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御剣として
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―――許さねえ。
その憎悪が、紅い月を疼かせる。
―――許さねえ。
その憤怒が、呪いを増長させる。
―――復讐してやる‼︎ なりそこないが‼︎
その醜悪さが、やがて村を飲み込んでいく。
人狼はその日理性を失い、獣に戻った。
◇
「はっ‼︎?」
なにやら嫌な夢を見たような気がして、俺は眼を覚ます。
すっかり熟睡をしてしまったのだろう。外にはすでに太陽が昇っており、両腕に二人の頭の感覚がないことに気づき、俺は飛び起きる。
「やばい、寝坊したか?」
主人よりも寝坊助なものがどこにいよう。
今までの疲れが蓄積していたとはいえ、セッカに拾われて気が抜けたか。
俺は慌てて周りを確認する……と。
「ううぅうう……おぇ」
「あ、あたま、頭痛い……だれか、だれか、水ちょうだい」
「なんだこの惨状」
昨日寝た部屋とは到底思えないほど散らかり酒瓶が転がった汚部屋で、無残な死体が二つ。
部屋の隅に眼をむけると虹色にかがやく液体。
それが何なのかは、二人の女性としての矜持を守るために口が裂けても言うことはできないが。
それを見れば俺が寝た後に飲み比べで決着をつけようという結論に至ったことは容易に想像ができた。
「で、どっちが勝ったんだ?」
なんとなく興味本位で俺はそう問いかけると。
意識も絶え絶えだというのに、二人は同時に手をあげた。
「……こりゃ、今夜も繰り返すな」
そんな懲りない二人に俺は呆れながらも、二日酔いで死にかけている二人のために、俺はギルドまで水を取りにいく。
◇
ギルドの朝は早い。
そんな話をどこかの本で読んだことがあるのだが、最上階にあるセッカの部屋から階段を降りて、水道のある酒場のキッチンまで向かう。
そこまでにすれ違う人間はおらず、ギルドに降りてみても誰一人冒険者は見当たらない。
キッチンでは数人、給仕服を着た女性が食事の仕込みのようなものを行なっており、水をもらうついでに話を聞くと、ギルドが開くのは朝の八時から……つまり三時間後。
しかもこれでも他のギルドよりはオープンが早い方だという話に俺は開いた口が塞がらなかった。
劣悪だとは村にいた時も感じてはいたが、実際こうして比較をしてみると、そこの異常性をより鮮明に判別ができる。
常識というものが、いかに自らを利用している人間の都合のいいように形作られているのかをこうして肌で感じることができただけでも、このギルドに転職をした甲斐は大いにあったと言えるだろう。
「睡眠時間が三時間も増えたら、神様だって斬れちゃうぞ、俺」
そんな冗談をつぶやいて、俺は銀の水差しをセッカの部屋に戻ろうとすると。
「……随分と調子が良さそうだな。 御剣」
ふと背後から声をかけられ、振り返る。
そこにはギルドマスターが何やら大量の書類を抱えて立っていた。
「おっさん。 おはよう、朝早いんだな?」
「挨拶する礼儀正しさはいいが、ギルドマスターといえ、ギルドマスターと」
呆れたようにおっさんはクエストカウンターへと書類を置くと。
椅子に座り書類に眼を通し始める。
「もう仕事をしているのか?」
「まぁな。 姫様にこのギルドを任されたのだ。 全霊を持って挑まねばならぬ。 特に新参者が姫様の悲願である尾の蒐集に成功をしたのだ、最古参である儂もまけてはおれぬだろう」
「俺は別に、大したことはしてないけど。 ただセッカに振り回されて、切れるものを切っただけだ」
「御剣とはそういうものだ……まったく、何も分からぬようでそのあり方だけはしっかりと体現できているとは、無垢というか、勘がいいというか……相変わらず姫様の人を見る目には舌を巻いてしまうな」
「無垢って、フェリアスにも言われたな。 俺ってそんなに無垢か?」
「生まれたての赤子、という意味では異なるが……抜き身の刃と言ったところか。 貴様の剣には邪念がない。 切りたいものを切り、切りたくないものは撫でもしない。自由自在の剣なんて言葉遊びがあるが……貴様はそれを体現している。だが危ういのは、その切りたいもの切りたくないものの線引きに己がないというところか」
「……己がない?」
「お前の剣はすでに善悪を超越した場所にある。 だからこそ、誰を斬るか、誰を傷つけるか、誰を守るか、その業は全て姫さまへと降りかかる。剣としてはそれが正しいのかもしれない。 姫さまもだからこそお前を選んだのかもしれない。だが儂は……姫さまが道を誤った時。 それを止められるものが御剣であればと、そう思っていたのだ」
教育係で心配性といったセッカの言葉。
たしかに、なにかを憂うようなその表情は厳しいながらも優しげで。
きっと俺に父親という存在がいたのなら……こんな感じなのだろうと心の中で思う。
「……本当にセッカのことが大切なんだな」
「あたりまえだ。 命よりも尊きお方だ。そしてここは姫さまの城であり、国であり、家だ。剣としての力を姫さまはもはや儂には求めておらぬ……だからこそ、せめてこの国だけは守らなければ」
「……おっさん」
「ふっ、つまらない話をしたな。 聞かなかったことにしてくれ。 お前の技量も、悲願の成就に一歩近づけてくれたことには心より感謝している……これは本当だ」
「……そっか。おっさん、あんたいい人だな」
「ふん、くだらん話をしたな」
「ううん。 あんたに言われなきゃ、俺はきっと考えることもしなかった」
「そうか……ならば、話した意味はあったな」
鼻を鳴らしてそう微笑うギルドマスター。
その不安は最もであるが、俺はなんとなく。
彼がいればセッカは道を踏み外すことはないだろうと……心の中でそう思った。
「そうだ、一つ聞こうと思っていたことがあったのだった」
「なんだ?」
「昨日、姫さまと東に行ったか?」
「東?」
人狼族の村はここから南にあり、確かフェリアスと戦った温泉は北門を抜けた先にあったはず。
思い当たる節はなく、俺は首を横に振る。
「いや、行ってないけど」
「そうか。 ふむ」
その答えにギルドマスターはなにやら考えるように口元を抑える。
何かあったのだろうか?
「何かあったのか?」
「うーむ、実は東の関所が破壊されたらしくてな、その犯人の捜索依頼が出ていてな」
「俺たちが犯人だと? 関所って国境近くだろ? どれだけ急いだって日帰りで帰ってこれないよ」
「まぁそうなんだが……どうにもその関所……刀で切られたかのように両断されてたって報告書に書いてあってな」
「両断?」
関所といえば、ふつうに考えれば剣で切ろうなんて思うものでは無い。
そもそも軍隊を押しとどめるために作るものを剣一本でどうにかしようと思う方がおかしな話だ。
「いや、きっとなにかの間違い、というかこの依頼文を作ったやつの表現が適当なんだろうよ。 変なこと言ってすまん。 気にしないでくれ」
「別にいいけど」
俺はふと思案する。
もし仮に、関所を剣で切るとなったら、俺はできるのだろうか?
そんな疑問が俺の脳裏にうかんだそんな時。
「た、助けてくれ!! た、たのむ、誰か、誰か助けてくれぇ‼︎」
悲痛な叫び声とともに、開いていないはずのギルドの扉が蹴やぶられるように開かれ、同時にひとりの男がギルド雪月花へと転がり込むようにやってくる。
ボロボロな体に全身は血だらけであり、今にも意識を手放してしまいそうなほど息は絶え絶え。
「な、何事だ?」
「頼む、誰でもいい、助けてくれ‼︎ 村が、俺たちの村が化け物に飲み込まれたんだ‼︎」
すがり寄るように地面を這いずる男は、泣きじゃくるような様子で俺の足までくると、まるで祈るように手を組んで懇願をし、顔を上げる。
「え……族長?」
「る、ルーシー?」
驚いたことにそれは人狼族の村の族長……ガルルガであり、俺の姿に驚いたような表情を見せると、ばたりと意識を失ってしまった。
「……な、なんで族長がこんなところに?」
状況は理解できないが、わずかな情報から推察するに人狼族の村で何かがあったことは確かなのだろう。
俺とギルドマスターは顔を見合わせ。
「ルーシーー……お水、お水まだあぁ?」
そんなシリアスなムードをぶち壊すかのようなセッカの間の抜けた声がギルドに響き渡った。
その憎悪が、紅い月を疼かせる。
―――許さねえ。
その憤怒が、呪いを増長させる。
―――復讐してやる‼︎ なりそこないが‼︎
その醜悪さが、やがて村を飲み込んでいく。
人狼はその日理性を失い、獣に戻った。
◇
「はっ‼︎?」
なにやら嫌な夢を見たような気がして、俺は眼を覚ます。
すっかり熟睡をしてしまったのだろう。外にはすでに太陽が昇っており、両腕に二人の頭の感覚がないことに気づき、俺は飛び起きる。
「やばい、寝坊したか?」
主人よりも寝坊助なものがどこにいよう。
今までの疲れが蓄積していたとはいえ、セッカに拾われて気が抜けたか。
俺は慌てて周りを確認する……と。
「ううぅうう……おぇ」
「あ、あたま、頭痛い……だれか、だれか、水ちょうだい」
「なんだこの惨状」
昨日寝た部屋とは到底思えないほど散らかり酒瓶が転がった汚部屋で、無残な死体が二つ。
部屋の隅に眼をむけると虹色にかがやく液体。
それが何なのかは、二人の女性としての矜持を守るために口が裂けても言うことはできないが。
それを見れば俺が寝た後に飲み比べで決着をつけようという結論に至ったことは容易に想像ができた。
「で、どっちが勝ったんだ?」
なんとなく興味本位で俺はそう問いかけると。
意識も絶え絶えだというのに、二人は同時に手をあげた。
「……こりゃ、今夜も繰り返すな」
そんな懲りない二人に俺は呆れながらも、二日酔いで死にかけている二人のために、俺はギルドまで水を取りにいく。
◇
ギルドの朝は早い。
そんな話をどこかの本で読んだことがあるのだが、最上階にあるセッカの部屋から階段を降りて、水道のある酒場のキッチンまで向かう。
そこまでにすれ違う人間はおらず、ギルドに降りてみても誰一人冒険者は見当たらない。
キッチンでは数人、給仕服を着た女性が食事の仕込みのようなものを行なっており、水をもらうついでに話を聞くと、ギルドが開くのは朝の八時から……つまり三時間後。
しかもこれでも他のギルドよりはオープンが早い方だという話に俺は開いた口が塞がらなかった。
劣悪だとは村にいた時も感じてはいたが、実際こうして比較をしてみると、そこの異常性をより鮮明に判別ができる。
常識というものが、いかに自らを利用している人間の都合のいいように形作られているのかをこうして肌で感じることができただけでも、このギルドに転職をした甲斐は大いにあったと言えるだろう。
「睡眠時間が三時間も増えたら、神様だって斬れちゃうぞ、俺」
そんな冗談をつぶやいて、俺は銀の水差しをセッカの部屋に戻ろうとすると。
「……随分と調子が良さそうだな。 御剣」
ふと背後から声をかけられ、振り返る。
そこにはギルドマスターが何やら大量の書類を抱えて立っていた。
「おっさん。 おはよう、朝早いんだな?」
「挨拶する礼儀正しさはいいが、ギルドマスターといえ、ギルドマスターと」
呆れたようにおっさんはクエストカウンターへと書類を置くと。
椅子に座り書類に眼を通し始める。
「もう仕事をしているのか?」
「まぁな。 姫様にこのギルドを任されたのだ。 全霊を持って挑まねばならぬ。 特に新参者が姫様の悲願である尾の蒐集に成功をしたのだ、最古参である儂もまけてはおれぬだろう」
「俺は別に、大したことはしてないけど。 ただセッカに振り回されて、切れるものを切っただけだ」
「御剣とはそういうものだ……まったく、何も分からぬようでそのあり方だけはしっかりと体現できているとは、無垢というか、勘がいいというか……相変わらず姫様の人を見る目には舌を巻いてしまうな」
「無垢って、フェリアスにも言われたな。 俺ってそんなに無垢か?」
「生まれたての赤子、という意味では異なるが……抜き身の刃と言ったところか。 貴様の剣には邪念がない。 切りたいものを切り、切りたくないものは撫でもしない。自由自在の剣なんて言葉遊びがあるが……貴様はそれを体現している。だが危ういのは、その切りたいもの切りたくないものの線引きに己がないというところか」
「……己がない?」
「お前の剣はすでに善悪を超越した場所にある。 だからこそ、誰を斬るか、誰を傷つけるか、誰を守るか、その業は全て姫さまへと降りかかる。剣としてはそれが正しいのかもしれない。 姫さまもだからこそお前を選んだのかもしれない。だが儂は……姫さまが道を誤った時。 それを止められるものが御剣であればと、そう思っていたのだ」
教育係で心配性といったセッカの言葉。
たしかに、なにかを憂うようなその表情は厳しいながらも優しげで。
きっと俺に父親という存在がいたのなら……こんな感じなのだろうと心の中で思う。
「……本当にセッカのことが大切なんだな」
「あたりまえだ。 命よりも尊きお方だ。そしてここは姫さまの城であり、国であり、家だ。剣としての力を姫さまはもはや儂には求めておらぬ……だからこそ、せめてこの国だけは守らなければ」
「……おっさん」
「ふっ、つまらない話をしたな。 聞かなかったことにしてくれ。 お前の技量も、悲願の成就に一歩近づけてくれたことには心より感謝している……これは本当だ」
「……そっか。おっさん、あんたいい人だな」
「ふん、くだらん話をしたな」
「ううん。 あんたに言われなきゃ、俺はきっと考えることもしなかった」
「そうか……ならば、話した意味はあったな」
鼻を鳴らしてそう微笑うギルドマスター。
その不安は最もであるが、俺はなんとなく。
彼がいればセッカは道を踏み外すことはないだろうと……心の中でそう思った。
「そうだ、一つ聞こうと思っていたことがあったのだった」
「なんだ?」
「昨日、姫さまと東に行ったか?」
「東?」
人狼族の村はここから南にあり、確かフェリアスと戦った温泉は北門を抜けた先にあったはず。
思い当たる節はなく、俺は首を横に振る。
「いや、行ってないけど」
「そうか。 ふむ」
その答えにギルドマスターはなにやら考えるように口元を抑える。
何かあったのだろうか?
「何かあったのか?」
「うーむ、実は東の関所が破壊されたらしくてな、その犯人の捜索依頼が出ていてな」
「俺たちが犯人だと? 関所って国境近くだろ? どれだけ急いだって日帰りで帰ってこれないよ」
「まぁそうなんだが……どうにもその関所……刀で切られたかのように両断されてたって報告書に書いてあってな」
「両断?」
関所といえば、ふつうに考えれば剣で切ろうなんて思うものでは無い。
そもそも軍隊を押しとどめるために作るものを剣一本でどうにかしようと思う方がおかしな話だ。
「いや、きっとなにかの間違い、というかこの依頼文を作ったやつの表現が適当なんだろうよ。 変なこと言ってすまん。 気にしないでくれ」
「別にいいけど」
俺はふと思案する。
もし仮に、関所を剣で切るとなったら、俺はできるのだろうか?
そんな疑問が俺の脳裏にうかんだそんな時。
「た、助けてくれ!! た、たのむ、誰か、誰か助けてくれぇ‼︎」
悲痛な叫び声とともに、開いていないはずのギルドの扉が蹴やぶられるように開かれ、同時にひとりの男がギルド雪月花へと転がり込むようにやってくる。
ボロボロな体に全身は血だらけであり、今にも意識を手放してしまいそうなほど息は絶え絶え。
「な、何事だ?」
「頼む、誰でもいい、助けてくれ‼︎ 村が、俺たちの村が化け物に飲み込まれたんだ‼︎」
すがり寄るように地面を這いずる男は、泣きじゃくるような様子で俺の足までくると、まるで祈るように手を組んで懇願をし、顔を上げる。
「え……族長?」
「る、ルーシー?」
驚いたことにそれは人狼族の村の族長……ガルルガであり、俺の姿に驚いたような表情を見せると、ばたりと意識を失ってしまった。
「……な、なんで族長がこんなところに?」
状況は理解できないが、わずかな情報から推察するに人狼族の村で何かがあったことは確かなのだろう。
俺とギルドマスターは顔を見合わせ。
「ルーシーー……お水、お水まだあぁ?」
そんなシリアスなムードをぶち壊すかのようなセッカの間の抜けた声がギルドに響き渡った。
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