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コールオブホーリーガール
グレイグとの戦い
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クレールが地下へとたどり着くと、そこには異様な光景が広がっていた。
鍾乳洞の奥、そこに鎮座するのは10mを超える巨大な体躯に、鋼鉄の鎧に身を纏った人型のレガシー。
そしてそのレガシーの足元には、全身金ピカに光る小太りの男と、ボロボロの布だけを身につけた初老の男性が
倒れている。
外見的特徴から察するに、小太りの男はダルハザであり、初老の男性が、アイシャの父親であるグレイグだろう。
胸元の巨大な赤い球体は、ヤッコの話で聞いた通りであり、それが鉄の魔王であることをクレールは悟る。
だが、ヤッコの言葉と違うことがあるとすれば。
封印されている筈の魔王が、上記のようなものを吹き出し駆動音を響かせていること。
魔王が起動している、クレールはそう理解する。
「封印が!? どどど、どうしよう!!?」
クレールは慌てて銃を引き抜き、装甲の内側から見えるコアを撃とうとするが。
「無駄だよ、クレール」
鍾乳洞の奥、暗闇から聞き覚えのがある男の声が響く。
「!!!!!」
その声に、クレールの心臓がドクンと跳ねる。
聞き間違えるはずもなく、それでいて聴こえる筈のないその懐かしい声。
「グレイグ?」
それは紛れもない勇者グレイグの声であり、クレールの声に呼応するように、闇の中から勇者は姿を現した。
「久しぶりだねクレール。随分と楽しくやってたみたいじゃないか。噂は聞こえてたよ、どっかの学者の娘と相変わらず鉄屑あさりをしてるってね」
小馬鹿にするようにグレイグは鼻でクレールのことを笑う。
そんな態度と追放をされた時の記憶に、クレールは少し言葉に詰まるが、一つ深呼吸をして努めて冷静に言葉を返す。
「お陰様でね。 それより、なんでグレイグがここにいるのさ? 一人? 他の仲間たちはどうしたの??」
クレールには悪気も皮肉をいうつもりもなかった。
なぜここにグレイグがいるのかは分からないが、魔王が起動した今敵対することは得策ではないと判断し、出来るだけクレールは当たり障りのない質問を投げかけた。
だがそれは結果として盛大な地雷を踏み抜くことになってしまった。
新聞や勇者に対する情報を無意識に絶っていたことがその時ばかりは災いをした。
魔王を倒せず、仲間に見捨てられ、自信を失い落ちぶれてしまった勇者であるグレイグにとってその言葉は最大の皮肉であり、グレイグはクレールを睨みつける。
「随分と言うようになったじゃんかよ。追い出された分際でよ」
「え? え?? な、なんで怒ってんのグレイグ!?」
「うるさい!! お前、ここにいるってことは俺の邪魔をしに来たんだよな? この前のどっかのクソ野郎みたいに、俺から魔王討伐の功績を奪うつもりなんだろ!!」
「功績を奪う? え? ちょっとなんのこと?」
「しらばっくれんじゃねえよ! どいつもこいつも、勇者である俺を馬鹿にしやがって! お前も俺を馬鹿にしてんだろ? 俺に倒せるなら、自分でも倒せるって、俺を舐めてんだろ!! だから、一人でこんなところにノコノコやってきたんだろ!! えぇ!? バカにするのも大概にしろよな、たかが機工術師が、魔王を倒せるなんて……」
怒りを隠すこともなく剣を抜き始めるグレイグ。
しかし、グレイグが何に怒っているかすら見当もつかないクレールは半ば混乱をしながらも、致命的な勘違いをする。
「え、あ、え!? よ、よく分からないけど、もしかしてこの前獲物を横取りしちゃったのを怒ってるの!?」
「……は? クレール、お前何言って……横取りって?」
「そ、その件に関しては悪かったよ。ただの試し打ちのつもりだったんだけど、意外とあのおっきな魔物が脆くて、で、でもでも、うちのギルドマスターから試し打ちぐらいなら構わないって許可ももらってたし……そんな横取りって言われても」
「お前が、倒した? あの怪物をか?」
「え? あ、うん。 新しいライフルが手に入ってさ。ダネルっていうレガシーで、この弾丸がすごい威力でさ!」
昔の友人に話しかけるように、クレールは次々に地雷を踏み抜いていく。
これが、話す相手が赤の他人ならばグレイグも特に何も言わなかっただろう。
ただのほら話と処理をして取り合うことすらあり得ない。
だが、その与太話を語るのがクレールだからこそ、グレイグはそれがすべて真実であると思い知らされてしまう。
クレールはそんな嘘をつくような人間ではない。
長い付き合いだったからこそ、その真実をグレイグは突き付けられる。
「クレール、どういう事だよ? お前が、あの怪物を倒したって?」
「え、あ、うん。えと。その、ゴメンって。まさか私に倒せるなんて思ってなくて!? で、でもでも! 私に倒せるぐらいだったんだし、あの程度、グレイグだったら簡単に倒せ……」
「お前まで! 俺を馬鹿にするのかクレール!!」
「へ?」
悪意のなさ、そしてこんなことぐらい出来て当たり前という謙遜がグレイグの神経を逆撫でする。
突き詰めればすべてグレイグの自業自得である。
この激昂はただの八つ当たりでしかなかったが。
そんなことすら気づけないほど、グレイグの精神は限界を迎えていた。
「殺し、殺してやる!!殺してやる!!! お前さえ、お前さえいなければ! 全部、全部お前が悪いんだ!!」
泣きそうな表情で剣を振り上げ、グレイグはクレールに切り掛かる。
その剣は氷の魔王すら切り裂き、幾多の伝説を作り上げてきた破魔の刃。
その一閃はおおよそ一人の女性に、ましてやかつての仲間に向けて良いような殺気と鋭さではなく。
悍ましいほどの憎悪と殺意を向けてクレールを殺そうと襲い掛かるが。
「ちょ!? や、やめてよグレイグ! な、それ洒落にならないって!」
その一閃を、クレールはあっさりと後ろに飛んで回避する。
「!? 避けたか、だがこれならどうだ!!」
追いかけるようにグレイグは剣を大きく振りかぶり、さらに一閃を叩き込む。
だが。
「あー!? もう!! どうしちゃったのさグレイグ!! そりゃ、獲物の横取りは悪かったけど、共同戦線だったんだから別に怒られることしてないだろー!?」
振るわれる刃を、クレールはあっさりとかわしつづける。
その様子はどこか余裕すらも感じられ、グレイグの苛立ちはさらに積み重なっていく。
「なんなんだよ! なんで当たらないんだ!」
「いや、そんな大振りの攻撃当たるわけないでしょ!?
大型の魔物じゃないんだよ私は!」
「!!?」
だが、それは当然の話だ。
グレイグの大剣は身の丈ほどの大きさがあり、しかも扱う剣術のほとんどは魔王のような巨大な存在を相手にすることを想定した威力重視の鈍重な一撃ばかり。
もちろん、その膨大な力とスペックから、大抵の人間なら圧倒することが可能ではあるが。
武術に精通し、加えて長年その動きを見続けてきたクレールにとっては、怒りに身を任せたグレイグの一撃は、子供の棒振り遊びと大差なく映ってしまう。
もちろん、それはグレイグにも言えることだが。
ここにきて、クレールを軽んじたツケをグレイグは払うことになったのだ。
「そん、ふ、お、ま!?」
そのことを理解したグレイグは、怒りに言葉すらも忘れかけて激昂する。
「あー、うそ。なんか私。すごい今地雷踏んじゃった?」
今更である。
「があああああ!!!殺す殺す殺す殺す!」
もはや人間ではなく怪物に近い咆哮を上げながら、グレイグはクレールへと突進する。
恥も外聞も、勇者としての矜持も全てを失ったその疾駆は、偶然だがゴブリンが逃げ出す時の走り方に近く。
「……うーん、埒があかないなぁ」
クレールは仕方がないとため息をついて、グレイグの元へと走ると。
「!?」
「ごめんね」
振り下ろされた剣をかわして、ちょんと足を引っ掛ける。
「あっべぶら!!?」
空振りに加え、姿勢を崩されたグレイグにはなす術もない。
ただ頭から岩だらけの地面に突っ込み、獣の唸り声のような奇声をあげてその場に転がる。
誰がどう見ても、見るも無惨な光景であったが、誉められるところがあるとすれば勇者としての誇りか、巨大な剣を手放さなかったことだろう。
まぁ。
「まったく。こんな狭いところでこんな危ないもの振り回して。ちょっと折らせてもらうぞ」
その剣もあっさりとへし折られてしまうのだが。
「な!?何を!?」
クレールはフンと少し怒ったような表情で鼻を鳴らすと、勇者の剣の等身を足で踏み、その横腹にウィンチェスターの銃口を押し当てる。
「えい!」
当然中に入ってるのは散弾ではなくスラッグ弾。
引き金を引くと、轟音と同時にあっさりと勇者の剣は真っ二つにへし折られる。
「そんな!!? 剣が、勇者の剣が!!?」
「なんだよー。剣ぐらいすぐに直せるだろ? 昔なんてしょっちゅうへし折れてたじゃないか」
そう、たしかに剣は直せる。
だが、グレイグが声を上げたのは、紛れもない完全敗北を喫したからに他ならない。
火力不足、役立たず、そう言って追放した相手に無様に敗北し、勇者の剣すら折られたのだ。
プライドも何もかもがガラガラと音を立てて崩れ落ちていき、グレイグはその場にへたり込む。
「負けた、俺が負けた。なんで、なんで勝てない? 俺は、俺は選ばれた勇者のはずなのに」
「いや、元々グレイグは人と戦う訓練してないだろ。そういうのは元々私の仕事。忘れちゃったの?」
呆れたようにそういうクレールであったが、勿論忘れたわけではない。
ただ、Aランク冒険者になって以降、人との戦いをしてこなかった事に加え、勇者としてもう誰にも負けられないという思いが、グレイグを追い詰めていた。
たしかに今までは敗戦を重ねてはいたが、相手は魔王。
心のどこかで負けても仕方がないという思いが、自分が弱いのではないかという疑問を隠してくれていた。
だが、役立たずと追放した相手にこうもあっさりやられてしまい、誇りでもある勇者の剣すらあっさりとへし折られたのだ。
剣は直せるかもしれないが、グレイグはプライドも自分への信頼も全てが消え去り。
「う、うぅ、うあああぁぁああ」
勇者としての重圧にあっさりと心が押し潰され、子供のように泣き出してしまう。
「ちょ!? ちょっと!!急に泣き出すなよグレイグ!? どうしちゃったのさ!」
「俺は、俺は勇者なのに、魔王を倒して世界を平和にしなきゃいけないのに、全然勝てなくて……みんな、みんな俺に失望してくんだ。俺だって頑張ってるのに、勇者失格だって、みんな俺を見捨ててく!」
「グレイグ……」
大粒の涙を流しながら叫ぶグレイグ。
その姿にクレールはグレイグが今までどれだけの重圧に耐えてきたのかを悟る。
追い出された怒りや、自業自得じゃないか、という気持ちはもちろんあったが。
「よしよし、そっか……大変だったねグレイグ。でも、そんな気を落とすなって、ドンマイドンマイ。 人間、調子が出ない時だって幾らでもあるんだし。 グレイグは強いし勇者なんだ! いくらでも見返してやれるって!!」
グレイグは自分を追放し役立たずの烙印を押した相手だ。
だけど辛そうにしている姿にクレールはついつい慰めの言葉をかけてしまう。
自分でもお人好しだなと呆れながらも、クレールは銃をしまって優しく旧友を励ますように肩を叩く。
「……うぅ、ううぅぅう」
啜り泣くグレイグ。
すっかり心が折れてしまったその姿に、クレールは質問をする。
「どうしてこんなことしたのさ? 勇者が押し入り強盗みたいな真似して、封印された魔王に何をしたんだ?」
「うぅ、魔王が、魔王がここにいるってアリサが調べてくれたんだ。 魔王を復活させて、俺が倒せば、またみんなが俺を見直してくれるって」
「だからって、こんな街のど真ん中で魔王を復活させたらとんでもないことになるだろ? みんなを守る勇者が、みんなを危険に晒してどうするのさ」
「……うぅ」
クレールの言葉に、グレイグは俯きながら力なくうぅと呟く。
そんなことはわかっていたが、やらざるを得ないほど追い詰められていたと言うことだろう。
思えば、友達だった自分を追放するなんて言い出した時から、グレイグは少しずつおかしくなっていたのだろう。
「まったく。 このことは内緒にしといて上げるから、こんな作戦中止して、また一から頑張ろう? 私は今トンディを手伝ってるから仲間には戻れないけど、手伝いぐらいはできるからさ」
うずくまるグレイグにそう言って手を差し伸べるクレール。
「クレール、俺は、クレールにひどいことをしたのに、許してくれるのか?」
「まぁ、すごい落ち込んだし私だって辛かったけど。 でもまぁ、そのおかげでトンディに会えたし。特別だぜ?」
悪戯っぽく笑ってほらとグレイグに再度手を差し伸べるクレール。
その笑顔は、グレイグと共に旅をしていた時によく見せた無邪気な笑顔であり。
その手を思わずグレイグは取ろうとするが。
【ダークバインド!!!】
「なっ!? え!?」
不意に現れた魔術の縄により、クレールはその体を拘束されたのであった。
鍾乳洞の奥、そこに鎮座するのは10mを超える巨大な体躯に、鋼鉄の鎧に身を纏った人型のレガシー。
そしてそのレガシーの足元には、全身金ピカに光る小太りの男と、ボロボロの布だけを身につけた初老の男性が
倒れている。
外見的特徴から察するに、小太りの男はダルハザであり、初老の男性が、アイシャの父親であるグレイグだろう。
胸元の巨大な赤い球体は、ヤッコの話で聞いた通りであり、それが鉄の魔王であることをクレールは悟る。
だが、ヤッコの言葉と違うことがあるとすれば。
封印されている筈の魔王が、上記のようなものを吹き出し駆動音を響かせていること。
魔王が起動している、クレールはそう理解する。
「封印が!? どどど、どうしよう!!?」
クレールは慌てて銃を引き抜き、装甲の内側から見えるコアを撃とうとするが。
「無駄だよ、クレール」
鍾乳洞の奥、暗闇から聞き覚えのがある男の声が響く。
「!!!!!」
その声に、クレールの心臓がドクンと跳ねる。
聞き間違えるはずもなく、それでいて聴こえる筈のないその懐かしい声。
「グレイグ?」
それは紛れもない勇者グレイグの声であり、クレールの声に呼応するように、闇の中から勇者は姿を現した。
「久しぶりだねクレール。随分と楽しくやってたみたいじゃないか。噂は聞こえてたよ、どっかの学者の娘と相変わらず鉄屑あさりをしてるってね」
小馬鹿にするようにグレイグは鼻でクレールのことを笑う。
そんな態度と追放をされた時の記憶に、クレールは少し言葉に詰まるが、一つ深呼吸をして努めて冷静に言葉を返す。
「お陰様でね。 それより、なんでグレイグがここにいるのさ? 一人? 他の仲間たちはどうしたの??」
クレールには悪気も皮肉をいうつもりもなかった。
なぜここにグレイグがいるのかは分からないが、魔王が起動した今敵対することは得策ではないと判断し、出来るだけクレールは当たり障りのない質問を投げかけた。
だがそれは結果として盛大な地雷を踏み抜くことになってしまった。
新聞や勇者に対する情報を無意識に絶っていたことがその時ばかりは災いをした。
魔王を倒せず、仲間に見捨てられ、自信を失い落ちぶれてしまった勇者であるグレイグにとってその言葉は最大の皮肉であり、グレイグはクレールを睨みつける。
「随分と言うようになったじゃんかよ。追い出された分際でよ」
「え? え?? な、なんで怒ってんのグレイグ!?」
「うるさい!! お前、ここにいるってことは俺の邪魔をしに来たんだよな? この前のどっかのクソ野郎みたいに、俺から魔王討伐の功績を奪うつもりなんだろ!!」
「功績を奪う? え? ちょっとなんのこと?」
「しらばっくれんじゃねえよ! どいつもこいつも、勇者である俺を馬鹿にしやがって! お前も俺を馬鹿にしてんだろ? 俺に倒せるなら、自分でも倒せるって、俺を舐めてんだろ!! だから、一人でこんなところにノコノコやってきたんだろ!! えぇ!? バカにするのも大概にしろよな、たかが機工術師が、魔王を倒せるなんて……」
怒りを隠すこともなく剣を抜き始めるグレイグ。
しかし、グレイグが何に怒っているかすら見当もつかないクレールは半ば混乱をしながらも、致命的な勘違いをする。
「え、あ、え!? よ、よく分からないけど、もしかしてこの前獲物を横取りしちゃったのを怒ってるの!?」
「……は? クレール、お前何言って……横取りって?」
「そ、その件に関しては悪かったよ。ただの試し打ちのつもりだったんだけど、意外とあのおっきな魔物が脆くて、で、でもでも、うちのギルドマスターから試し打ちぐらいなら構わないって許可ももらってたし……そんな横取りって言われても」
「お前が、倒した? あの怪物をか?」
「え? あ、うん。 新しいライフルが手に入ってさ。ダネルっていうレガシーで、この弾丸がすごい威力でさ!」
昔の友人に話しかけるように、クレールは次々に地雷を踏み抜いていく。
これが、話す相手が赤の他人ならばグレイグも特に何も言わなかっただろう。
ただのほら話と処理をして取り合うことすらあり得ない。
だが、その与太話を語るのがクレールだからこそ、グレイグはそれがすべて真実であると思い知らされてしまう。
クレールはそんな嘘をつくような人間ではない。
長い付き合いだったからこそ、その真実をグレイグは突き付けられる。
「クレール、どういう事だよ? お前が、あの怪物を倒したって?」
「え、あ、うん。えと。その、ゴメンって。まさか私に倒せるなんて思ってなくて!? で、でもでも! 私に倒せるぐらいだったんだし、あの程度、グレイグだったら簡単に倒せ……」
「お前まで! 俺を馬鹿にするのかクレール!!」
「へ?」
悪意のなさ、そしてこんなことぐらい出来て当たり前という謙遜がグレイグの神経を逆撫でする。
突き詰めればすべてグレイグの自業自得である。
この激昂はただの八つ当たりでしかなかったが。
そんなことすら気づけないほど、グレイグの精神は限界を迎えていた。
「殺し、殺してやる!!殺してやる!!! お前さえ、お前さえいなければ! 全部、全部お前が悪いんだ!!」
泣きそうな表情で剣を振り上げ、グレイグはクレールに切り掛かる。
その剣は氷の魔王すら切り裂き、幾多の伝説を作り上げてきた破魔の刃。
その一閃はおおよそ一人の女性に、ましてやかつての仲間に向けて良いような殺気と鋭さではなく。
悍ましいほどの憎悪と殺意を向けてクレールを殺そうと襲い掛かるが。
「ちょ!? や、やめてよグレイグ! な、それ洒落にならないって!」
その一閃を、クレールはあっさりと後ろに飛んで回避する。
「!? 避けたか、だがこれならどうだ!!」
追いかけるようにグレイグは剣を大きく振りかぶり、さらに一閃を叩き込む。
だが。
「あー!? もう!! どうしちゃったのさグレイグ!! そりゃ、獲物の横取りは悪かったけど、共同戦線だったんだから別に怒られることしてないだろー!?」
振るわれる刃を、クレールはあっさりとかわしつづける。
その様子はどこか余裕すらも感じられ、グレイグの苛立ちはさらに積み重なっていく。
「なんなんだよ! なんで当たらないんだ!」
「いや、そんな大振りの攻撃当たるわけないでしょ!?
大型の魔物じゃないんだよ私は!」
「!!?」
だが、それは当然の話だ。
グレイグの大剣は身の丈ほどの大きさがあり、しかも扱う剣術のほとんどは魔王のような巨大な存在を相手にすることを想定した威力重視の鈍重な一撃ばかり。
もちろん、その膨大な力とスペックから、大抵の人間なら圧倒することが可能ではあるが。
武術に精通し、加えて長年その動きを見続けてきたクレールにとっては、怒りに身を任せたグレイグの一撃は、子供の棒振り遊びと大差なく映ってしまう。
もちろん、それはグレイグにも言えることだが。
ここにきて、クレールを軽んじたツケをグレイグは払うことになったのだ。
「そん、ふ、お、ま!?」
そのことを理解したグレイグは、怒りに言葉すらも忘れかけて激昂する。
「あー、うそ。なんか私。すごい今地雷踏んじゃった?」
今更である。
「があああああ!!!殺す殺す殺す殺す!」
もはや人間ではなく怪物に近い咆哮を上げながら、グレイグはクレールへと突進する。
恥も外聞も、勇者としての矜持も全てを失ったその疾駆は、偶然だがゴブリンが逃げ出す時の走り方に近く。
「……うーん、埒があかないなぁ」
クレールは仕方がないとため息をついて、グレイグの元へと走ると。
「!?」
「ごめんね」
振り下ろされた剣をかわして、ちょんと足を引っ掛ける。
「あっべぶら!!?」
空振りに加え、姿勢を崩されたグレイグにはなす術もない。
ただ頭から岩だらけの地面に突っ込み、獣の唸り声のような奇声をあげてその場に転がる。
誰がどう見ても、見るも無惨な光景であったが、誉められるところがあるとすれば勇者としての誇りか、巨大な剣を手放さなかったことだろう。
まぁ。
「まったく。こんな狭いところでこんな危ないもの振り回して。ちょっと折らせてもらうぞ」
その剣もあっさりとへし折られてしまうのだが。
「な!?何を!?」
クレールはフンと少し怒ったような表情で鼻を鳴らすと、勇者の剣の等身を足で踏み、その横腹にウィンチェスターの銃口を押し当てる。
「えい!」
当然中に入ってるのは散弾ではなくスラッグ弾。
引き金を引くと、轟音と同時にあっさりと勇者の剣は真っ二つにへし折られる。
「そんな!!? 剣が、勇者の剣が!!?」
「なんだよー。剣ぐらいすぐに直せるだろ? 昔なんてしょっちゅうへし折れてたじゃないか」
そう、たしかに剣は直せる。
だが、グレイグが声を上げたのは、紛れもない完全敗北を喫したからに他ならない。
火力不足、役立たず、そう言って追放した相手に無様に敗北し、勇者の剣すら折られたのだ。
プライドも何もかもがガラガラと音を立てて崩れ落ちていき、グレイグはその場にへたり込む。
「負けた、俺が負けた。なんで、なんで勝てない? 俺は、俺は選ばれた勇者のはずなのに」
「いや、元々グレイグは人と戦う訓練してないだろ。そういうのは元々私の仕事。忘れちゃったの?」
呆れたようにそういうクレールであったが、勿論忘れたわけではない。
ただ、Aランク冒険者になって以降、人との戦いをしてこなかった事に加え、勇者としてもう誰にも負けられないという思いが、グレイグを追い詰めていた。
たしかに今までは敗戦を重ねてはいたが、相手は魔王。
心のどこかで負けても仕方がないという思いが、自分が弱いのではないかという疑問を隠してくれていた。
だが、役立たずと追放した相手にこうもあっさりやられてしまい、誇りでもある勇者の剣すらあっさりとへし折られたのだ。
剣は直せるかもしれないが、グレイグはプライドも自分への信頼も全てが消え去り。
「う、うぅ、うあああぁぁああ」
勇者としての重圧にあっさりと心が押し潰され、子供のように泣き出してしまう。
「ちょ!? ちょっと!!急に泣き出すなよグレイグ!? どうしちゃったのさ!」
「俺は、俺は勇者なのに、魔王を倒して世界を平和にしなきゃいけないのに、全然勝てなくて……みんな、みんな俺に失望してくんだ。俺だって頑張ってるのに、勇者失格だって、みんな俺を見捨ててく!」
「グレイグ……」
大粒の涙を流しながら叫ぶグレイグ。
その姿にクレールはグレイグが今までどれだけの重圧に耐えてきたのかを悟る。
追い出された怒りや、自業自得じゃないか、という気持ちはもちろんあったが。
「よしよし、そっか……大変だったねグレイグ。でも、そんな気を落とすなって、ドンマイドンマイ。 人間、調子が出ない時だって幾らでもあるんだし。 グレイグは強いし勇者なんだ! いくらでも見返してやれるって!!」
グレイグは自分を追放し役立たずの烙印を押した相手だ。
だけど辛そうにしている姿にクレールはついつい慰めの言葉をかけてしまう。
自分でもお人好しだなと呆れながらも、クレールは銃をしまって優しく旧友を励ますように肩を叩く。
「……うぅ、ううぅぅう」
啜り泣くグレイグ。
すっかり心が折れてしまったその姿に、クレールは質問をする。
「どうしてこんなことしたのさ? 勇者が押し入り強盗みたいな真似して、封印された魔王に何をしたんだ?」
「うぅ、魔王が、魔王がここにいるってアリサが調べてくれたんだ。 魔王を復活させて、俺が倒せば、またみんなが俺を見直してくれるって」
「だからって、こんな街のど真ん中で魔王を復活させたらとんでもないことになるだろ? みんなを守る勇者が、みんなを危険に晒してどうするのさ」
「……うぅ」
クレールの言葉に、グレイグは俯きながら力なくうぅと呟く。
そんなことはわかっていたが、やらざるを得ないほど追い詰められていたと言うことだろう。
思えば、友達だった自分を追放するなんて言い出した時から、グレイグは少しずつおかしくなっていたのだろう。
「まったく。 このことは内緒にしといて上げるから、こんな作戦中止して、また一から頑張ろう? 私は今トンディを手伝ってるから仲間には戻れないけど、手伝いぐらいはできるからさ」
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「クレール、俺は、クレールにひどいことをしたのに、許してくれるのか?」
「まぁ、すごい落ち込んだし私だって辛かったけど。 でもまぁ、そのおかげでトンディに会えたし。特別だぜ?」
悪戯っぽく笑ってほらとグレイグに再度手を差し伸べるクレール。
その笑顔は、グレイグと共に旅をしていた時によく見せた無邪気な笑顔であり。
その手を思わずグレイグは取ろうとするが。
【ダークバインド!!!】
「なっ!? え!?」
不意に現れた魔術の縄により、クレールはその体を拘束されたのであった。
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村の仲良し四人で結成したパーティだったが、サザンだけはなぜか実力が伸びなかったのだ。他のメンバーに追いつくために日々努力を重ねたサザンだったが結局報われることは無く追放されてしまった。
しかしサザンはレアスキル『大器晩成』を持っていたため、ある時突然その強さが解放されたのだった。
とてつもない成長率を手にしたサザンの最強エンチャンターへの道が今始まる。
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スキル間違いの『双剣士』~一族の恥だと追放されたが、追放先でスキルが覚醒。気が付いたら最強双剣士に~
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この世界では5歳になる全ての者に『スキル』が与えられる――。
洗礼の儀によってスキル『片手剣』を手にしたグリム・レオハートは、王国で最も有名な名家の長男。
レオハート家は代々、女神様より剣の才能を与えられる事が多い剣聖一族であり、グリムの父は王国最強と謳われる程の剣聖であった。
しかし、そんなレオハート家の長男にも関わらずグリムは全く剣の才能が伸びなかった。
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「貴様は一族の恥だ。最早息子でも何でもない」
突如そう父に告げられたグリムは、家族からも王国からも追放され、人が寄り付かない辺境の森へと飛ばされてしまった。
森のモンスターに襲われ絶対絶命の危機に陥ったグリム。ふと辺りを見ると、そこには過去に辺境の森に飛ばされたであろう者達の骨が沢山散らばっていた。
それを見つけたグリムは全てを諦め、最後に潔く己の墓を建てたのだった。
「どうせならこの森で1番派手にしようか――」
そこから更に8年――。
18歳になったグリムは何故か辺境の森で最強の『双剣士』となっていた。
「やべ、また力込め過ぎた……。双剣じゃやっぱ強すぎるな。こりゃ1本は飾りで十分だ」
最強となったグリムの所へ、ある日1体の珍しいモンスターが現れた。
そして、このモンスターとの出会いがグレイの運命を大きく動かす事となる――。
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※「行方不明」の「追放系」を思いついて投稿しました。短編で終わらせるつもりなのでよろしくお願いします。
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