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一夜明けて

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「なぁ聞いたか? 最近、魔王軍幹部がこの辺りに現れたらしいぜ」

 冒険者協会に併設された酒場の一角にてそんな男の声が響く。 

 特段聞くつもりもなかったのだが、男は昼間から酔っ払っているらしく、大きくなった声から漏れ出す情報は否が応でも入ってきてしまう。

 酒場で情報を拾うことは珍しいことではない。

 酒の入った冒険者の口は緩く、図鑑やクエストボードには書いていないような情報が、時には大金やチャンスを与えてくれることもある。
 
 通常は面白い噂話やゴシップ等、酒の肴になるような情報が並べ立てられることが多いのだが……今回はそうではないようで、相席していた男達も不安げにそれぞれがもつ噂話を語り始めた。
 
「俺も聞いたぞ。確かSランク冒険者のマッスル兄貴が隣の国から派遣されてきたとか」

「アンネさんがいるのにか? 幹部ってのはそんなに強いのかよ。この前魔物の軍勢を追い払ってくれたばっかりだっていうのに」

「スラムで変な落書きから魔物が出てくるって噂もあるし……魔王軍幹部の手先がここら辺に潜んでるんじゃねえか?」

「おいおい、そうなるとダンジョンの封印は大丈夫か? まいったな、この街は最後の安息の地だと思ってたのによぉ」

「いずれにせよ、しばらくは街で大人しくしてよう……」

 以降……延々と冒険者達の鬱々とした会話が続くため、僕は意識を外した。

 思えば、アーノルドさんがこの街に来てから、街は少し活気を失ったように感じる。

 特段治安自体は変わっていないし、魔物の被害が出ているという報告はないのだが。
 やはりSランク冒険者が派遣されたという情報は、人々の不安を煽る結果になってしまったらしい。

 そのためだろうか……最近クエストボードにクエストが張り出されなくなったのは。

「はぁ……」

   残180万ゴールドと書かれた羊皮紙……借金明細を僕は再度懐から取り出し、ため息を漏らす。

 見間違いで一桁減ってたりしないかと期待をしたが……当然明細の数字に変動はない。

 姉ちゃんがゴーレムで城壁を壊してから早くも一月が経とうとしているが……城壁は直ったものの借金返済の目処は立ちそうもない。

「どうしたのユウくん……何か悩み事?」

   そんな僕の悩みも知らず、目の前で紅茶の飲む姉ちゃんは呑気にそんなことを聞いてきた。

「……いや、悩み事があるとしたら一つしかないでしょ姉ちゃん」

「あ、わかった、恋の悩みだ‼︎ お姉ちゃんわかるよ、マオちゃんでしょ? 可愛くていい子だものね……うふふ、でもそっかぁユウくんもそういうお年頃かぁ。うん。お姉ちゃんで良ければ私が相談に……」

「借金だよ‼︎? それ以外何があるっていうのさ‼︎」

「‼︎ あ、借金かぁ。 でもでも、順調に私返済はできてるよ? このペースなら3年ぐらいもあれば余裕で返済が……」

「3年もこの街にいるわけにも行かないでしょ。借金特約のせいで、僕たちはこの街からの転居は愚か、長期の外出はできなくなっちゃったんだし‼︎ 魔王がどこに潜伏してるか分からないのに、どうやって世界を救うのさ」

「まぁまぁ、ユウくんはこの前のアーノルドを見たでしょ? ブレイブハザード以降ギルドも国も全力をあげて魔王討伐に乗り出してるんだから、なんならユウくんが頑張らなくても、誰かが魔王を倒してくれたりして‼︎」

「姉ちゃん、僕だって子供じゃないんだ。軍とギルドが力を増したのは、魔王の登場とブレイブハザードの影響で、地方に分散していた兵力が主要都市に集められただけだってことぐらい知ってるんだからね?」

「う、で、でも、冒険者の平均的な質が向上しているのも事実だもん」

「それは、いつ魔王に襲われるか分からないから、平時に比べて訓練がより過酷になっているだけだろう? その分、人工1000人未満の街はほとんど手付かずだっていうじゃないか。この前だって魔物の軍勢に小さな村が滅ぼされている。 結局、いつだって犠牲になるのは力のない弱い人たちなんだ。だから、早く魔王を倒さなきゃ行けないのに……」

「あうぅ……それはそうだけど~」

 マオの力を奪った誰かが魔王を騙っていることを姉ちゃんに話してはいない。

 姉ちゃんのいう通り、確かに今は冒険者だけで対処ができるかもしれないが、他人の能力を奪うというその力は3年も放っておけばどれだけの脅威になるかも分からない。 

   もたもたとしているわけにはいかない。
 
   だというのに魔王討伐の旅どころか街の外に出られない始末。

 何度見ても数字の変わらない借金明細と睨めっこをしながら、何かいい案がないものかと冷め切ったコーヒーに口をつけるも答えは出ない。

 ちなみに……。

   姉ちゃんに改造された腕は、一週間死ぬ気で訓練をしたおかげで、常時人の形を保てるほどに使いこなせるようになった。

 まだ少し違和感は残るものの、使いこなせるとクエストや日常生活でも色々と便利だったりしている。

 まぁ、それでも相変わらずレベルは上がらないままなのだが……。

「はぁ~……何かいいクエストないかなぁ」

 レベルもお金も足りない現状に思わず大きなため息が漏れる。

 と。
 
「話は聞かせてもらったぜ? いい話があるんだが聞いてくかい?」

「聞くかい? なのじゃ‼︎」
 
 まるでタイミングを見計らったかのように聞き慣れた声が背後から投げかけられる。
 
 見ればそこには相変わらず胡散臭い顔をしたフレンと口元にクリームをつけたマオの姿があった。
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