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新・賤ヶ岳合戦記

波乱の葬儀

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「殿下の策とは一体どのような?」
「権六はすぐさま、佐久間玄蕃を長浜城の受け渡しに遣わすと言った。じゃが、余はこれに異を唱えたのじゃ。権六には、こう伝えたのじゃ。”長浜城を明け渡すにあたって、特段こちらの要望はございませぬ。さりながら、玄蕃殿にお渡しするのは承服しかねます。もちろん、玄播殿に他意はございませぬが、当方としては、ご子息の伊賀守殿(柴田勝豊)にお渡ししたい。何故と申せば、伊賀守殿は柴田殿のご養子であり、惣領です。一方、玄蕃殿は、甥御とはいえ、あくまで佐久間家の一員です。ご要望に従い長浜を柴田殿に間違いなく明け渡したということを、伊賀守殿に周知したい所存でございます”とな。」
「はて、柴田様に恭順の意を表されるのであれば、むしろ佐久間様にこそ明け渡すべきではございませぬか?佐久間様が、柴田様の股肱の臣であらせられることは、それこそ周知の事実ではございませぬか?」
「それは、方便じゃ。余とて、むざむざ、長浜をただで渡すほど、お人好しではない。もっとも、権六は余の申し出を怪しんではなかったがな。長浜を手に入れたという事実があれば、その受け渡しが誰であろうと、権六にとっては些末なことであったのじゃろう。権六は余の申し出を聞いて納得し、伊賀守に城の受け取りを任せることを確約した。そして権六は清州での成果に満足し、その日の内に諸将に暇乞いし、そそくさと長浜に向かった。途中、垂井に一泊して、翌日、江州の木下に到着したようじゃ。そこで権六は、伊賀守に使者を遣わし、長浜城の受け取りに向かうよう指示した。権六自身は、疋田左近、大金藤八を引き連れ、長浜の町屋に逗留した。一方、余は湯浅甚介に長浜城を伊賀守に明け渡すよう指示し、甚介は畏まって長浜に向かい、城の受け渡しを完了させた。もっとも、
伊賀守自身は、越前丸岡城主であり、家中一同、ここを終生の場所と考えて、腰を据えようという腹積もりだったようじゃ。ところが意に反して長浜に国替えとなった。長浜城の受け渡しは伊賀守の名代がつつがなく済ませたが、当人は妻子ともども慌てふためき、七月に入ってようやく長浜に入城した有様じゃった。」
「恐れながら、殿下の策というものがとんと腑に落ちませぬ。これでは、伊賀守様は殿下に逆恨みすることになりませぬか?」
「中々面白いことを申すのう。もしかしたら、そう思われるかも知れぬが、それよりは権六に対する横暴と捉える可能性の方が高いのではないかのう。丸岡は、伊賀守が心血を注いで築いた城じゃ。権六もその労苦を知らぬわけはあるまい。もちろん、長浜の受け渡しに伊賀守を指名したのは余じゃ。じゃが、それに対して権六は二つ返事で承諾したのじゃ。むしろ、伊賀守はそれをこそ不審に思うのではないかの?せめて、権六が余に対して反論くらい試みてもいいではないかと。余と権六の交渉の結果、やむなく伊賀守の受け取りが決まったというなら、伊賀守もまだ納得したであろう。ところが、権六は長浜欲しさに伊賀守の意を汲んでやることはしなかった。まして、長浜は敵国じゃ。領内の者どもが素直に伊賀守に従うとも限らん。長浜を統治していく苦労もろくに考えない権六に不満を
抱いたとしてもおかしくはなかろう。」
「つまり、長浜城の受け取りを伊賀守様となされたことで、柴田様との間に楔を打ち込むことが殿下の狙いというわけでございますか?」
「勘違いするでないぞ。余から権六をけしかけたわけではない。あくまで、難癖をつけてくるのは権六の方からじゃ。長浜の受け取りに伊賀守を指名したのは、こちらの譲歩というものじゃ。何度でも申すが、余は余なりに右府様亡き後の織田家を支えるべく力を尽くしてきたつもりじゃ。じゃが、それが権六には伝わらぬのじゃ。長浜が欲しいというから、ちゃんとくれてやったではないか。とはいえ、長浜をやってしまっては、畿内における余の拠点が無くなる。よって”仕方ないから”、余は山崎に城を普請することにしたのじゃ。」
「山崎と言えば、惟任様との決戦の地ではございませぬか。しかも、元はと言えば、惟任様が本陣を据えた場所でございますな。そのような場所に城を普請しては、柴田様も黙ってはいますまい。」
「じゃから、勘違いするでない。権六自身がのたまっているではないか。越前では一大事があったときに、畿内に駆け付けることはできぬ。よって、長浜を拠点としたいと。余とて同じことよ。姫路からでは一大事があったときに、畿内に駆け付けることはできぬ。よって畿内の然るべき場所に拠点を築くことに誰が異論を挟めよう。」
「さはさりながら、やはり柴田様は不満をご主張なされたのではありませぬか?」
「果せるかな、権六に加え、三七殿まで異議申し立てを行ってきたわ。じゃがな、何度も申すぞ。文句をつけているのは奴らの方じゃ。清州での会談を終え、七月に入った頃合いを見計らって、右府様の葬儀を営むつもりであった。実際、毛利家からも弔いとして、銭百貫が送られてきた。ところが、山崎での築城に権六と三七殿が横やりを入れる故、作業が遅々として進まぬ。結局、毛利家には七月に葬儀は出来ぬため、葬儀の日取りがわかり次第追って通知すると伝える羽目になったわ。よいか、施楽院。清州での会談からひと月も経たぬうちにこの体たらくよ。宿老による合議制など、夢のまた夢、といったところであろう。」
「むむ、何ともやるせないものですな…。織田家とは一体、何だったのでございましょうな…。ところで、右府様の葬儀はどのように挙行されたのでございますか?」
「遺憾ながら、権六、三七殿、はては三介殿(織田信雄)まで参列しなかったわ。いみじくもお主のいうとおり、織田家は一体何だったのであろうな。主だった参列者は、丹波少将(羽柴秀勝)、長岡兵部大輔(細川藤孝)、岐阜侍従(池田輝政)、五郎左衛門(丹羽長秀)の名代として青山修理亮(青山宗勝)じゃ。そして、この葬儀の後からじゃ。いよいよ、権六と三七殿が牙をむいてくるのは。」
「牙をむくとは、一体どのような?」
「まずは、権六がしきりに余を糾弾するようになった。右府様の葬儀にあたり、形式上の喪主は若君に他ならない。そして、清州での会談では若君の名代は置かずに、われら宿老の合議により織田家を取り仕切ると決めたはずじゃ。ところが、いざ葬儀の段取りを話し合おうとしたら、権六は喪主は三七殿でなければならぬと主張してはばからぬ。曰く、惟任討伐において三七殿は大将の務めを立派に果たされた。右府様のご無念を見事すすいだことをご報告するにあたり、三七殿以外に適任はおらぬ。よって、葬儀は、特例をもって三七殿を喪主として挙行されるべき、とな。じゃが、それでは道理に合わぬ。もし、その道理に従うのであれば、三七殿の次席は余となり、惟任討伐戦に参加しなかった権六は、むしろ余の風下に立たざるをえなくなる。それでもよいのかと問うたわ。さらに、こちらとしては、若君が喪主であらせられるとして、実務を担うのは我々宿老である。われら宿老は基本対等ではあるが、こと葬儀の席次に関しては権六を宿老筆頭として遇することもやぶさかではないと付け加えた。しかし、これにも権六は頷かぬ。とはいえ、三七殿を喪主とすることは断固受け入れられぬ。結局、山崎の普請に対する当てつけも兼ね、やつらは葬儀に参列しなかったというわけじゃ。この経緯を権六は事あるごとに蒸し返してくるのじゃ。余が葬儀を仕切ったのは、織田家簒奪の始めの一歩じゃとな。こうまで言われては、余としても黙っているわけにはいかぬ。そうでなければ、余を慕う者たちに示しがつかぬからの。じゃから、権六にははっきりと抗弁したわ。余と権六の軋轢が周囲にも明らかになったので、三七殿が斡旋に乗り出してきたのじゃ。」
「三七様が斡旋ですと!?てっきり拙者は、三七様も一緒になって殿下を糾弾されているものと思っておりました。」
「まあ、斡旋といっても、実態は、権六を無下にすることなく、和解の上、織田家を支えるべしという”諭告”じゃ。要するに、もっと権六に頭を下げよ、ついでに三七殿をもっと敬えとのたまっておるわけじゃ。もちろん、こんなものに屈する謂れはない。そこで、余は一芝居うつことにした。」
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