそんな人ばかりなのだろうか。
疑問をそのままリリーに問いかけたら、『資産家のご子息とかだと思う』と言われた。
隣国が王政なので、財閥や高官の家などは、小さいころから貴族対応を学んでいる人が多いらしい。
ユールもそういったところの出自なのかもしれない。
気さくな先輩が、いきなり遠くに感じられた。
そこまで考えて、ふと気づく。
ただの先輩に、遠いも近いもないではないか。
たとえ、ユールの実家が名家であったとしても、自分には関係のないことだ。
思考がおかしな方向へ行ってしまったのは、リリーの話を聞いていたせいに違いない。
余計な考えをふりきるように、リントは目の前の料理に集中した。
そのあとは、食べて、飲んで、とりとめのない話をたくさんした。
初日の気疲れは、リントが思っていたよりも重かったらしい。
明日も仕事なので早めの解散となったが、久しぶりの友人との会話は、そんなリントの気持ちを、とても軽くしてくれたのだった。
「うん。さすがに社会人になってまで『通い』もどうかと思って」
リントたちの故郷は、首都から100㎞ほど離れた港町である。
本当は専科に入ったときに引っ越すつもりだったが、兄に大反対されて、『通い』で通学していたのだ。
『通い』は魔導士科だけの特権だ。ようするに転移魔法である。
家から学舎へ直接行けるなら楽だっただろうが、転移の魔法陣は国の管理下にあるので、毎朝歩いて40分かかる区役所まで行かなければならなかった。
生活費のことを盾にされて仕方なく同意したのだが、朝は早く起きなければいけないし、せっかく都会にいるのに気軽に遊びにも行けず、なかなかにつらい思い出だったりする。
「よく許してくれたね、お兄さん」
「学生の時と違って、自分で払うから強く言えなかったみたい。借りる家は色々条件出されたし、定期連絡も必ず入れるっていう約束付きだけど」
「過保護は相変わらずなのね…」
リリーの瞳に同情の色が濃く映る。
年の離れたリントの兄が過保護なのは、友達の間では有名だった。
学生時代に却下された一人暮らしも、費用は建前で、本当は女の一人暮らしが心配なだけだったらしい。
しばらく兄と口を聞かなかったら、見かねた母がそっと教えてくれた。
ただ、兄がいつからこんなに過保護になったのかが、リントにはどうしても思い出せなかった。
幼い頃のリントの記憶の中では、兄は後をついていきたがるリントを置いてさっさと遊びに行ってしまうような人だったからだ。
思春期になると、あまりの煩わしさに何度か理由を聞いたこともあるのだが、『兄が妹の心配をするのは当たり前だ』の一点張りで、結局わからず仕舞いだった。
「兄さんの話はおしまい。それよりリリーは?何かないの?」
「ん―。特にこれといって…あ、最近会長のところに来るお客さんですごくかっこいい人がいて―」
見た目もさることながら、来るたびに流行りのお菓子を持ってきてくれるらしい。
女性に対する気遣いが半端なくて、彼が来た日は受付の子たちが上機嫌になるそうだ。
ぽんっ、とユールの姿が頭に浮かんだ。
都市に住む男性はそんな人ばかりなのだろうか。
疑問をそのままリリーに問いかけたら、『資産家のご子息とかだと思う』と言われた。
隣国が王政なので、財閥や高官の家などは、小さいころから貴族対応を学んでいる人が多いらしい。
ユールもそういったところの出自なのかもしれない。
気さくな先輩が、いきなり遠くに感じられた。
そこまで考えて、ふと気づく。
ただの先輩に、遠いも近いもないではないか。
たとえ、ユールの実家が名家であったとしても、自分には関係のないことだ。
思考がおかしな方向へ行ってしまったのは、リリーの話を聞いていたせいに違いない。
余計な考えをふりきるように、リントは目の前の料理に集中した。
そのあとは、食べて、飲んで、とりとめのない話をたくさんした。
初日の気疲れは、リントが思っていたよりも重かったらしい。
明日も仕事なので早めの解散となったが、久しぶりの友人との会話は、そんなリントの気持ちを、とても軽くしてくれたのだった。
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