夢のまた夢~豊臣秀吉回顧録~

恩地玖

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天正十年卯月十九日の条

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「先日、毛利方のとっておきの“武器”を封じ込まねば毛利家討伐は叶わぬ、と申したな。その続きを話そうかの。」
「それは、楽しみでございます。」
「天正十年卯月十九日に、余は村上大和守(武吉)に書状を下した。もちろん、内応の誘いじゃ。」
「村上大和守様と言えば、言わずと知れた能島村上氏の総帥。殿下の仰せの毛利方の“武器”というのは、村上水軍の事でございましたか。」
「そうじゃ。この水軍を封じ込まねば、毛利家討伐は叶わぬ。もちろん、お主の申すとおり、陸からの攻めも続けておった。実際、この書状を下した際、わが軍は備中の宮路山城と冠山城を包囲しておった。要するに、陸と海から毛利方を追い詰めるという算段じゃ。それに、毛利方が劣勢になれば、村上大和守も毛利方につく意味も無くなってくるからの。陸からの攻めは、村上各氏への調略の布石でもあるわけじゃ。」
「なるほど。殿下の智謀は鬼神の如きものでございますな。そういえば、村上各氏の中では、来島様が早々に殿下のお味方となりましたな。」
「ほう。よう覚えておったの。そのとおりじゃ。村上各氏も一枚岩というわけでは決してない。むしろ、利害は一致しない方が多いのやも知れぬ。お主の申すとおり、来島は早々に我が方に与したからの。彼らにとっては、我が方を後ろ盾とした方が都合が良かったのであろう。もちろん、我が方にとっても願ったり叶ったりじゃ。村上氏の一角が我が方に与したということは、状況に応じて、他の村上氏も我が方に靡く可能性がでてきたからの。だからこそ、村上大和守に書状を下したのじゃ。」
「話の腰を折るようで誠に恐縮ですが、どのような書状をお渡しになられたのでございますか?例えば、既に来島様は殿下のお味方になられたから、村上大和守様も殿下のお味方になるのが得策ということをお伝えしたのですか?」
「中々筋がいいのう。だが、今回はそうではない。余は、こう申し渡した。“来島と能島の言い分に違いがあるのは理解する。しかし、この度はそのような私事は弁えて、公儀に忠節を尽くすことが肝要である”」
「むむ。もはや、殿下に味方することが得策という視野ではないのでございますな。この毛利家討伐は、織田家と毛利家との私闘ではない。織田家は天下静謐の実現に邁進しており、毛利家はそれに歯向かう者であり、討伐されるべき者という理屈でございますな。であるからして、能島も公儀に対して忠誠を誓うべきである、という殿下の仰せでございますな。」
「さすがじゃ。完璧に意図を理解しておるな。そのとおりじゃ。この段階にいたっては、織田家と毛利家との勢力の違いは歴然としておる。毛利家は一矢報いるのが精々で、織田家に制圧された国を取り返す余力はない。そして、ここまで毛利家の勢力が落ちれば、織田家の公儀としての地位は盤石なものとなる。だからこそ、能島に申し渡した理屈も成り立つというわけじゃ。」
「このような戦い方を繰り広げられる殿下が相手では、毛利家もさぞかし戦々恐々としたことでございましょうな。して、村上大和守様はこのとき、すぐに臣従をお誓いになられたので?」
「いや、この段階では態度を決めかねておったわ。じゃがな、余にとっては、それでも構わぬのじゃ。」
「これは、異なことを仰せになられますな。村上大和守様が殿下に臣従なされてこそ、さらに毛利家を追い詰めることにつながるのではありませぬか?」
「確かにそうじゃ。じゃが、考えてもみよ。来島は既に我が方につくと旗幟を鮮明にしておる。ということは、村上氏内部で毛利方と織田方に分かれたということじゃ。そもそも、村上各氏はわが軍が毛利家と戦火を交えるまでは、思惑の違いはあれど、毛利家と連携するという方針に変わりはなかったのじゃ。ところが、来島が早々に我が方に下った。毛利家の水軍力を下げるという意味において、わが軍は相応の戦果を得たというわけじゃ。毛利家とすれば、かつての水軍力に戻そうと思えば、来島を再度調略するほかないが、もはやそれは叶わぬ。となると、毛利家としては、何とか他の村上氏との連携を保つほかない。他方、わが軍からすれば、他の村上氏への調略が成功し、彼らがわが軍に与すれば十分な戦果となる上に、少なくとも彼らが毛利家との連携を弱めるだけでも、毛利家の水軍力が落ちるという意味で有利なのじゃ。つまり、村上大和守が即座に我が方に与せずとも、態度を決めかねているという事実が、毛利家を動揺させる。これだけでも、十分わが軍に有意な戦況となるというわけじゃ。」
「いやはや。殿下を拙者が思いついたさらにその先をご覧あそばされているのですな。そこまでは、到底思いもつかぬことでございます。」
「これが戦い方というものよ。槍突き合わせる戦いで、ただ勝てばいいというのでは、何も始まらぬ。“勝つ”とはいかなる意味かを考え抜いて、そのために必要な手立てを怠りなく講じていく。これができない者は一国一城の主にはなれまいて。」
「毛利家も全く、恐ろしいお方を相手になされたものです。もし、相手が殿下でなければ、毛利家とてここまで短い間に追い詰められるとは思っていますまい。戦の天才とは、まさに殿下のことを指すのでございましょうな。」
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