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王様の思い
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医務室に到着した王様は、護衛についている騎士と医術士に部屋の外に出ているように命令を下した。
初めこそ騎士の人も医術士の人も何やら難しい言葉を並べて王様を説得しようとしていたが、寝室の時と同じように、僕も一緒に同席するという条件で最終的には全員が王様の言うことに従った。
騎士や医術士の反応に対して、王様はもう怒る気力もないようで、医務室の内鍵を閉めた後に大きな長いため息を着くと、何も言わずに王妃様の眠るベッドを覗き込む。
「………………」
王妃様は静かに眠っていた。
医術士の人は、部屋を出る際に容体は安定していると言っていたがそれは本当のようで、顔色は良く呼吸も乱れているようには感じられない。
ついさっき自殺を図ったなんて信じられないぐらい穏やかな表情だが、首にくっきりと残る青ざめたような色のロープの跡が、彼女が自ら死を選ぼうとした事実をまざまざと教えてくれる。
王様はそんな王妃様の首のあざを優しく指で撫でると。
「まったく、自殺なんてらしくないことしおって」
寂しそうな表情でそう呟いた。
それは前に、王子様について話す時の表情に似ていて。
「王妃様って、どんな人なの?」
ついそんな質問がこぼれ落ちた。
我ながら漠然とした質問だ。
だけど王様は、迷う素振りも悩む様子もなく。
「強く、賢く、ワシよりも、いや、誰よりもこの国をうまく導ける女だろうな」
そう言った。
「王様よりすごい人ってこと?」
「あぁ。見ただろ、こいつが自殺を図った時の臣下達のあの慌てよう。ワシや王子が襲われた時なんざ、騒ぎにもならなかったというのにな」
「確かに……あっ、いや」
うっかり滑らせてしまった口を僕は慌てて抑えるが、
王様は咎める様子もなく肩をすくめると。
「気にするな。ワシは良き王ではない……それぐらいはわかる」
足をさすりながら王様は寂しそうにそう言う。
「王様は優しい人だよ?僕にも優しくしてくれるし。いいお父さんだし」
「それはお前からみたワシじゃ。民衆や、騎士や、元老院の奴らからしたら。ワシは狩りやオークションにかまけて、政を疎かにする暗君だろう。まぁ、その通りなんだ
がな」
「そうなの? ギルド長をやってた時、この国は法制度や政治がしっかりしてるってルード……相棒が言ってたけど」
「それは、ワシの代わりに全部こいつが政をやっててくれたおかげじゃ。ワシ自体正直政治なんざ何もわからん」
「えぇ!? そうなの? 王様なのに?」
王様の突然の告白に僕は驚いて思わず声を上げると、王様は自嘲するように乾いた笑いを漏らした。
「仕方なかろう?ワシの代で魔王が復活するって言われとったし。民衆も元老院もそして父親も、ワシに軍師としての能力を望んだのじゃから……ワシはその期待に応えただけだ」
「あ、そっか……」
昔、メルトラに聞いたことがある。 戦争において、優秀な指揮官の存在は優秀な兵士千人よりも勝利を確実なものとすると。
「……物心ついた時から槍を振るい、鍛錬の合間に古今東西の兵法を身につけた。全ては、蘇りし魔王の脅威からこの国を守るために……」
王様の言葉は熱を帯びており、昔を懐かしむような瞳は何処か誇らしげで……そして何処か寂しそうだった。
きっと王様は魔王と戦うために、色々なものを犠牲にして準備をしてきたのだろう。
それこそ、森で虫取りや狩りを楽しむ時間も。
それこそ、父親におもちゃをねだる事も、欲しいものを自由に買うこともできず。
ただ王様として生まれたと言うだけで、いろんなものを犠牲にして戦うことだけを教え込まれ……そうやって魔王と戦う王様は作られて、王様も期待に応えようとした。
楽しいはずの子供時代も。
愛していた最初の王妃様も。
戦うための足すら事故で失っても。
この国を守るため、みんなの期待に応えようとしていたのだ。
だというのに。
「でも……魔王はいなくなっちゃった」
「あぁ……お前たち銀の風に復活は阻止された。結局残されたのは、何もできない王だけだ」
とうとう王様は、魔王(作られた意味)すら失ったのだ。
「王様……」
「後は知っての通りだ。政治のできない王様の代わりに、元老院は今ここで眠っとる此奴を隣の国から第二王妃として迎え入れた。そしてその思惑通り、此奴の指揮の元、この国はお前の相棒とやらが言うように法制度や政治がしっかりしている国が出来上がったと言うわけさ」
「そっか……すごい人なんだね……王妃様って」
「まあな……」
王様は力無く頷く。
しばらく、静かな時間が続いた。
あるのは月明かりと、王妃様の寝息を立てる音と、薬品の匂いだけ。
こういう時、王様を励ませばいいのか、他愛のないことを話せばいいのかは僕にはわからず。
王様と同じように黙って王妃様の様子を見ていると。
「ここだけの話だがなフリーク」
「?」
王様は無理矢理作ったようなぎこちない笑顔で僕に笑いかけると。
「来月の祭りが終わった後、ワシは王位をこやつに譲るつもりなんじゃ……」
そんなことをいった。
「え?王位を譲るって……王様をやめちゃうってこと?」
「あぁそうだ。まだ誰にも言ってないがな……でもずっと前から考えていたことだ」
「な、なんでやめちゃうの?」
王様の告白はあまりにも突然で、僕は思わず王様にそう問うが。
王様は静かに笑うと。
「こやつがワシを狙うのは王位を欲してのことだろう?そして民も、我が臣下も皆がそれを望んでいる。ワシはもう用済みなのさ。望まれるものが玉座に座ったほうがよほどいい」
「で、でも、王子様はどうなるのさ?」
「あやつはワシに似ている。政なんかが得意なタイプではないだろう」
「でも、でも」
なぜか僕は悔しくて、その言葉を否定しようとがんばった。
「でも」に続く言葉なんて、思いつくはずがないのに。
みんなを守ろうと頑張ってきた王様が、ここで全部を失ってしまうのが悲しくて。
自分のことのように悔しかった。
何より一番悔しいのは王様のはずなのに、無理をして笑っているのが見ていて辛い。
「なんでお前がそんな顔するのだフリーク。考えてもみろ、ワシがいらなくなるぐらいこの国が平和になったということなんだから、喜ぶべきだろう?」
「良いわけない‼︎」
思わず、自分でもびっくりするくらい大きな声が出てしまう。
「フ、フリーク?」
「良いわけないよ王様……都合の良い時だけ利用されて、必要が無くなったら追い出されるなんて……そんなの、平気だなんて言わないでよ」
銀の風を追放されたあの日、必要ないと言われて僕は涙が止まらなかった。
ただ皆の後をついて行っていただけの僕がこれだけ悲しかったんだ。
色んなものを我慢して頑張って来た王様は、もっともっと悲しかった事は僕だってわかる。
平和になったからもう要らないなんて、守ろうとしてきた人に言われて平気な筈がない。
「王様がみんなに何をしたっていうのさ。誰かを傷つけた訳でも、みんなを苦しめた訳でもないのに……」
自分の事のように悔しくて、気がつけばポロポロと涙がこぼれていた。
「お、おいおいフリーク……なんでお前が泣く?」
「だって……だって」
魔王がいなくなった途端みんな王様を厄介者扱いして。
足が悪いからって馬鹿にして……それなのに何で王様だけが我慢をしなきゃいけないんだ。
「ようやく、よき友人を得たのですね。リナルド王」
ふと、僕でもない、王様でもない声が部屋に響く。
凛とした、真っ直ぐ通る声は背後の扉からではなく、すぐ近く、ベッドから聞こえたもので。
王様と顔を見合わせて王妃様を見ると、王妃様が目を開けて、優しい表情で王様を見つめていた。
初めこそ騎士の人も医術士の人も何やら難しい言葉を並べて王様を説得しようとしていたが、寝室の時と同じように、僕も一緒に同席するという条件で最終的には全員が王様の言うことに従った。
騎士や医術士の反応に対して、王様はもう怒る気力もないようで、医務室の内鍵を閉めた後に大きな長いため息を着くと、何も言わずに王妃様の眠るベッドを覗き込む。
「………………」
王妃様は静かに眠っていた。
医術士の人は、部屋を出る際に容体は安定していると言っていたがそれは本当のようで、顔色は良く呼吸も乱れているようには感じられない。
ついさっき自殺を図ったなんて信じられないぐらい穏やかな表情だが、首にくっきりと残る青ざめたような色のロープの跡が、彼女が自ら死を選ぼうとした事実をまざまざと教えてくれる。
王様はそんな王妃様の首のあざを優しく指で撫でると。
「まったく、自殺なんてらしくないことしおって」
寂しそうな表情でそう呟いた。
それは前に、王子様について話す時の表情に似ていて。
「王妃様って、どんな人なの?」
ついそんな質問がこぼれ落ちた。
我ながら漠然とした質問だ。
だけど王様は、迷う素振りも悩む様子もなく。
「強く、賢く、ワシよりも、いや、誰よりもこの国をうまく導ける女だろうな」
そう言った。
「王様よりすごい人ってこと?」
「あぁ。見ただろ、こいつが自殺を図った時の臣下達のあの慌てよう。ワシや王子が襲われた時なんざ、騒ぎにもならなかったというのにな」
「確かに……あっ、いや」
うっかり滑らせてしまった口を僕は慌てて抑えるが、
王様は咎める様子もなく肩をすくめると。
「気にするな。ワシは良き王ではない……それぐらいはわかる」
足をさすりながら王様は寂しそうにそう言う。
「王様は優しい人だよ?僕にも優しくしてくれるし。いいお父さんだし」
「それはお前からみたワシじゃ。民衆や、騎士や、元老院の奴らからしたら。ワシは狩りやオークションにかまけて、政を疎かにする暗君だろう。まぁ、その通りなんだ
がな」
「そうなの? ギルド長をやってた時、この国は法制度や政治がしっかりしてるってルード……相棒が言ってたけど」
「それは、ワシの代わりに全部こいつが政をやっててくれたおかげじゃ。ワシ自体正直政治なんざ何もわからん」
「えぇ!? そうなの? 王様なのに?」
王様の突然の告白に僕は驚いて思わず声を上げると、王様は自嘲するように乾いた笑いを漏らした。
「仕方なかろう?ワシの代で魔王が復活するって言われとったし。民衆も元老院もそして父親も、ワシに軍師としての能力を望んだのじゃから……ワシはその期待に応えただけだ」
「あ、そっか……」
昔、メルトラに聞いたことがある。 戦争において、優秀な指揮官の存在は優秀な兵士千人よりも勝利を確実なものとすると。
「……物心ついた時から槍を振るい、鍛錬の合間に古今東西の兵法を身につけた。全ては、蘇りし魔王の脅威からこの国を守るために……」
王様の言葉は熱を帯びており、昔を懐かしむような瞳は何処か誇らしげで……そして何処か寂しそうだった。
きっと王様は魔王と戦うために、色々なものを犠牲にして準備をしてきたのだろう。
それこそ、森で虫取りや狩りを楽しむ時間も。
それこそ、父親におもちゃをねだる事も、欲しいものを自由に買うこともできず。
ただ王様として生まれたと言うだけで、いろんなものを犠牲にして戦うことだけを教え込まれ……そうやって魔王と戦う王様は作られて、王様も期待に応えようとした。
楽しいはずの子供時代も。
愛していた最初の王妃様も。
戦うための足すら事故で失っても。
この国を守るため、みんなの期待に応えようとしていたのだ。
だというのに。
「でも……魔王はいなくなっちゃった」
「あぁ……お前たち銀の風に復活は阻止された。結局残されたのは、何もできない王だけだ」
とうとう王様は、魔王(作られた意味)すら失ったのだ。
「王様……」
「後は知っての通りだ。政治のできない王様の代わりに、元老院は今ここで眠っとる此奴を隣の国から第二王妃として迎え入れた。そしてその思惑通り、此奴の指揮の元、この国はお前の相棒とやらが言うように法制度や政治がしっかりしている国が出来上がったと言うわけさ」
「そっか……すごい人なんだね……王妃様って」
「まあな……」
王様は力無く頷く。
しばらく、静かな時間が続いた。
あるのは月明かりと、王妃様の寝息を立てる音と、薬品の匂いだけ。
こういう時、王様を励ませばいいのか、他愛のないことを話せばいいのかは僕にはわからず。
王様と同じように黙って王妃様の様子を見ていると。
「ここだけの話だがなフリーク」
「?」
王様は無理矢理作ったようなぎこちない笑顔で僕に笑いかけると。
「来月の祭りが終わった後、ワシは王位をこやつに譲るつもりなんじゃ……」
そんなことをいった。
「え?王位を譲るって……王様をやめちゃうってこと?」
「あぁそうだ。まだ誰にも言ってないがな……でもずっと前から考えていたことだ」
「な、なんでやめちゃうの?」
王様の告白はあまりにも突然で、僕は思わず王様にそう問うが。
王様は静かに笑うと。
「こやつがワシを狙うのは王位を欲してのことだろう?そして民も、我が臣下も皆がそれを望んでいる。ワシはもう用済みなのさ。望まれるものが玉座に座ったほうがよほどいい」
「で、でも、王子様はどうなるのさ?」
「あやつはワシに似ている。政なんかが得意なタイプではないだろう」
「でも、でも」
なぜか僕は悔しくて、その言葉を否定しようとがんばった。
「でも」に続く言葉なんて、思いつくはずがないのに。
みんなを守ろうと頑張ってきた王様が、ここで全部を失ってしまうのが悲しくて。
自分のことのように悔しかった。
何より一番悔しいのは王様のはずなのに、無理をして笑っているのが見ていて辛い。
「なんでお前がそんな顔するのだフリーク。考えてもみろ、ワシがいらなくなるぐらいこの国が平和になったということなんだから、喜ぶべきだろう?」
「良いわけない‼︎」
思わず、自分でもびっくりするくらい大きな声が出てしまう。
「フ、フリーク?」
「良いわけないよ王様……都合の良い時だけ利用されて、必要が無くなったら追い出されるなんて……そんなの、平気だなんて言わないでよ」
銀の風を追放されたあの日、必要ないと言われて僕は涙が止まらなかった。
ただ皆の後をついて行っていただけの僕がこれだけ悲しかったんだ。
色んなものを我慢して頑張って来た王様は、もっともっと悲しかった事は僕だってわかる。
平和になったからもう要らないなんて、守ろうとしてきた人に言われて平気な筈がない。
「王様がみんなに何をしたっていうのさ。誰かを傷つけた訳でも、みんなを苦しめた訳でもないのに……」
自分の事のように悔しくて、気がつけばポロポロと涙がこぼれていた。
「お、おいおいフリーク……なんでお前が泣く?」
「だって……だって」
魔王がいなくなった途端みんな王様を厄介者扱いして。
足が悪いからって馬鹿にして……それなのに何で王様だけが我慢をしなきゃいけないんだ。
「ようやく、よき友人を得たのですね。リナルド王」
ふと、僕でもない、王様でもない声が部屋に響く。
凛とした、真っ直ぐ通る声は背後の扉からではなく、すぐ近く、ベッドから聞こえたもので。
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