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僕は姉ちゃんに呪いをかけた

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   僕には、超がつくほど過保護なアンネ・ファタ・モルガナという姉ちゃんがいる。

   努力家で、才能に溢れ、頭も良くて容量もいい。

   加えてに料理も歌も得意な上に村一番の人気者……僕の自慢の姉はそんな神様に愛されたかのような、そんな素敵な人だ。

   まぁ、泣き虫で、空回りしやすくて、すこしおっちょこちょいで、時々周りが見えなくなるという玉に瑕な部分もあることはあるけれど、そんなことは些細な問題だ。

   例えどんな欠点があったとしても、アンネという人が僕にとってとても大切な人だということは変わらない。

   血の繋がっていない僕を本当に家族として愛してくれて、戦争で両親を失った僕のために……自分も両親を失ったのに、辛いのも寂しいのも僕に隠して優しく笑って育ててくれた……そんなかけがえのない大恩人であり誰よりも愛しい最愛の人。

 僕はそんな姉ちゃんと、羊の世話をしながら細々と暮らしている。

  生活はいっつもギリギリで、家の屋根は毎日雨漏りをしているけれども、姉ちゃんがいる毎日は僕にとって最高に幸せな日々で。
 
   ずっとこんな生活が続くのだと思っていた。

   僕が、勇者になったその日までは。


「ユウ・ケントシュタイン。貴方には勇者の素質が認められました、我々と共に来ていただきます」

   夜に世界が飲み込まれていく黄昏時……村に突如やってきた白衣の男と騎士達は、僕に向かってそう宣言をすると僕の腕を強引に引いた。

「ちょっ⁉︎ え、何? どう言うこと⁉︎」

    勇者?  選ばれた??

   何を言っているのかも分からない上に、説明もないまま僕を捕まえようとする騎士たち。

   悪いことをした記憶もなければ、強引に連れ去れらる理由もなく。

   訳もわからず、恐怖心に駆られるまま僕は騎士の手を振り解こうともがいて見せるが。

「こら、暴れるんじゃない!」

   齢10歳の少年が屈強な騎士に叶うはずもなく、僕はあっけなく担ぎ上げられると、鋼鉄製の檻の中に押し込められてしまう。

   檻の扉に鍵が掛けられた音が響いた時、本格的にこれはまずい事態なのだと言うことを僕は理解する。

「ちょ、ちょっと‼︎ なんで僕がこんな所に入れられなきゃいけないのさ⁉︎ 何かの間違いだよ‼︎」

   そう、何かの間違いに決まっている。

   僕はただの羊飼いで、国の騎士様に捕まるようなことなどしていないのだ。

   だが。

「いいえ、間違いなどあり得ません。神がそうおっしゃられたのですから」

「っ……」

   瞳を輝かせる白衣の男。 周りの騎士もその言葉にうんうんと頷いている事から、どうやら話が通じる相手ではないようだ。

   こうなると、僕にできることはただ助けを求めることだけであり、檻の柵を掴みながら、僕は必死に村の人たちに助けを求める。

「誰か、誰か助けてよ‼︎ こんなのおかしいってみんなも思うでしょ⁉︎」

「……………………………」

   だが、周りで見ていた人は誰も僕を助けようとはせず、僕が捕まるのを簡単に受け入れていた。

    当然か。

    国の騎士に逆らえば何をされるか分かったものではないし、何より僕は両親を失った孤児……いなくなってもだれも困らない。

   そんな子供のために自分の身を危険に晒す必要性が彼らにはないのだ。

   だから、周りにいた人たちは一瞬だけ僕に目を向けるがすぐに何事も無かったかのように日常に戻っていく。

    誰も助けてくれない……そう理解した僕は、項垂れて唇を噛む。

    だが。

「ユウ君⁉︎」

   たった一人だけ、僕を見捨てずに駆け寄ってくれる人がいた。

   聞き慣れた声に顔を上げると、血相を変えてこちらに走ってきていたのは一緒に暮らしている姉ちゃん。

   アンネ・ファタモルガナであった。

「姉ちゃん‼︎」

「孤児だと聞いていましたが……少々面倒なことになりましたね」

   閉じ込められた檻から僕は姉ちゃんに向かって叫ぶと、鬱陶しげに白衣の男は姉ちゃんを睨め付けてため息を漏らした。

「貴方たち何をしてるんですか‼︎ なんで、なんでユウ君が檻に入れられてるんです? ユウ君が何をしたって言うんですか‼︎」

   声を荒立てて姉ちゃんは白衣の男に詰め寄るが、男は姉ちゃんの肩を叩いて落ち着かせる。

「落ち着いてくださいお姉さん……別に逮捕したわけではありませんよ」

「じゃあなんで檻なんかに⁉︎」

「これは捕まえるためじゃない、勇者の器に何かがあっては困りますからね、彼を守るためですよ」

「勇者の器?」
 
   勇者という言葉に、姉ちゃんは意味がわからないと言うように首を傾げると、男は咳払いをして説明を始めた。

「えぇ。ユウ・ケントシュタインは今日、神託により勇者の器としての素質を認められました。彼は数百年持ち主が現れなかった勇者の剣の適合者なのです。そのため、これからは各地で侵略行為を繰り返す魔王を討伐するため、勇者復活の為の実験体とさせていただきます」

「実験体って……!?︎ たかが神官様の予言を信じて、ユウ君を実験動物にするつもりですか⁉︎失敗したら、ユウ君はどうなるの!? そんなの許されるはずが⁉︎」

「全ての行いは神の御心により許される。ご安心を、神託は絶対です……それ故に危険はありえません。我らが神はかつてはハザド王国に降りかかる厄災に、魔王復活を予言したことも……」

「そんなことどうでもいいです⁉︎ ユウ君が勇者だなんて何かの間違いです‼︎ お願いだから、ユウ君を返して‼︎ あの子は私の大切な……」

   つらつらと神託の功績を語ろうとする白衣の男に姉ちゃんは掴みかかりながらそう叫ぶが。

「はぁ、これだからサルは嫌いなんですよ………」

「───きゃっ⁉︎」

   白衣の男は姉ちゃんを突き飛ばすと、隣に立っていた騎士が剣を抜き姉ちゃんの首元に剣を突きつける。

「いい加減理解してください。これは王命……逆らうなら国家への叛逆、魔王に与するものとしてこの場で処刑しますが?」

「しょ、処刑……て、そんな……」

   淡々と、まるで家畜でも見るような目で男は冷ややかにそう言い放つ。

 その目は本気の目であり、突きつけられた剣を前に姉ちゃんはカタカタと震え始め……。

「姉ちゃん?」

   やがて、泣きそうな表情のまま、僕を一度見た。

   それは、何かを諦めるようなそんな表情で……姉ちゃんは僕から視線を逸らすと項垂れるように小さく頷いた。

「そんな……嘘だよね、姉ちゃん?」


   僕はその時、姉ちゃんが僕を助けてくれないのだと悟った。

   だがそれは仕方ないことだろう……姉ちゃんは普通の女の子で、剣を持った兵士相手に戦えるはずがない。

   そんなこと、子供の僕でも分かっている。

   なのに……。

「姉ちゃん‼︎ やだよ、お願い、お願い助けてよ‼︎ なんで、何で助けてくれないの⁉︎」

  僕は助けを求めてしまった……………。

「───────っ⁉︎」

   僕の声に姉ちゃんは耳を塞ぎながらその場に疼くまる。

   小さく動いている口元が「ごめんなさい」と言っているように見えて、僕は余計に強く助けを求めた。

「姉ちゃん‼︎ なんで無視するの‼︎なんで助けてくれないの⁉︎ 血が繋がってないから? 本当の兄弟じゃないから? ねえ、返事してよ姉ちゃん‼︎」

   本当は助けたくても助けられないのは分かっていた。
  
   だけど、不安と恐怖から

   僕は姉ちゃんに呪いをかけてしまった。


   その呪いが、優しかった姉ちゃんを怪物に変えてしまうとも知らずに。
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