夢のまた夢~豊臣秀吉回顧録~

恩地玖

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新・小牧長久手戦記

憐みの書状

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「池田様、森様は敢え無い最期を遂げられてしまいましたが、それ以後、徳川様とは膠着状態が続いたのでございますな。」
「内府は戦上手じゃからのう。ましてや、酒井左衛門(酒井忠次)を初めとした歴戦の三河武士が揃っておるからのう。下手に手出しをすれば、こちらがやられる。じゃが、それは向こうも同じ思いじゃ。兵力が互角じゃから、まともにぶつかっては、勝った方とて被害は大きい。畢竟、相手の過失を突くしかないが、内府も動かぬと決めたら梃子でも動かぬからのう。付け入る隙が全くないのじゃ。」
「まるで往年の武田軍のようでございますな。」
「上手いことをいう者よ。確かに、内府は武田軍の戦い方を身をもって学んだようなものじゃ。それがまさに今活きているということじゃ。そのような相手に、無謀な戦はできぬ。」
「さりながら、何かしら手を打たねばなりますまい。智謀、鬼神の如き殿下であらせられますから、きっと妙手をお考え遊ばされたのでございましょう?」
「うむ。両軍がにらみ合っている間、ちと書状を認めておった。」
「書状でございますか?ということは、お得意の調略でございますか?」
「いや、そうではない。養徳院(池田恒興の母)にじゃ。」
「池田様の御母堂にお悔やみということでございますか?殿下らしいお心づかいではございますが、膠着状態とはいえ戦陣の最中にお出しするものでしょうか?」
「施薬院、医師の割に薄情ではないか。お主も存じておろうが、養徳院は夫を早くに亡くし、女手一つで勝入を育て上げた。そして、その勝入は清州会議のみぎり、早々に余と歩みを共にしてくれることを誓ってくれた。五郎左(丹羽長秀)もそうじゃが、勝入が余と共にあったればこそ、権六の横暴にも耐え、何とか織田家を傾けずに済んだ。勝入こそ織田家の忠臣であり、余にとっても、臣というと憚れるが、股肱であった。この度の戦も、勝入が果敢にも犬山城を奪取したことで勢いがついた。武蔵守が奮戦したのも、武蔵守が勝入の婿であったからじゃ。勝入は、余の右腕じゃよ。戦の世とは言え、そのような功臣を失って、悔やみの一つもよこさぬとあっては、余は人でなしと思われよう。ましてや、養徳院は勝入ばかりか孫の庄九郎まで失ったのじゃからな。その心中いかばかりであろう。じゃからこそ、速やかに認めたのじゃ。」
「殿下のご厚情、真に恐れ入るばかりでございます。是非、養徳院様に差し出した書状の文面お聞かせ願えませぬか。殿下のお心に、触れてみとうございます。」
「奇特じゃのう。正直、恥ずかしくもあるが、この期に及んで恥ずかしいもないか。まあ、聞いておれ。“この度の勝入親子の儀、貴方様にかけるべき言葉も見つかりません。さぞ、お力を落とされていることとお察しいたします。我らも貴方様をお尋ねいたし、お悔やみを是非とも申し上げたく存じますが、何分、在陣中のこと故、それも叶いませぬ。我らもこの度のことは、悔やんでも悔やみきれませぬ。ただせめてもの救いは、三左衛門殿(池田輝政)と藤三郎(池田長吉)がご無事であらせられたことでございます。私たちの深い嘆きにあって、唯一の喜びはまさにこの事でございます。この両人を取り立てることが、これまでの勝入の奉公に報いるものと心得ております。どうかご安心いただきたく存じます。まだまだお心の整理もつきかねておられることと存じますが、くれぐれもご自愛の上、お辛いでしょうが悲しみを堪え遊ばし、三左衛門殿と藤三郎を立派に支えることが勝入の弔いともなります故、是非ともお頼み申し上げます。勝入の宿老衆は、三左衛門殿付きとすることを考えております。すなわち、三左衛門殿が勝入の家督を継ぐことになるわけでございますから、どうかお嘆きを止めて、三左衛門殿をお助けいただきたく存じます。どうぞ拙者を息子の一人と思し召しいただきたく存じます。これからも心より孝行いたしますので、お体大切になさっていただくよう切にお願い申し上げます。取り急ぎ、浅野 弥兵衛(浅野長政)を遣わし、お見舞いに上がらせます。本来であれば、拙者が直接お見舞いに伺うべきところ、敵と交戦中である故、それも叶いませぬ。何とか都合をつけて勝入親子のご活躍をお話申し上げたいと願っております。また、追って孫七郎(羽柴秀次)も遣わします。孫七郎の命が助かったのも、偏に勝入のお陰でございます。このとこを孫七郎の口から直接申させたく存じます。繰り返しになりますが、くれぐれもお身体大切にしていただくよう、切にお願い申し上げます。”とまあ、こんな感じじゃ。」
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