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1.初登庁

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「本日付けで配属になりました、ロスティア・リントと申します。よろしくお願いいたします」
 
 朝礼で課長から紹介されたリントは、型通りの挨拶とともに丁寧にお辞儀をした。
 歓迎の拍手が聞こえたところでゆっくりと顔を上げ、にこやかに笑む。
 これから長くお世話になる予定の職場だ。第一印象はなるべく良くしたい。

 服は無難な黒のリクルートスーツにヒール低めのプレーンパンプス。
 胸まである薄茶のロングヘアは、大人っぽさを意識してローシニヨンにまとめてある。
 化粧も普段の3分コースではなく、しっかり時間をかけたナチュラルメイクだ。

 ちなみに、今ほど挨拶を終えたリントの就職先は、『魔導士庁』という国家機関のひとつである。

 近隣諸国に比べ、リントの住む国は国民の魔力量が圧倒的に少ない。
 はっきりしたことは判っていないが、周辺の遊牧民と少数民族達が結束して建国したという話が残っており、血が混じりすぎたからではないかというのが定説となっている。

 列強に屈することなく今まで生き残ってこられたのは、魔力に依存しない政策と独自の技術力を駆使して発展してきたからだ。
 それなりに成功を収めているのだが、未だ『魔力完全不使用』には至っておらず、頼らざるを得ないところがあるのも事実であり、魔導士庁は、そのための魔力保持者確保と、保護を目的として創設された機関であった。

 幸か不幸か、リントはその希少な魔力保持者だった。
 周りの期待を振り切れるほどの意志も、なりたいものもなかったリントは、望まれるままに魔導士の道を目指した。

 正直、何度も止めたくなったことはある。
『魔導士』は専門資格だ。
 魔力保持者でも、魔導士になるには試験に合格しなければいけない。
 そして、その試験はそれなりに難しい。

 だが、一般家庭で育ったリントにとって、破格の待遇を得られる『魔導士』という肩書はやはり魅力的だった。
 もちろん、自分なりに努力はしてきたつもりだが、成績は常に中の下あたりを彷徨っていた。
 実技はそれなり、座学は底辺の自分に対し、根気よく教えてくれた先生には感謝しかない。
 おかげで無事魔導士試験に合格したリントは、こうして初登庁の日を迎えている。

「ナファルくん」

 一瞬、ここへたどり着くまでの色々が走馬灯のように過り、感慨に浸ってしまいそうになったリントだったが、課長の声で気を引き締めなおす。

 朝礼の後、それぞれが仕事のために散っていく中、若い男性がこちらへ向かってくるのが見えた。

 課長が『ナファル』と呼んだ人物だろう。
 濃いグリーンアッシュのミディアムヘアにカッパーの瞳で、人受けの良さそうな顔立ちをしている。
 身長も、かなり高い部類ではないだろうか。
 見るからに高級そうなスーツがよく似合っていた。
 
「彼はナファル・ユール。業務については彼について覚えてもらうことになります」
「初めまして。ナファル・ユールです。よろしく」

 課長の紹介を受け、リントから人一人分あけて止まったナファルが爽やかな笑顔とともに手を前に差し出してきた。

「こちらこそ、よろしくお願いします」

 軽く手を添えて握手をする。
 課長はナファルにいくつか言づけた後、『頼みましたよ』と言って、部屋を後にした。

「…あ―、やっと行った」

 課長の後ろ姿が見えなくなったと同時に、頭上から呟きが落とされた。
 聞き間違いかとも思ったが、声の主を見ると屈託のない笑顔で『堅苦しいの苦手なんだよね』と、さらりと言われる。
 どうもこちらが地のようだ。
『頼りになる大人の男性』という第一印象はあっさり崩れてしまった。
 両手を組み、くーっと上に伸ばしている。
 
「年も近いし、リントも楽に話して。久しぶりに新人が来るっていうから、ずっと楽しみにしてたんだ。やっと後輩ができて嬉しいよ。うちの仕事、慣れるまでちょっと大変だと思うけど、ちゃんとフォローするし、遠慮せずなんでも聞いて」
「ええと…」
 
 いきなりの名前呼びにどう対応していいのかわからない。
 対人距離が、往来でナンパしてくる人みたいだと思ったが、特有の嫌な感じは受けなかったので、『人懐こい犬』のほうが合うかもしれないと思い直した。
 評価があがったのか、さがったのかは微妙なところだが。

「俺のことはユールって呼んで」

 リントが言い淀んだのを、呼び方を悩んでのことと思われたらしい。

「わかりました。ユールさん」
「呼び捨てでいいのに」
「目上の方を呼び捨てにするのは恐れ多いです」
「じゃあ、ユール先輩は?どう??」

 とてつもなく、期待に満ちた目で見られている。
 うっかり『かわいい』と思ってしまった。

 リントは確信した。
 この人は自分の容姿の使い方をよく知っている。

「では、ユール先輩で」
「ありがとう!いいね、『先輩』って響き」

 顔が作れなくなってきたリントに対し、ユールは今日一番の笑顔で返したのだった。
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