夢のまた夢~豊臣秀吉回顧録~

恩地玖

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文禄の役

漢城入城

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「お主の申すとおり、快進撃とはこのことよ。この勢いであれば、漢城落城は疑いない。であれば、考えるべきは、朝鮮をどう治めるかよ。」
「その時点で、朝鮮をどう治めるかまでお考え遊ばしておったとは…。空前絶後とは、まさにこのことでございましょう。ということは、殿下は朝鮮に対して置目を定めたということでございますか?」
「左様。我が軍が仁同城に入ってから、朝鮮の百姓どもに向けて高札を出した。曰く、“村落から逃げ出した村民は速やかに自宅に戻るべし。男は田を耕し苗を植え、女は桑を取り養蚕を行え。士農工商は各々家業に励め。もし、日本軍の兵士が軍令を破り、村民に害を及ぼすことがあれば、届け出よ。彼の者を厳罰に処す”とな。」
「撫民でございますな。朝鮮の百姓は、日本の百姓と変わらないことをお示し遊ばされたわけですな。同時に、我が軍に対しても規律を保つようお達し遊ばされたと。」
「そのとおりじゃ。余は、あくまで天下静謐を目指しておる。朝鮮の百姓どもも、我らが天下の下では、安らかに暮らせなければなるまいからの。こうして、朝鮮の百姓ども安堵させてから、天正二十年四月二十三日 、仁同城を出立した。仁同城から三里ほど進んだところに騎馬の腹が半分沈むほどの川があった。軍勢は、騎馬を並べて川の流れに逆らって渡った。そこからさらに二里ほど進んだ村落で宿営した。翌四月二十四日、村落を出立し、午の刻、尚州城に入城した。」
「入城した、ですと!?敵方は城を打ち捨てて逃亡したと!?」
「いや、小競り合いはあった。ほとんどの城兵は逃亡したが、一部の者どもが踏みとどまって抵抗を続けていた。その乱戦の最中、敵方の従事官、朴虎と暹尹が討死した。我が軍は、残党狩りを行い、首級三百余を挙げた。その後、二日休息をとり、天正二十年四月二十六日、寅の刻(午前四時)、尚州城を出立した。その日の酉の刻(午後六時)、聞慶城に到着し、すぐさま城を包囲した。尤も、敵方は、我が軍を見つけるや、自ら城に火をかけ、逃亡を企てた。こうして聞慶城も落ちた。ここまでくれば、漢城(ソウル)は目前。翌四月二十七日に、聞慶城を出立し、忠州を目指した。我が軍が午の刻(午後零時)に忠州に到着すると、漢城から数万の大軍がやってきた。敵方は、忠州の北一里程のところにある松山に陣を張った。間髪を入れず、我が方は松山に向かって、騎馬隊を馳せらせた。敵方は我が方に恐れをなし、北方に向かって一目散に逃げだした。我が方は、勢いに乗って追撃した。結果、三千余の首級を挙げ、数百人の捕虜を得た。敵方の大将、申砬は敗戦の咎を負って自決した。その後、もぬけの殻となった忠州城に入城した。」
「漢城からの軍勢を蹴散らしたとは…祝着至極に存じます。もはや、漢城も風前の灯でございましょう。」
「左様。忠州城で一日休息をとり、天正二十年四月二十九日、忠州城を出立した。午の刻には嘉興を通過したのじゃが、その先に分かれ道があり、そこで一軍勢が道に迷った。西に行き、東に行き、そうこうしているうちに、突然の大雨と雷に見舞われた。蓑も笠もなく、辺りはいよいよ暗くなり、是非も無く、夜明けを待つことにした。夜明けと同時に進軍を始め、天正二十年五月一日、申の刻、驪州に到着した。驪州には驪江という川があり、この先に漢城がある。じゃが、昨夜の雨で川が増水し、容易に渡れなんだ。そこで、軍を二手にわけ、順に渡ることになった。そして、全軍が川を渡り切った、天正二十年五月三日、我が軍は漢城に入城した。」
「漢城入城…このようなことが起こると、誰が思い描いたことでしょう。この勢いで明も…。」
「朝鮮は、早晩、こうなる運命だったのじゃ。じゃからこそ、わが軍門に下っておけばよかったのじゃ。朝鮮の者どもも、いらぬ犠牲を払わぬでもよかったものを…。」
「漢城制圧とあれば、もしや、殿下もご出馬遊ばされると!?」
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